白水社のwebマガジン

MENU

根井雅弘「英語原典で読む経済学史」

第13回 デイヴィッド・リカード(4)

 リカード体系を支える第三は、「賃金の生存費説」ですが、スミスが「自然価格」と「市場価格」を区別したのに倣って、リカードは賃金にも「自然賃金」と「市場賃金」の二種類があると考えました。しかし、その前に、リカードによる「自然価格」と「市場価格」の区別に触れておきましょう。もちろん、この区別はスミスを踏襲していますが、リカードのほうが資本の論理を明確にした定義になっているからです。
 スミスもリカードも、市場価格はその時々の需要と供給の状況によって決まる価格と考えています。自然価格は、スミスの定義では、賃金の平均率+利潤の平均率+地代の平均率に等しいものですが、資本投下の自然的順序を論じるとき、自然価格が資本の均等利潤率が成立したときの価格であることが「示唆」されていました。しかし、リカードは、自然価格を自由競争のもとで資本の均等利潤率が成立したときの価格としてもっと明確に理解しています。そうでなければ、次の文章が意味不明になってしまいます。

Let us suppose that all commodities are at their natural price, and consequently that the profits of capital in all employments are exactly at the same rate, or differ only so much as, in the estimation of the parties, is equivalent to any real or fancied advantage which they possess or forego. Suppose now that a change of fashion should increase the demand for silks, and lessen that for woollens; their natural price, the quantity of labour necessary to their production, would continue unaltered, but the market price of silks would rise, and that of woollens would fall; and consequently the profits of the silk manufacturer would be above, whilst those of the woollen manufacturer would be below, the general and adjusted rate of profits. Not only the profits, but the wages of the workmen, would be affected in these employments. This increased demand for silks would however soon be supplied, by the transference of capital and labour from the woollen to the silk manufacture; when the market prices of silks and woollens would again approach their natural prices, and then the usual profits would be obtained by the respective manufacturers of those commodities.


 簡単な例示ですが、きわめて重要なことを述べています。「次のように仮定してみよう。すべての商品がその自然価格にあり、したがって、すべての部門における資本利潤率が正確に同一であるか、違いがあるとすれば、当事者の評価上、何らかの実際上または想像上の利益に相当するものがあり、ちょうどそれだけを彼らが取るか無視するかに過ぎない、と」。自然価格が成立しているということは資本利潤率が均一である場合に他なりませんが、それでも、少しばかり「実際上または想像上の利益」が存在することはあるので、その部分だけ微妙に違うことはあるでしょう。その部分を取る当事者もいれば無視する当事者もいる、と言っているわけです。which they possess or forgoを文法通り先に訳してもよいのですが、ここでは、原則通り、できるだけ前から後ろへ読んでみました。
 続きは、「いま流行の変化によって、絹織物に対する需要が増加し、毛織物に対する需要が減少したと仮定してみよう。そのとき、それらの物の自然価格、すなわちそれらを生産するのに必要な労働量は引き続き不変だろうが、絹織物の市場価格は上昇し、毛織物の市場価格は下落するだろう。その結果、絹織物業者の利潤は、一般的かつ調整された利潤率以上になるが、他方、毛織物業者の利潤はそれ以下になるだろう。利潤ばかりでなく、労働者の賃金も、これらの部門では影響を受けるだろう」とあります。当然です。市場価格は、その時々の需給状況に応じて変動します。絹織物への需要が増えて、毛織物への需要が減ったのなら、前者は自然価格よりも上昇し、後者は自然価格以下に低下します。
 「しかしながら、このように絹織物に対する需要が増加すると、まもなく、資本と労働が毛織物製造業から絹織物製造へと移動し、それに応じる供給が増えるだろう。そして、絹織物と毛織物の市場価格が再びその自然価格に近づいたとき、これらの商品のそれぞれの製造業者はまた通常利潤をかせぐことになるだろう。」
 最後のand then the usual profits would be obtained以下は、「そのとき、通常利潤がかせがれるだろう」という受身形になっていますが、能動態にしてみました。ここは好みの問題です。

It is then the desire, which every capitalist has, of diverting his funds from a less to a more profitable employment, that prevents the market price of commodities from continuing for any length of time either much above, or much below their natural price. It is this competition which so adjusts the exchangeable value of commodities, that after paying the wages for the labour necessary to their production, and all other expenses required to put the capital employed in its original state of efficiency, the remaining value or overplus will in each trade be in proportion to the value of the capital employed.


 「それゆえ、すべての資本家が自分の資金を利潤の少ない部門からもっと利潤を得られる部門へと移転させようとする願望を抱いているからこそ、商品の市場価格が、何らかの期間、その自然価格よりもはるかに高いか、あるいははるかに低くなることが阻止されるのである。この競争こそが、商品の交換価値を巧く調整することによって、それらの商品の生産に必要な労働に対する賃金と、投下された資本をその最初の効率状態に置くのに必要とされる他の経費をすべて支払った後、まだ残っている価値または余剰が各産業において投下された資本の価値に比例するようにするのである。」

 英文にはときどきcommoditiesのように複数形が出てきますが、文脈によってわかる場合は、つねに「諸商品」と訳す必要はないと思います。もちろん、「諸」を入れないとかえって不明瞭になる場合もありますが、英書を読んだ量が増えていけば、誰でも自分なりの判断基準をもつようになるのではないでしょうか。
 受身形で訳すか能動態にするかの判断も同様です。上の英文では、最初の文章は受身形ではありませんが、商品の市場価格が自然価格から乖離するのをpreventsするの部分を受身形で訳しました。
 「この競争こそが」以下は、利潤を最大にしようとする資本家間の「競争」によって、最終的には、各産業において均等利潤率が成立することを述べた重要な文章です。willは「・・・だろう」というよりは、「必ずこうなる」という強い意味が含まれています。

 リカードは、以上のように、市場価格と自然価格の定義や両者の乖離について、スミスよりも突っ込んだ議論を展開しています。繰り返しますが、自然価格は自由競争のもとで均等利潤率が成立したときの価格であり、それがスミスの言葉を借りれば「中心価格」としての「価値」なのです。

 ③ 賃金の生存費説

 ここまでくれば、リカードが、賃金についても「市場賃金」と「自然賃金」を区別し、労働に対する需給状況によってつねに変動する市場賃金ではなく、自然賃金が「中心価格」であると見なしたことも類推できるでしょう。自然賃金は、次のように定義されています。

The natural price of labour is that price which is necessary to enable the labourers, one with another, to subsist and to perpetuate their race, without either increase or diminution.


 「労働の自然価格は、労働者たちが、全体的にみて、増減なく生存し、彼らの仲間を絶やさないことを可能にするのに必要な価格である。」

 この英文は、文法通りでも、ほとんど誤解の余地のない簡単な例です。「労働の自然価格」とは、「自然賃金」のことです。その賃金がもらえれば、労働者は増減なく生存し、彼らの仲間を絶やさずにすむというのですが、「賃金の生存費説」とは、それを簡単に表現したものです。raceは「種族」でもよいのですが、この文脈ではやや強すぎるように思われますので、「仲間」「集団」くらいの意味でしょう。その時々の労働に対する需給によって変動する「市場賃金」(賃金の市場価格)は、一時的には、この自然賃金から乖離することもありますが、究極的には、自然賃金のほうに引き寄せられていきます。市場賃金が自然賃金よりも高くなる状況が続けば、生活にゆとりが生まれた労働者は、マルサスの人口法則によって、より多くの子供をもとうとするので、いずれは労働供給が増えて賃金は自然賃金のほうにむかって下落していきます。
 ただし、留意すべきは、自然賃金が時代を通じて不変とは見なされていないことです。賃金が生存費で決まるというと、労働者がいつも生活ぎりぎりで生死をさまよっている状態をイメージしてしまいがちですが、リカードは、次のように言っています。

It is not to be understood that the natural price of labour, estimated even in food and necessaries, is absolutely fixed and constant. It varies at different times in the same country, and very materially differs in different countries. It essentially depends on the habits and customs of the people.


 「労働の自然価格が、食糧と必需品で概算してさえも、絶対的に固定かつ不変であると理解してはならない。それは、同じ国でも時代が異なれば変化し、また国が異なれば著しく異なる。それは、本質的に、国民の習慣と風習に依存している。」

 リカードは、このように、自然賃金の説明のなかに、「国民の習慣と風習」を巧妙に入れ込むことによって、自然賃金が時代を追うごとに上昇する可能性を示唆しています。経済発展によって昔は「奢侈品」だった物が現代では「必需品」になっている例はいくらでも思いつくので、「全体的にみて」「生存」するの意味や内容が微妙に変化していくのです。しかし、ある時点では、自然賃金が生存費で決まり、市場賃金はそうして決まった自然賃金を中心に上下に変動すると考えている点は変わりません。

 <参考訳>

 『経済学および課税の原理』羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、上・下(岩波文庫、1987年)

 「こう仮定してみよう、――全商品がその自然価格にある。したがって、全部門の資本利潤が正確に同率であるか、あるいは当事者の評価の上で、彼らが保持するか、または放棄する、何らかの実際上または想像上の利点に相当するだけしか違わない、と。今かりに、流行の変化によって絹織物に対する需要が増加し、毛織物に対する需要が減少するとしよう。それらの物の自然価格、すなわちその生産に必要な労働量は、引き続き不変であろうが、しかし、絹織物の市場価格は騰貴し、毛織物のそれは下落するであろう。その結果、絹織物製造業者の利潤は一般的な調整された利潤率以上になるが、他方、毛織物製造業者の利潤はそれ以下になるだろう。利潤だけでなく、労働者の賃金も、これらの部門では影響を受けるだろう。だが、絹織物に対するこの増加した需要は、資本と労働の毛織物製造業から絹織物製造業への移転によって、間もなく満たされるだろう。そのとき絹織物と毛織物の市場価格は再びその自然価格に接近し、そこでこれらの商品のそれぞれの製造業者によって通常利潤が得られるだろう。」(『原理』上巻、133ページ)

 「そうだとすれば、諸商品の市場価格が、どれほどかの期間、引き続きその自然価格のはるか上にあるか、はるか下にあることを妨げるものは、あらゆる資本家が抱く、その資金を不利な部門から有利な部門へ転じようとする願望なのである。この競争こそが諸商品の交換価値を調整して、その結果、諸商品の生産に必要な労働に対する賃金と、投下資本をその本来の効率状態に置くのに要する他のすべての経費を支払った後に、なお残る価値または余剰が各産業において投下資本の価値に比例するようにするのである。」(『原理』上巻、133ページ)

 「労働の自然価格は、労働者たちが、平均的にみて、生存し、彼らの種族を増減なく永続することを可能にするのに必要な価格である。」(『原理』上巻、135ページ)

 「労働の自然価格は、食物と必需品で評価しても、絶対的に固定不変なものと理解してはならない。それは同じ国でも時代が異なれば変化し、また国が異なれば大いに異なる。それは本質的には人民の習慣と風習に依存している。」(『原理』上巻、139ページ)

バックナンバー

著者略歴

  1. 根井雅弘(ねい・まさひろ)

    1962年生まれ。1985年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1990年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。現在、京都大学大学院経済学研究科教授。専門は現代経済思想史。『現代イギリス経済学の群像』(岩波書店)、『経済学の歴史』(講談社学術文庫)、『シュンペーター』(講談社学術文庫)、『サムエルソン 『経済学』の時代』(中公選書)、『経済学再入門』(講談社学術文庫)、『ガルブレイス』『ケインズを読み直す』(白水社)、『企業家精神とは何か』(平凡社新書)、『アダム・スミスの影』(日本経済評論社)他多数。

ランキング

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2018年5月号

ふらんす 2018年5月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

webふらんすのおすすめ本

おしゃべりがはずむ フランスの魔法のフレーズ

おしゃべりがはずむ フランスの魔法のフレーズ

詳しくはこちら
  1. jiji.com
閉じる