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インタビュー「「その他の外国文学」の翻訳者」

第10回 タイ語:福冨渉さん(2/4)

はじめての翻訳作品
 「もしかしたらタイ語が食い扶持になるかも」という最初の動機とはまったく逆の方向にきてしまった福冨さん。とはいえ、タイ語で仕事をするという考えを捨てたわけではない。むしろその逆で、学部生のときからすでにタイにかかわるアルバイトなどを始めていた。きっかけは、タイ出身のイラストレーター、ウィスット・ポンニミットさんの展覧会を見たことだった。かわいらしいキャラクターがトレードマークで、グッズも多数展開されている、大人気の作家だ。その後、企画をしたのが大学の先輩だと知り調べてみると、ほかにもタイのインディーズミュージシャンを日本に呼んだり、横浜トリエンナーレに作家を招致したりという、まさに福冨さんが興味のある分野を手がけていた。「なにかやれることはありませんか」とメッセージを送ったところ、事務所の作業の手伝いに呼ばれた。東京都現代美術館で行われた、タイの現代美術の企画展示にかかわったのが、最初の仕事になった。
 このつながりは、その後のタイでのリサーチでも役に立った。事務所の手伝いをしていた伝手で、インディーズアーティストのライブに足を運べば、アーティストと話させてもらえたり、タイでの大きなフェスの手伝いをさせてもらったりという機会が生まれた。「実はタイではいっぱいアートの展覧会をやっているし、かっこいい音楽もあるというのがわかったのは、現地に行ったからこそですね。とにかく日本ではほとんど情報がない状態でしたから」と振り返る。
 福冨さんのなかで、修士課程の途中の時点で、博士課程に進むこと、そしてタイ語でキャリアを築いていこうという気持ちがだんだんと強くなっていった。とはいっても、タイ語というマイナーな言語で、しかも現代文学や文化というさらにニッチな分野である。待っていても仕事はないだろうという予測はできる。自分でなんでもやっていかなくてはいけないと考えた。発信するだけの魅力的なコンテンツがタイにあることにも気が付けたのだから、プロモーションをしていこう。
 そこで働きかけたのが学内で編集・発行されていた雑誌「東南アジア文学」の復刊だ。古今の東南アジアの文学作品を翻訳して紹介する目的で1996年に創刊されたのだが、10号まで続いたところで休刊となっていた。それを、発起人でもあった宇戸先生にお願いし、11号から再開することになった。いまも電子版ベースで発行を続けている。
 この雑誌で、福冨さんは翻訳デビューを飾る。取り上げた作家は、タイでもまだあまり知られていない若手作家サムット・ティータットだった。面識はなかったが、福冨さんがタイ語で発表した論文をきっかけにメールをやりとりするようになり、向こうから「実は小説を書いているんだけど、訳してみないか」と提案された。福冨さんはそれまでにも産業翻訳者の求人サイトに登録して、インバウンド観光関連の翻訳をしてきてはいたが、訳者として名前が載る翻訳を、とも考えていた。現代の作品を紹介する意義はあるだろうと、短編ふたつの翻訳を「東南アジア文学」に寄せた。
 高校生の時から、翻訳には興味をもっていた。「しょうもない話ですが、高校2年の夏休みに英語の小説を全訳する課題が出たんですけど、それで福冨は翻訳がうまいねってほめられたんですよ。実際にうまかったどうかは別にして、そもそも翻訳にもうまいとか下手とかあるんだなということに、気づいた。じゃあ翻訳って面白い作業じゃないか。それがはじまりです」。この関心が、研究もいいが、同じくらいタイ語の翻訳もやりたい、というところまで育っていったことになる。
 なお、最初の翻訳の自己評価は「冗長だしぎこちない、全体的に学生が提出する課題みたい」と辛口だ。

異分野からのつながり
 次の翻訳企画は、二度目のタイ留学がきっかけになった。折しも2014年、クーデターが起きたタイミングだった。帰国後、タイのいま現在の状況を発信する場が必要だと感じた。タイ語の力もついてきたことで、タイの作家や出版社の人と知り合うことができたので、その協力を得て、トークイベントを企画した。無料という手軽さはあったが、来場者は70人程度と好評だった。
 それに手ごたえを感じたのか、会場に使った「ゲンロンカフェ」を運営する企業「ゲンロン」から、文章を書いてみないかと声がかかった。さらに、プラープダー・ユンさんのイベントをゲンロンの主催で行おうという企画も持ち上がった。福冨さんが卒論・修論のテーマにしたタイの人気作家だ。福冨さんは、ゲンロンの創業者、批評家の東浩紀さんと対談したら面白いにちがいないと以前から考えていた。「この対談が好評だったんですね。それで、じゃあ次はプラープダー・ユンの作品を読みたいという声も出てきた。それでぼくから最新作はこんな作品ですと推して、アブストラクトもつくったんです」。これが雑誌「ゲンロン」に掲載され、2020年に単行本化した『新しい目の旅立ち』だ。
 雑誌「東南アジア文学」も、次の企画につながった。ウェブで公開していたことで劇作家の岡田利規さんの事務所の目に留まり、連絡が届いた。東南アジアのアーティストとコラボレーションして舞台をつくるプロジェクトを企画しており、どうやらバンコクでも面白いものがありそうなので、なにか情報がほしいという依頼だった。福冨さんはバンコクへの同行を重ね、アーティストや関係者にインタビューを行った。結果として、ウティット・ヘーマムーンさんとの話が具体化することになった。「ウティットは人から頼まれて原作をつくるのは絶対に嫌というタイプ。でも、ちょうど新作『プラータナー』を書いていて、それを原作にするなら、という返事をもらえました」。
 舞台化には、福冨さんはリサーチや日本語字幕の制作で携わった。上演時間4時間超の大作に仕上がり、タイで唯一の舞台芸術賞を受賞する成果を残した。
 このプロジェクトのなかで、原作小説の翻訳も出版できないかという話になり、出版社に企画を持ち込んだ。だめならウェブで公開しようという話になっていたが、幸いにも河出書房新社の編集者がこれならいけると判断してくれて、企画を進められることになった。
 どちらも、現地で築いたネットワークが基盤になって、結果につながった。ニッチなタイの現代文学ではある。けれどもほかの分野のクリエイターの目に触れるように福冨さんがしかけたことで、魅力的なコンテンツがあるという予感は実を結びはじめている。


大学生のときに手に入れて以来聴き続けているCD。左は伝説的なインディーズバンドcrubのアルバムのリマスターと、それを人気インディーズレーベルsmallroomのアーティストたちがカバーしたコンピレーションアルバム。右は2000年代初頭に一世を風靡したアイドルレーベルDojo Cityを代表するユニットTriumphs Kingdomのアルバム。


大学院の留学時、当時のタイで定期刊行されていた唯一の文芸誌WRITERの編集部が入居するアパートの上階に暮らした。編集部のスタッフや多くの作家と毎日のように交流できるぜいたくな環境だった。(写真提供=パンタワット・セータウィライ)

>次のページ:「昼寝本」を目指して/資料ではなく、作品として読まれるために

【お話を聞いた人】

福冨渉(ふくとみ・しょう)
タイ文学研究者、翻訳・通訳者。タマサート大学教養学部 Research Fellowを経て、東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程言語文化専攻単位取得退学。鹿児島大学特任講師などを経て、現在は株式会社ゲンロンに所属。翻訳にプラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』(ゲンロン、2020)、ウティット・ヘーマムーン『プラータナー:憑依のポートレート』(河出書房新社、2019)、ノック・パックサナーウィン「トーン」(奥彩子、鵜戸聡、中村隆之、福嶋伸洋編『世界の文学、文学の世界』、松籟社、2020)など。著書に『タイ現代文学覚書』(風響社、2017)など。
ウェブサイト: https://www.shofukutomi.info/
Twitter: https://twitter.com/sh0f/

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