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中条志穂「イチ推しフランス映画」

緻密きわまる脚本で観客を唸らせた『悪なき殺人』の鬼才ドミニク・モル監督の最新作『12日の殺人』

映画『12日の殺人』

© 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma© 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma

監督:ドミニク・モル Dominik Moll
出演:ヨアン/バスティアン・ブイヨン Bastien Bouillon
マルソー/ブーリ・ランネール Bouli Lanners
ロイック/ティボー・エヴラール Thibaut Evrard

3月15日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:STAR CHANNEL MOVIES
[公式HP] https://12th-movie.com/

 緻密きわまる脚本で観客を唸らせた『悪なき殺人』の鬼才ドミニク・モル監督の最新作。真実の見えてこない難事件に執着し、次第に追いつめられてゆく捜査官の心情をスリリングに描いたミステリーである。
 2016年10月12日、フランスの地方都市グルノーブルで、何者かにガソリンをかけられ火を放たれた女性の焼死体が発見される。殺人事件担当のヨアン率いる捜査班がこの事件を引き受け、遺体の所持品から、殺されたのは21歳の女子大生クララと判明。生前のクララと交際歴のあった複数の男たちが捜査線上にあがる。その中の一人はクララの殺害をほのめかすラップを自作していたほどだったが、ほかの容疑者もみなアリバイがあったり、決め手となる証拠がないまま、捜査は暗礁に乗り上げる。そんな折、匿名の人物から、クララに火をつけた際に使用したと思われるライターが署に送られてくる。ヨアンらは犯行現場で張り込みを続け、ついにある人物が現れるのだが……。終わりなき謎に翻弄され疲弊してゆく捜査官と、捜査チームの苦闘を骨太に描き、セザール賞作品賞・監督賞はじめ最多の6冠を受賞した。原題はLa nuit du 12(12日の夜)。

 

【シネマひとりごと】
 本作はフランスの地方都市グルノーブルが舞台となっている。デイヴィッド・リンチ監督の「ツイン・ピークス」を見ているような感覚が蘇る、山あいの長閑な街並みだ。「ツイン・ピークス」は謎を提示するだけ提示したあげく、不穏でミステリアスな雰囲気を充満させ、真実の解釈を観客まかせにして一世を風靡した連続ドラマである。当時、熱狂的なブームを巻き起こし、捜査官という職業と彼が好むドーナツを日本で決定的に認知させた作品でもある。「ツイン・ピークス」と同様に、『12日の殺人』も若い娘の謎の殺害事件に挑む捜査官の話で、冒頭に未解決事件の統計をテロップで流して、実際に起きた事件のように演出している。モル監督はこれまでも『ハリー、見知らぬ友人』や『レミング』など、正体不明の不気味な事件を描いてきたが、本作はこの種の“未解決事件”の極限例といえるだろう。観客は犯人が誰なのか興味深く見つつも、二転三転する謎から目が離せないのは、登場人物の複雑な心情や人間ドラマを巧みに描くモルの技に引き込まれるからだ。『レミング』ではハムスターが延々と輪の中を回る描写があったが、本作は主人公がハムスターさながら自転車で円形競技場のトラックをひたすら走る場面がある。未解決事件に呪縛され、運命の輪から逃れることのできなかった主人公が、それでもラストではその輪から抜け出し、外の世界へと精神の解放を得る。そこに、この作品にこめたモル監督の希望が感じられる。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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