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インタビュー「「その他の外国文学」の翻訳者」

第24回 ベンガル語:丹羽京子さん(4/4)

ベンガルの西と東
 これまでベンガルやベンガル人という書き方をしてきた。インドの西ベンガルと、東、つまりバングラデシュは、1947年の分離独立までは同じ道をたどってきたと言えるが、それ以降は、それまでの伝統を共有しながらも、ちがう歴史を歩んでいる。それは文学にも表れる。この西と東で「共有する部分がありながらも異なっている」点が「ベンガル文学のいちばん面白いところ」だと丹羽さんには映っている。丹羽さん自身はコルカタでベンガル語を学んだので、西ベンガルとのつながりが強い。なので、バングラデシュの小説を最初に読んだとき、「全然ちがう、と衝撃を受けた」という。西ベンガルの作品にはない、「ドライな語り口」が際立ったと感じた。その作品はショイヨド・ワリウッラーの『赤いシャールー』で、後に丹羽さんの翻訳で「アジアの現代文芸」シリーズのラインナップに加わった。
 西と東を分けている最大のちがいは宗教にある。西ベンガルのマジョリティーがヒンドゥー教徒であるのに対して、東はイスラム教がメジャーである。このふたつの宗教では死に対する眼差しが異なる。輪廻的な死生観をヒンドゥーではもつが、イスラム教では死後は厳しい裁きが待っている。このちがいは死や死者の表象の差に結びついていると、丹羽さんは分析している。
 近代以降はたどってきた歴史もちがう。特に国として厳しい時代を経たのがバングラデシュで、1947年にイスラム教徒であるという絆を優先して東パキスタンとして出発したものの、ベンガル人としてのアイデンティティを求めて、再度バングラデシュとして1971年に独立を果たした。わずか30年ほどで二度の独立を経た民族は、世界的にも珍しいといえる。パキスタン建国時にはウルドゥー語が唯一の国語であるという方針が明示された。ベンガル語国語化運動、そしてバングラデシュ独立の末に手に入れた国語としてのベンガル語なだけに、思い入れは西側より強い。そして独立戦争という経験はバングラデシュならではのもので、文学の重要なテーマになってきた。
 それでもベンガル人として根底でつながっている部分がある。身近なことでいえば、食事。ベンガル人はとにかく米がないといけない。そして魚。ヒンドゥーは菜食のイメージがあるが、西ベンガルではバラモン(僧侶)であっても魚を食べる。作品を読んでいると、食事の場面、米を作る場面、あるいは魚を獲る場面がたくさん出てくる。ささいなことにも思えるが、米であれば季節感にも結びついてくるなど、西と東で共通する感覚の土壌になっているのかもしれない。
 丹羽さんは西ベンガルで過ごした時間のほうが長いので、そちらのほうが得意ではある。ただ、自分以外には日本で発信するひとがいないとも思っているので、西も東もできるだけ偏らずに作品を紹介したり翻訳したりしようと努めている。実際に小説も詩も、両側の作品をこれまで訳してきている。

ベンガル文学の魅力はこれから
 丹羽さんは文学が好きで、世界のいろいろな作品を読んできた。そしてベンガル文学を読み、訳してきて、世界の作品と比べて「まったく劣らない」という確信がある。ベンガル文学は1000年の歴史を誇る。近代小説の始まりも1820年代と早く、以後、テーマの面でも表現の面でもバリエーション豊かな作品が生まれている。コルカタでもダッカでもブックフェアが開催され、その数週間の期間、会場には長蛇の列が並ぶ。ひとが集まるのは特別なイベントの場だけではない。誰かの家になんとなく集まって、自作の作品の朗読をしたり批評を交わしたりすることも多い。ちなみに、こうした場はアッダーと呼ばれる。アッダーは文字通りには「非公式な集まり」「非公式なおしゃべり」を意味し、場所もメンバーも固定されないゆるやかな集まりを指す。文学のアッダーが日常的に行われるほど、読者も作り手も層が厚い。
 だがやはり、日本での知名度が低い。ベンガルの作家たちも、世界での知名度が低いことは自覚しており、しばしば議論の話題となる。ベンガル文学をもっと知ってほしい。
 丹羽さんが引き合いに出すのが南米の小説だ。「マジックリアリズム」ということばで南米の作品が特徴づけられ世界的なブームが起きた。翻って、それまで一般の読者はだれも知らなかったわけで、知名度をあげる必要がある。ただ翻訳を出しても、未知のものを読者がどれだけ読んでくれるだろうかという思いがある。
 ベンガル文学の知名度を広げることは、ひとりでできることではない。「ベンガル語専攻ができてまだ10年しか経っていない。卒業生がもっと出てくると、ベンガル語をやったよ、というひとが増えて、いろいろなところで活躍してくれる」と期待を寄せる。うれしい成果の例をひとつ挙げると、2019年に上映された映画『タゴール・ソングス』の監督、佐々木美佳さんは丹羽さんのゼミで学んだ卒業生だ。
 南米のマジックリアリズムが豊かな「語り」の世界だとすれば、ベンガル文学は詩と歌が中心の「歌う」世界だ。詩集は日本では限られた市場だが、丹羽さんは意欲を隠さない。これまでインドとバングラデシュと国別で訳詩集を出したが、ベンガルというくくりで国をまたいでアンソロジーを編むのも面白い。これまで多く翻訳されてきたタゴールについてさえ、「まだ魅力が十分に伝わっていない」という。「自分の好みに偏らないように西と東、時代、テーマなどバリエーションを持たせつつ」という方針で、これからも翻訳を続けていこうと考えている。
 丹羽さんは書店に行けば、足が海外文学の棚に向かう。珍しい言語の翻訳で、英語からの重訳ではない作品があれば買ってしまう。「世界を複合的に見たい」のだ。
 もともと、ほかのひとがやらない言語、読まない文学をと、ヒンディー語から文学の世界に入ろうとした丹羽さん。それが、いわばお隣のベンガル語を専門とした。言語として近い。似ているけれど、文化や世界のとらえ方がちがうと気づいた。「ひとつの言語がひとつの世界をつくっているじゃないですか。だから別の言語から訳されたものは新しい世界を知る、新しい地平が拓けるという面があると思うので」。
 丹羽さんは訳詩集『ベンガル詩選集 もうひとつの夢』の訳者あとがきで、詩人ジョエ・ゴーシャミのこんなことばを紹介している。「翻訳でなにかが失われてしまうのは仕方がない。でもその詩のスピリットが翻訳に含まれていればそれで充分だ」。
 脚韻、方言、ほかの言語との軋轢。丹羽さんは翻訳で失われるものに自覚的だ。裏返せば、それでも残せるスピリットがなにかを考えているからではないだろうか。

ブックリスト)
翻訳の参考になる本
・須賀敦子『イタリアの詩人たち』(青土社、1998)
エッセイ的な解説と詩の訳が有機的に組み合わさっており、異国の詩を紹介する際の理想形とも言えるかもしれない。

ベンガル文学、文化の概要を知る本
・西岡直樹『とっておきインド花綴り』(木犀社、2020)
日本とは植生のまったく異なるベンガルの植物を数々のエピソードとともに紹介。絵も筆者によるもの。丹羽さんも翻訳の際に参考にしているという。

・丹羽京子『タゴール』(清水書院、2016)
タゴールの入門書として。生涯と代表作についてわかりやすくまとめてある。

(聞き手・構成:webふらんす編集部)

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【お話を聞いた人】

丹羽京子(にわ・きょうこ)
東京外国語大学教授。東京外国語大学修士課程修了、ジャドブプル大学比較文学科Ph.D.取得。専門は近現代ベンガル文学、比較文学。著書に『ニューエクスプレスプラスベンガル語』(白水社、2018)、『タゴール』(清水書院、2016)。訳書にショイヨド・ワリウッラー『赤いシャールー』(大同生命国際文化基金、2004)、編訳『地獄で温かい バングラデシュ短編選集』(大同生命国際文化基金、2019)など。

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