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「ChatGPTと語学学習」森田学

第2回 AならばBという考え方

 本連載の第2回目となる今回はヨーロッパ系の言語で避けて通ることのできない「名詞の性」について考えてみたい。
 インド・ヨーロッパ語族のイタリック語派に属するラテン語から派生したイタリア語は、他のロマンス諸語と同様、文法の約束事として性を持っている。日本語にも、英語にもないこの考え方にイタリア語学習で初めて遭遇し、驚く学生は少なくない。また、知識として知ってはいても実際に名詞がどの性を有しているのかを考える(名詞の性を覚える)のを面倒くさいと感じる学生もいるだろう。
 幸いなことに、イタリア語の場合には名詞の単語末の音によってある程度見分けることができる。単数形の語尾が-oで終わるものは男性名詞であることが多く、-aで終わるものは女性名詞であることが多い。では「新聞 giornale」や「鍵 chiave」はどうなるのか。-eで終わる名詞はどちらにもなり得る。giornaleは男性名詞、chiaveは女性名詞となる。語源や音のパターンからある程度見分けることは可能だが、個別に覚えていくのが一般的な学習方法だろう。
 単数形が-eで終わる名詞が男性名詞なのか、女性名詞なのか。確率としてはどちらもおよそ50%であることから、授業ではとりあえず声に出して、もし間違っていたら教師に直してもらうというやり方もあるかもしれない。その際に、どちらか選択せずに放置することに違和感を感じるようになって欲しい、と筆者は個人的に思っている。
 ではこの問題を我らがChatGPTに尋ねてみよう。

イタリア語の名詞には、3つの性(genere)があります。それらは、男性(maschile)、女性(femminile)、および中性(neutro)です。
男性名詞には、通常「-o」で終わるものが含まれます。例えば、il ragazzo(少年)、il libro(本)、il gatto(猫)などです。
女性名詞には、通常「-a」で終わるものが含まれます。例えば、la ragazza(少女)、la casa(家)、la macchina(車)などです。
中性名詞には、通常「-e」で終わるものや、いくつかの例外を除き「-o」で終わるものが含まれます。例えば、il mare(海)、il fiore(花)、il libro(本)などです。
ただし、これらの規則は常に厳密ではありません。いくつかの例外もあります。例えば、la mano(手)は女性名詞ですが、「-o」で終わっています。また、il dentista(歯科医)やla radio(ラジオ)など、性が明確でない名詞もあります。

なかなか衝撃的な答えが出てきた。周知の通り、ドイツ語やラテン語とは異なり、イタリア語の性は2つである。生成系AIの得意とする単語のつながりの最適解を紡ぐ過程のどこで中性名詞を選択したのかを知る術を私は持っていないが、イタリア語が形成される際のベースとなったラテン語のルールを踏襲したのか、男性名詞と女性名詞を見分ける際の語尾母音が3種類(o/a/e)あることが関係しているのかもしれない。さならる謎は、「il libro(本)」が男性名詞・中性名詞のいずれの例としても挙げられていることだ。
 とはいえ、規則は常に厳密ではないという重要な点を指摘している。ただし、例外的な単語の説明を見てみると、「dentista 歯医者」は男性名詞としても女性名詞としても使えること、「radio ラジオ」がradiofoniaもしくはradiotelegrafiaの略された形であるため、-oで終わるように見えても女性名詞であることはこの説明だけでは理解しづらいだろう。

 ここまでは名詞の単数形を前提として話を進めてきたが、実際にイタリア語でコミュニケーションを図る際、単数形だけで進められるわけではない。
 アルファベットを文字として用いる言語において、複数形の目印として「s」を活用する方が多くの人にとっては自然に感じられるかもしれない。しかしながら、イタリア語では「s」を使うのではなく、語尾母音を変化させることで単数形と複数形を使い分ける。

語尾による名詞の単数形・複数形の見分け方

  単数形 複数形
男性名詞 -o
-e
-i
-i
女性名詞 -a
-e
-e
-i


単数形と複数形が文章や会話の中で出てくる場合、例えば「-iで終わる名詞」の性・数を瞬時に判断することは難しいだろう(実際には冠詞や指示形容詞などから理解できるが)。
 ここで筆者の昔話をひとつ。大学1年生の時に初めてイタリアのミラノに旅行し、オペラの殿堂スカラ座でオペラを鑑賞した。天井桟敷で鑑賞したヴェルディ《ドン・カルロ》は今でも記憶に深く刻まれている。幕間の休憩時間にトイレを探し、「Signore」の表示を見て入ろうとした瞬間、ふと疑問が湧いた。はたしてこの「Signore」は男性・単数形のsignoreなのか、女性・複数形のsignoreなのか(単数形signora)。実際は反対側のトイレの表示が「Signori」であることを見て、男性用はそっちだとわかった。
 このようなシンプルで特立した疑問であればChatGPTに尋ねてみると即座に正解を教えてくれるだろう。実際、「イタリア語の名詞tradizioniの性と数を教えてください」や「イタリア語の名詞tesiの性と数を教えてください」と尋ねれば、正しい答えを即答してくれた。
 学習者は、初歩段階ではわからないことがたくさんあるものだ。ひとつひとつ言葉を読み解くルールを経験を通して習い覚えることで言葉を獲得していく。その際、読み解くための手がかりがまったく分からなかったり、複数のルールが有機的に交差している場合、不安になり、先に進めなくなる。このように深い森に迷い込んでしまった時、導き手としてChatGPTが行き先を示してくれるのであれば活用しない手はないだろう。しかしながら、イタリア語の名詞に中性名詞があるといった、言葉の仕組みを理解するうえで根本的な間違いを「あたかも正しい規則であるように」示すことがあることも忘れてはならない。便利な(ように思える)道具も使いこなす術を持っているかどうかが重要だということだ。ましてやその道具が制御できない可能性があるなら、取り扱いそのものについても考えねばならないだろう。
 今回まではChatGPTをやり込めるような例ばかりを紹介してきた節もあるので、次回は汚名返上できるようなお話をしてみたい。

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著者略歴

  1. 森田学(もりた・まなぶ)

    昭和音楽大学准教授。専門は西洋音楽(特にイタリア声楽曲)の実践研究。主な著作に『イタリアのオペラと歌曲を知る12章』(編著:東京堂出版)、『イタリアの詩歌』(共著:三修社)、『イタリアの文化と日本』(共著:松籟社)、『イタリア語の世界を読む』(共著:白水社)、『解説がくわしいイタリア語入門』『イタリア語のルール』『イタリア語のドリル』(単著:白水社)などがある。

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