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中条志穂「イチ推しフランス映画」

『顔たち、ところどころ』


©Agnès Varda-JR-Ciné-Tamaris, Social Animals 2016

『顔たち、ところどころ』

+ 監督・脚本・出演:アニエス・ヴァルダ Agnès Varda & JR

2018年9月15日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

配給:アップリンク

[公式HP]http://www.uplink.co.jp/kaotachi/

 

 ヌーヴェル・ヴァーグ唯一の女性監督であるアニエス・ヴァルダ。彼女が写真アーティストJR を伴い、フランスの田舎を訪れて、その地に住む人々と触れ合うロードムービー風のドキュメンタリーである。88歳のヴァルダと33歳のJR。二人はJRの仕事場兼用トラックでフランスの田舎を旅することになる。ヴァルダはかつて知り合った人々と再会したり、作家ナタリー・サロートの家や写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンの墓などを訪れる。一方、JRはヴァルダがインタビューした地元の人々の写真を撮り、巨大なポスターにして建物に貼ってゆく。終始黒眼鏡をはずさないJRは、ヴァルダにからかわれながらもよき相談相手となり、目の病気を患うヴァルダの撮影を手伝う。旅の最後にヴァルダは旧友ジャン=リュック・ゴダールと会う約束をとりつける。ヴァルダとJRはゴダールの住むスイスのロールに赴くが……。

 ヴァルダはJRという新たな若い友人の仕事を取り込みつつ、『5時から7時までのクレオ』『落穂拾い』『アニエスの浜辺』など、自分の映画人生を振り返り、記憶の再生を試みる。ヴァルダの集大成ともいうべき作品だ。市井の人々の記録と並行して、ヴァルダとJRの感動的な友情の物語にもなっている。原題はVisages Villages(顔たち、村たち)。

【シネマひとりごと】

 アニエス・ヴァルダの映画『5時から7時までのクレオ』の中で、ジャン=リュック・ゴダールとアンナ・カリーナはごく短い劇中劇に出演している。「マクドナルド橋の婚約者たち」と題するこのサイレントの場面で、「僕は眼鏡のせいで世界が暗く見えていた」という字幕とともに、ゴダールはトレードマークの黒眼鏡をセーヌ川に捨てる。ゴダールが素顔をさらして演技する姿はめったに見られないが、バスター・キートンさながらの眉目秀麗な青年だったことにも驚く。ゴダールのヴァルダに対する本当の信頼なくしては成り立ちえない場面だ。

 『顔たち、ところどころ』でヴァルダの撮影に同行するJRも、ゴダールのような黒眼鏡を常に装着している。そんなJRに対してヴァルダは、帽子や眼鏡で武装して本当の姿を見せてくれない、となじる。黒眼鏡を外すという行為は、ヴァルダにとって相手に心を開くことの証なのだ。本作の題名にもある通り、さまざまな人々の「顔」に迫りたいヴァルダは、大事な目を覆ってしまう黒眼鏡をぜひとも外させたいにちがいない。その思いに応えるかのように、映画の最後で、意気消沈したヴァルダのためにJRは思わず眼鏡を外す。その瞬間、カメラは目を患っているヴァルダの視線と化す。じつに見事な演出だ。そして、ゴダールに代わってヴァルダに寄りそうJRの優しさを見れば、この映画が稀有な友情の物語であることに気づくだろう。

 なお、本作は6月に急逝した字幕翻訳者・寺尾次郎氏のほぼ最後の仕事である。ゴダール作品の新訳など、これまで膨大な数のフランス映画の字幕を手掛けた氏の名訳に思いを馳せつつ、心よりご冥福をお祈りしたい。

◇初出=『ふらんす』2018年9月号

『ふらんす』2018年9月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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