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根井雅弘「英語原典で読む経済学史」

第22回 限界革命(4)

 限界革命の最後に登場するのは、フランスで生まれ、のちにスイスのローザンヌで教鞭をとったレオン・ワルラスです。ワルラスは、現在では、一般均衡理論の創設者として知られていますが、当初、本人は限界効用の発見が自分の独創性だと思っていました。ところが、限界効用理論には多くの先駆者がいたのを知って、一時はひどく落胆したと言われています。しかし、ワルラスは、単に限界効用を発見したばかりでなく、現代経済学の言葉でいうと、消費者や企業の主体的均衡(効用の最大化と利潤の最大化)からさらに進んで、市場全体の均衡の問題を連立方程式体系で数理的に表現する道を開拓しました。
 ワルラスは、いまでは、「経済学者」として知られていますが、彼がそう呼ばれるようになるまでには紆余曲折がありました。詳しくは、彼が書いた自伝の文章を参照してほしいのですが、偉大な業績を成し遂げた彼が当初は迷い多き青年だったことを知れば、意外に親近感がわくかもしれません

1 ワルラスの自伝は、幸いに、邦訳されて、御崎加代子『ワルラスの経済思想』(名古屋大学出版会、1998年)のなかに収められています。
 ワルラスの『純粋経済学要論』は、ウィリアム・ジャッフェによる英訳(1954年)から引用しますが、ワルラスはフランス人なので、ときに原典を参照することにしましょう。ただし、原典は、まだネット上では利用できません。邦訳は、第4版(1900年)、すなわち決定版の復刻版(1926年)によっています。久武雅夫訳『純粋経済学要論』(岩波書店、1983年)
Léon Walras, Elements of Pure Economics, translated by William Jaffé, first published in 1954, reprinted in 2003 by Routledge.


 ワルラスは、『純粋経済学要論』の第4版への序文のなかで、次のように言っています。

Pure Economics is, in essence, the theory of the determination of prices under a hypothetical régime of perfectly free competition. The sum total of all things, material or immaterial, on which a price can be set because they are scare (i.e. both useful and limited in quantity), constitutes social wealth. Hence pure economics is also the theory of social wealth. (Elements of Pure Economics, p.40)


 「純粋経済学・・・・・の本質は、完全な自由競争という仮説的な制度の下での価格決定理論である。物質的、非物質的を問わず、すべての物は、稀少である・・・・・(すなわち、有用・・であり、かつ量が限られている・・・・・・・・)がゆえに価格をつけることができるのだが、それらの総体が社会的富・・・・を構成する。それゆえ、純粋経済学は、社会的富の理論でもあるのだ。」

 教科書で一般均衡理論の初歩を教えるとき、「社会的富」を同時に定義することはないので、ここは重要なポイントです。ワルラスは、続けて、「社会的富」の内容を具体的に論じています。

Among the things that make up social wealth a distinction must be made between capital goods or durable goods which can be used more than once, and income goods or non-durable goods ……which cannot be used more than once. Capital goods comprise land, personal faculties, and capital goods proper. Income goods comprise not only consumers’ goods and raw materials which are, for the most part, material things, but also the successive uses of capital goods, i.e. their services, which are, in most instances, immaterial things. The services of capital goods which have a direct utility are called consumers’ services and are put in the same class as consumers’ goods. Those services of capital goods which have only indirect utility are called productive services and put in the same class as raw materials. That, in my opinion, is the key to the whole of pure economics. (Elements of Pure Economics, p.40)


 「社会的富を構成する物のなかで、一回以上使用できる資本財・・・すなわち耐久財・・・と、一回以上は使用できない……収入財・・・すなわち非耐久財・・・・を区別しなければならない。資本財を構成するのは、土地・・人的能力・・・・、および本来の資本財・・・である。収入財を構成するのは、大部分は物質的な物である消費財・・・原料・・ばかりでなく、資本財の継続的使用、すなわち、多くの場合、非物質的なものである用役・・である。直接の効用をもっている資本財の用役は、消費用役と呼ばれて消費財と同じ種類に入れられる。間接的にしか効用をもたない資本財の用役は、生産用役と呼ばれて原料と同じ種類に入れられる。以上が、私の見解では、純粋経済学全体を解明するための鍵なのである。」

 英文でイタリックになっている用語は、ジャッフェがincome goods(フランス語では「収入」revenu)と訳しているもの以外はほとんど聞き慣れたものなので、特別の解説は要らないでしょう。income goodsは、英訳者に倣って「収入財」と訳しました。ジャッフェはincomeだけではきっとわかりにくいと思ったのでしょう。そのあとにorとあって「非耐久財」とあるので、勘のよい読者はわかるはずだと。
 しかし、要は、ワルラスがここで「資本財」(フランス語では単に「資本」capitalとありますが、具体的には、土地、人的能力、本来の資本財のことです)と呼んでいるものが、その継続的使用によって「用役」(土地用役、人的用役、資本用役)を生み出すことを理解することです。この「用役」が「収入」を言い換えたものだといえばわかりやすいのではないでしょうか。ワルラスは次のように言っています

It is of the essence of capital to give rise to income; and it is of the essence of income to originate, directly or indirectly, in capital. How does this happen ? Since capital, by definition, outlasts its first uses and consequently affords a series of successive uses, the flow of uses evidently constitutes a flow of income. A field will grow a crop for us year after year; a dwelling-house will protect us against the inclemencies of the weather in summer as in winter. Fertility is the annual income of the soil; shelter the annual income of the house. A worker toils in the factory day after day; and a lawyer or a doctor has his consulting hours day in day out. Labour is the daily income of the worker; consultations the daily income of the professional man. Machines, instruments, tools, furniture and clothing engender incomes in the same way. Many authors are still confused and obscure in their writings because they fail to consider the income of capital separately from the capital itself. (Elements of Pure Economics, p.213)


 「資本の本質は収入を生み出すことであり、収入の本質は直接的または間接的に資本に由来することである。いかにしてこのようなことが生じるのか。資本は定義によって一回使用しても残り、一連の継続的使用を可能にするので、その使用の流れは明らかに収入の流れを生み出す。土地は年々収穫を生み、住居は夏や冬の荒れ模様の天候から私たちを守ってくれる。土地の肥沃度は、土地の毎年の収入であり、悪天候からの保護は、住居の毎年の収入である。労働者は日々工場で働き、弁護士や医者は毎日毎日、相談や診療に時間を割く。労働が労働者の日々の収入であり、相談や診察が専門職の人の日々の収入である。機械、器具、道具、家具、そして衣服も同じように収入を生み出す。学者でも彼らの書き物のなかでいまだこの点について混乱し不明瞭になっている者が多い。なぜなら、彼らが、資本の収入を資本それ自体から区別して考察していないからである。」

  2 ワルラスの『純粋経済学要論』初版(1874-77年)の写真版が廉価で出ていますが、すでに初版のなかにほとんど同じ文章があります。この一文を記憶にとどめて下さい。

Il est de l’essence du capital de donner naissance au revenu; et il est de l’essence du revenu de naître directment ou indirectment du capital.


 余談ですが、フランス思想・文学の碩学、故中川久定氏(京都大学名誉教授)が私の研究室に立ち寄られたとき、ワルラスのテキストをしばらく眺めて、「講義録のような文章で、あまり巧くない」とポツリと言われたのが印象的でした。

 さて、ワルラスの意味での「用役」(「資本用役」「土地用役」「人的用役」)の所有者たち(「資本家」「地主」「労働者」)は、自分のもっている用役をどのように使うのでしょうか。彼らの行動は、現代経済学では、「効用最大化」と表現されます。つまり、彼らは自分のもっている用役を、個人的消費にあてる部分と「企業家」に売却する部分に分けるのですが(ワルラスは、ここで初めて「企業家」という経済主体を導入します)、その目的は、用役の個人的消費から得られる効用と、用役を企業家に売却した対価で購入した生産物から得られる効用の総和を「最大化」することです。他方で、企業家は、提供された用役をさまざまな生産的用途にあてることによって、「利潤最大化」を狙います。
 とすると、この経済体系には、用役の所有者たちが売り手、企業家が買い手として出会う「生産用役」の市場と、企業家が売り手、用役の所有者たちが買い手として出会う「生産物」の市場が成立します。ワルラスは、このような経済体系の「一般均衡」を考察するのですが、それは、次の三つの条件がすべて揃ったときに達成されます。その三つとは、①生産用役の需給均等、②生産物の需給均等、③生産物の価格と生産費の均等、です。
 ワルラスは数理経済学の先駆者に数えられますが、実際は、彼の数学的能力はそれほど優れたものではありませんでした。それでも、「数理化」への憧れは誰よりも強く、今日ではきわめて初歩的な方法ですが、連立方程式体系を提示し、方程式と未知数の数が等しいことを確認することで数理的解法が得られると信じていました。(現代経済学では、一般均衡解の存在証明にトポロジーという20世紀の数学を使いますが、19世紀後半に教育を受けたワルラスが知っていたのは微積分程度の数学で、真の数理化には役立たなかったのです。)それにもかかわらず、限界効用の発見に始まった限界革命が、ワルラスの一般均衡理論によってひとつの頂点を極めたことは間違いありません。かつて、ヨゼフ・アロイス・シュンペーターは、ワルラスを讃えて次のように言いました

The theory of economic equilibrium is Walras’ claim to immortality, that great theory whose crystal-clear train of thought has illuminated the structure of purely economic relationships with the light of one fundamental principle.


 「経済均衡の理論は、ワルラスの名を不滅にするほど偉大な理論である。なぜなら、その透き通った思考の流れが、純粋に経済的な関係の構造を、たったひとつ・・・の根本的原理の光明の力で照明したからである。」

 シュンペーターはオーストリアに生まれた経済学者でしたが、最初からコスモポリタンとしてヨーロッパ中の思想や経済学に通暁していた天才でした。とくに若い頃は、ワルラスの一般均衡理論に没頭し、それを純粋経済学の金字塔として亡くなるまできわめて高く評価しました。シュンペーター独自の研究はここから始まるのですが、その話はまた別の機会に譲りましょう。

3 Joseph Alois Schumpeter, Ten Great Economists from Marx to Keynes, first published in 1952, with a new introduction by Mark Perlman, Routledge, 1997, p.76.

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著者略歴

  1. 根井雅弘(ねい・まさひろ)

    1962年生まれ。1985年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1990年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。現在、京都大学大学院経済学研究科教授。専門は現代経済思想史。『現代イギリス経済学の群像』(岩波書店)、『経済学の歴史』(講談社学術文庫)、『シュンペーター』(講談社学術文庫)、『サムエルソン 『経済学』の時代』(中公選書)、『経済学再入門』(講談社学術文庫)、『ガルブレイス』『ケインズを読み直す』(白水社)、『企業家精神とは何か』(平凡社新書)、『アダム・スミスの影』(日本経済評論社)他多数。

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