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「ChatGPTと語学学習」森田学

第7回 歌詞のパラフレーズに挑戦

 音楽大学では一般に外国語教育を重視している。これは「音楽」というものが──バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスなどに代表される──いわゆるクラシック音楽を前提としたもので、いかなる音楽に関わるとしても音を扱う専門家になるためには必ず学ぶべきものとして捉えられていることによる。

 では、西洋音楽を学ぶために外国語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、英語など)を学ぶのはなぜか。

 歌曲やオペラのように言葉を伴う音楽である場合、歌われる歌詞の内容を知るためには当然のことながら言葉の理解が必要だ。また、言葉を伴っていなかったとしても、作曲家の思考のベースとなる言語を理解することが作品理解に大きく役立つことは想像に難くない。書簡に書き残された本人の言葉や作品製作上の理念や作品に内包されるメッセージ等はそれが草稿やメモ書きに文字として書き残されていようといまいと、作者の思考を通して具現化されているのではないだろうか。

 ということは、歌曲やオペラ以外の音楽に携わる場合、上記の外国語を勉強する必要はないのではないのか。

 西洋音楽がこれほど長い間、広い地域で受容されている理由のひとつとして、音楽を楽譜に書き残そうと人々が工夫を重ねてきたことが挙げられる。つまり、作品の再現可能性を担保しようと努めたからだ。当然のことながら、作品を楽譜で書き表す際、音譜や記号だけで表せるわけではない。例えば、音の高さを表すために文字を使ったり、線の数を何本にするか試行錯誤している。現在はおおむね5本で表されるため、我々には五線譜が自然に感じられる。このような努力によって我々は楽譜という伝達手段を手に入れたわけだが、その読み取り方・再現方法についても共通ルールが形成されている。先人たちのおかげで作り出されたのが、①楽典(音楽を理解するうえでの共通ルール)や②聴音(音の高さや長さ、和音などを聴き取り、書き表す力)、③ソルフェージュ(主に楽譜から読み取ったものを再現する力)であり、これらについてカリキュラムに沿って修得することで、多くの人がより確実に「音楽」という言語を用いてコミュニケーションを図ることができるようになった。その一方で、理論化され、効率的にエッセンスを学べるように方法論や指導法が整えられた後に、「なぜそのように記されているのか」「なぜこのようなルールが定められているのか」を問うことなしに、より無駄のない方法で、正確に記号を音に変換する作業に知らず知らずのうちに陥ってしまう危険にさらされてしまった、と筆者は考えている。

 つまり、歌詞を伴わない器楽曲であっても作曲家の母語である言語を学習する必要がある?

 音楽にどのような立場で、どのように関わるかによって、「何をどこまで」という問題はあるが、少なくとも専門家として西洋音楽に関わる者(演奏家、研究者、評論家)にそれが求められるのは明らかだろう。前置きが長くなったが、歌の歌詞を単に対訳だけで理解するのではなく、その歌詞がどのような状況で、どのような衝動によって発せられたのかについて、ChatGPTの意見を聞いてみたい。なお、対象とする言語は筆者の専門とするイタリア語である。

 歌詞をより深く学ぶにはどのようにすればよいのか?

 イタリア語で書かれた声楽曲やオペラのセリフはほぼ韻文で書かれている。ここで韻文のルール(韻律)について述べることは避けるが、音の響き合いや律動に関する規則の総体と理解してほしい。基本的なイタリア語の韻律法(la metrica italiana)について学んだうえで、詩句の意味と音の響き合いやリズムとがどのように関わっているのかを考察し、詩人が選び取った単語やその配列がなぜそのようになっているのか自分なりに妥当な解釈を与え、そこに内在するメッセージを自分の言葉で紡ぎ出すことができれば理想的だ。
 イタリアでは声楽レッスンの際、教師が生徒に歌詞をパラフレーズさせることがある。ここでのパラフレーズとは意味内容を変えずに平易な表現に言い換えることだ。つまり、その思いが自分の中でどのように芽生え、表出されるのかという過程をたどりつつ、自分の中でどのように言語化されるのかを追体験し、言葉にすることが目的である。難しく感じるかもしれないが、この過程を欠いた演奏では往々にして聞き手には実感の伴わない歌──教師から習ったことをしっかり演奏したもの──に感じられる。筆者も大学やオペラアカデミー等で歌詞のパラフレーズを課題として学生に与えることがあるが、多くの場合、対訳の要約文になっている。この作業に慣れていないこともあるだろうが、それだけ歌っている詩句の世界が非常に狭いことを意味すると言えるだろう。
 では実際に、ドナウディ(Stefano Donaudy 1879-1925)の歌曲〈Vaghissima sembianza かぎりなく優雅な絵姿〉を例に見ていこう。以下の詩句が歌詞と戸口幸策による日本語訳である。

この「絵姿 sembianza」が何を指すのかが気になるところだが、かつて愛した女性の姿(イメージ)が目に映り、その女性と過ごした当時を姿さながらに再現しえたのは誰なのかと述べている。次の詩連では、かつて愛した女性の昔の姿を目にしたことで、「私」は過去の記憶と繋がり、その思い出がその女性への思いを再び熱く燃え上がらせ、ずっと黙したままの彼女にだけ、この愛を捧げるとしている。ChatGPTが出したパラフレーズは次のようなものだ(読者の読みやすさを考慮し、おおむね原詩の改行するところにスラッシュを加えた)。

Una bellissima immagine / di una donna amata del passato, /
chi ha dipinto / una tale somiglianza di voi /
che guardo, parlo e credo / di avervi di fronte / come ai bei giorni d’amore? //
La dolce memoria / che è stata risvegliata nel mio cuore /
ha fatto / riacquistare la speranza con tanta intensità /
che non chiedo altro che un bacio, un voto, un grido / d’amore
solo / a lei che resta sempre silenziosa. //

これに対応する日本語訳を尋ねると、

過去の愛された女性の美しいイメージ、
あなたのそっくりさを描いた人は誰だろう
見ていると、話していると、愛の美しい日々のようにあなたの前にいるような気がする。
私の心に目覚めた甘い思い出
それほどまでに希望を取り戻させた
他に何も求めない、ただひとつのキス、一つの誓い、愛の叫び声を
いつも沈黙し続ける彼女にだけ求めます。

と答えた。イタリア語によるパラフレーズは(生成されたものとはいえ)ChatGPTなりの言葉となって出てきている。とはいえ、2連目の使役表現「ha fatto+不定詞」の部分で、原詩では自動詞「rinascere(希望が)よみがえる」であるのに対して、他動詞「riacquistare(〈人〉に希望を)取り戻させる」としている。また、最後の部分「他に何も求めない」からのフレーズがなんとなくつじつまを合わせたような(それらしい)日本語訳となっている感は拭えない。また「non… più (これからは)もう〜ない」のニュアンスが消えたことで世界の広がりが狭くなり残念だと筆者は感じる。 いずれの部分もどちらが正しくて、どちらが間違いというものではないが、演奏者はこれらの点を意識して解釈するべきだろう。

 作者の意味や意図を正確に読み取ることは可能なのか?

 100パーセント確実な方法はないだろうし、作品が唯一無二の絶対的な真理を表しているわけではない。むしろ作品(演奏)を通して生き生きと真理が現れるものだと筆者は考えている。そこではどれか一つが正しいという考え方は存在し得ない。それと同時に、先人たちによる優れた日本語訳や翻訳ソフト等のICTの助けによって得られたものであれ、原詩ではなく、翻訳された日本語から、それを日本語の論理で再解釈した場合、伝言ゲームのように別の創作物になることも忘れてはならない。
 今回の記事ではずいぶん遠回りをしたが、本連載の関心である「ChatGPTを語学学習に活用する方法」はあるだろう。しかし、便利で効率的に、語学学習の労力を肩代わりしてくれるものとして生成AIに委ねることはできない。補助的に利用しながらも、蓄積された知識と経験を通して自分自身で考え、判断することが必要とされると言えるのではないだろうか。次回(最終回)は、このような学びの意義について再考したい。

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著者略歴

  1. 森田学(もりた・まなぶ)

    昭和音楽大学准教授。専門は西洋音楽(特にイタリア声楽曲)の実践研究。主な著作に『イタリアのオペラと歌曲を知る12章』(編著:東京堂出版)、『イタリアの詩歌』(共著:三修社)、『イタリアの文化と日本』(共著:松籟社)、『イタリア語の世界を読む』(共著:白水社)、『解説がくわしいイタリア語入門』『イタリア語のルール』『イタリア語のドリル』(単著:白水社)などがある。

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