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中条志穂「イチ推しフランス映画」

2017年6月号 『アムール、愛の法廷』

『アムール、愛の法廷』

© 2015 Gaumont / Albertine Productions / Cinéfrance 1888 / France 2 Cinéma

『アムール、愛の法廷』
2017年5月13日(土)よりイメージフォーラムほか全国順次公開中
 
+ Réalisateur  Christian Vincent
+ Racine  Fabrice Luchini
+ Ditte  Sidse Babett Knudsen
+ Beclin  Victor Pontecorvo

配給:ココロヲ・動かす・映画社
公式HP : https://www.cocomaru.net/amour

 

 芸達者に磨きのかかったファブリス・ルキーニが気難しい裁判長に扮し、ベネチア映画祭で最優秀男優賞を受賞した作品。

 真面目だが人間味のない裁判官として有名なラシーヌは、ある日、父親が幼い実の娘を蹴り殺した事件の裁判で、陪審員の女性を見て驚く。彼女はラシーヌが人生でただ一度、思いを寄せた女性、ディットだった。閉廷後、ラシーヌはディットに当時の思いを打ち明ける。彼女はラシーヌの一方的な告白に戸惑うが、法廷での厳格な横顔とは打って変わったラシーヌの人間性に触れ、心を開いてゆく。一方、殺人罪に問われている被告人である父親は発言を拒否し、裁判は難航する。さらに被告人の自供の信憑性も疑わしくなり、真実が見えなくなっていった。陪審員たちの論議も結論がつかないなか、ラシーヌは裁判長として答えを導こうとする。そして迎えた最終日の法廷。裁判と、ラシーヌの恋に判決が下される……。監督のクリスチャン・ヴァンサンは『恋愛小説ができるまで』で主演したルキーニを、25年ぶりで再び主演に迎えた。緊張感あふれる法廷劇と、淡い大人の恋の結末が絡み合って相乗効果をあげている。原題はL’Hermine (アーミンの毛皮) で、裁判官などが礼服につける毛皮帯のことを指す。

 

【シネマひとりごと】

 個人的にこの人が出る映画は絶対に見たいと思わせる役者ファブリス・ルキーニ。しかしその道は平坦ではなかった。エリック・ロメールに見出され、愛されたルキーニだが、ロメールとの最初の出会いである『聖杯伝説』に抜擢されたのは、ロメール曰く、ルキーニがイギリスのチャールズ皇太子に似ているからというトホホな理由からだった。その学芸会のような役柄のせいで何年間も仕事がこなかったという。だがその後、大島渚、ルルーシュ、クラピッシュ、ルコントなど、名だたる監督とコンビを組み、最近ではフランソワ・オゾンの映画にも2本出演している。

 今回は、いつもの喜劇的な役とは違い、イヤミな裁判官を演じているが、ルキーニのある種、面倒くさい性格が本作の役どころにぴったりだ。彼は前々から、役になりきるために自らを改造するような、メソッド演劇法は嫌いだと公言し、自分にはトラックの運転手や暗殺者の役は無理だと言ってはばからない。だが今回の裁判官役は、咳をする動作ひとつで、気難しい裁判官像を浮かび上がらせている。役者としての技量は申し分ないにもかかわらず、今までこれといった賞に恵まれなかったが、今回のベネチア映画祭最優秀男優賞でやっと彼の真価が認められたと、一ファンとして胸をなでおろしている。

 

◇初出=『ふらんす』2017年6月号

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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