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根井雅弘「英語原典で読む経済学史」

第12回 デイヴィッド・リカード(3)

 リカード体系を支える第二の柱は、「差額地代説」と呼ばれる理論です。リカードの『原理』を初めて読む人の多くがここでつまずいてきました。しかし、内容がとくに難解であるというよりは、リカードの思考法についていくのに慣れていないことが原因ではないでしょうか。差額地代説はリカードだけの独創とは言えませんが、リカードがこれを最も効果的にみずからの体系のなかに採り入れたのは間違いないと思います。以下、丁寧に読んでいきましょう。

 ②差額地代説

 最初に土地を耕作して穀物を生産するとき、誰もが最も豊饒な土地を選びたいに違いありません。しかし、耕作を進めていくうちに、最も豊饒な土地だけでは足りなくなるときが必ず訪れます。それゆえ、最も豊饒ではないけれども次に生産性の高い土地を耕作して穀物を生産することになります。それでも足りなくなったら、またその次に生産性の高い土地に移ることになるでしょう。このように、土地の質には優劣があるので、最も「生産性の高い」(言い換えれば、生産費のかからない)土地から次第に「生産性の劣る」(言い換えれば、生産費がかかる)土地へと耕作が進んでいきます。そして、リカードによれば、穀物の価格は、耕作に使われているなかで最も生産性の劣る土地(これを「限界地」と呼びます)での生産費によって決まるというのです。
 ここで留意すべきは、リカードが、限界地では地代は発生せず、限界地以外の土地での生産費と限界地での生産費の「差額」だけ地代が発生すると考えていることです。「差額地代説」という言葉は、ここに由来します。
 資本が蓄積され人口が増加するような経済では、時間とともに、最も豊饒な土地では足りなくなり、やがてより生産性の劣る(生産費のかかる)土地が耕作されるようになるでしょう。ところが、穀物の価格は、限界地での生産費で決まるので、より生産性の優る(生産費のかからない)土地では余剰が発生します。これが地代となるというのが、リカードの差額地代説です。繰り返しますが、限界地では地代は発生しないというのがポイントです。リカードの英文を読んでみましょう。

If all land had the same properties, if it were unlimited in quantity, and uniform in quality, no charge could be made for its use, unless where it possessed peculiar advantages of situation. It is only, then, because land is not unlimited in quantity and uniform in quality,and because in the progress of population, land of an inferior quality, or less advantageously situated, is called into cultivation, that rent is ever paid for the use of it. When in the progress of society, land of the second degree of fertility is taken into cultivation, rent immediately commences on that of the first quality, and the amount of that rent will depend on the difference in the quality of these two portions of land.


 「もしすべての土地が同じ特性をもち、量も無限で質も均一ならば、それを使用しても何の代金も請求されることはないはずである。ただし、その土地が特有の利点をもつような立地条件に恵まれていれば別だが。それゆえ、土地の量が無限ではなくその質も均一ではないからこそ、また人口の増加とともに、質が劣等または立地条件があまりよくない土地が耕作されるようになるからこそ、地代がその使用に対していつまでも支払われるのである。社会の進歩につれて、第二等の肥沃度の土地が耕作されるようになると、第一等の土地に地代がただちに発生する。そして、その地代の額は、二つの土地部分の質の差異に依存するだろう。」

 いつものように、できる限り前から後ろへ訳すのを原則にしています。最初の英文はunless以下を先に訳すと地代が発生する根本的な理由(土地の量が無限でなく、質も均一でないこと)がぼやけるので、後に回しました。
 次の英文もやや長いのですが、前から後ろが原則なのはかわりません。19世紀前半の文章なので、単語はやや古い使われ方をしています。everはほとんど訳さずにすむ場合もありますが、肯定文のなかに出てくるので、「いつまでも」「たえず」などの意味を訳出したほうがよいと思います。

 ただ、古風な表現はあっても、リカードの言っていることはきわめて明快です。彼は差額地代説が読者にとってハードルがやや高いと想定していたのか、あるときは言葉で、あるときは数字例を挙げて説明を重ねています。次の英文を読んでみましょう。

It is true, that on the best land, the same produce would still be obtained with the same labour as before, but its value would be enhanced in consequence of the diminished returns obtained by those who employed fresh labour and stock on the less fertile land. Notwithstanding, then, that the advantages of fertile over inferior lands are in no case lost, but only transferred from the cultivator, or consumer, to the landlord, yet, since more labour is required on the inferior lands, and since it is from such land only that we are enabled to furnish ourselves with the additional supply of raw produce, the comparative value of that produce will continue permanently above its former level, and make it exchange for more hats, cloth, shoes, &c. &c. in the production of which no such additional quantity of labour is required.


 「たしかに、最優等地では、同じ量の生産物を以前と同じ労働量で相変わらず手に入れることができるだろうが、その価値は、新たに労働と資本を肥沃度の劣る土地に投下した者が得る収益が減少した結果として高まるだろう。それゆえ、肥沃地の劣等地に対する優位は決して失われず、ただ耕作者または消費者から地主へと移転されるに過ぎないのだが、それにもかかわらず、より多くの労働が劣等地では必要になり、しかもそのような劣等地からのみ、私たちは原生産物の供給を追加することができるのだから、その生産物の相対価値は、以前の水準を永続的に上回り続け、それと交換に、労働量を追加せずに生産することのできる帽子、服地、靴、等々をより多く手に入れることができるだろう。」

 enhancedのような受身形は必ずしも忠実に訳す必要はなく、ときに能動態でもよいと思います。comparative valueを岩波文庫が「相対価値」と訳しているのはさすがです。英文特有のadditional supply of raw produceのような表現がところどころ出てきますが、逐語訳でいつも「原生産物の追加的供給」とするのではなく、必要に応じて「原生産物の供給を追加する」のように表現に幅をもたせたほうがよいと思います。
 最後も、「その生産に追加的な労働量が必要とされない帽子、服地、靴、等々」と直訳するよりは、「労働量を追加せずに生産することのできる帽子、服地、靴、等々」と訳してみました。

 上に続く英文が次のようになっています。重要なところなので、丁寧に読んで下さい。

The reason then, why raw produce rises in comparative value, is because more labour is employed in the production of the last portion obtained, and not because a rent is paid to the landlord. The value of corn is regulated by the quantity of labour bestowed on its production on that quality of land, or with that portion of capital, which pays no rent. Corn is not high because a rent is paid, but a rent is paid because corn is high; and it has been justly observed,that no reduction would take place in the price of corn, although landlords should forego the whole of their rent. Such a measure would only enable some farmers to live like gentlemen, but would not diminish the quantity of labour necessary to raise raw produce on the least productive land in cultivation.


 「それゆえ、原生産物の相対価値が上昇する理由は、より多くの労働が最後に獲得された土地(の部分)での生産に投下されるからであり、地代が地主に支払われるからではない。穀物の価値は、地代を何ももたらさない質の土地、またはその資本部分を用いる生産に投入された労働量によって規定される。穀物は地代が支払われるから高価なのではなく、穀物が高価だから地代が支払われるのである。そして、これまで正確に述べられてきたように、たとえ地主が自分たちの地代を全部放棄したとしても、穀物の価格は少しも低下しないだろう。そのような行動をとっても、一部の農業者がジェントルマンのように生活できるようになるだけであり、最も生産力の劣る土地を耕作して原生産物を栽培するのに必要な労働量が減少することはないだろう。」

 このなかで、「穀物は地代が支払われるから高価なのではなく、穀物が高価だから地代が支払われるのである」という文章の意味が正確に理解できれば、リカードの差額地代説を習得したといっても過言ではありません。文章の構成上、英文法通りに後ろから前に戻るような訳し方をせざるを得ない部分もありますが、それほど長文ではないので、理解に難儀することはないと思います。
 ここでも、やさしい単語をおろそかにしてはなりません。althoughは高校までは「けれども」と訳せば大抵すみますが、ここは「たとえ…だとしても」という意味です。Such a measureのmeasureは、岩波文庫のように「方策」としても立派に通じます。「行動」と訳したのは、地主が地代を放棄するようなmeasureなので、「方策」よりもよいのではないかという私なりの判断です。そして、名詞を名詞のように忠実に訳す必要はなく、ときに副詞的な用法と解釈しているのも、これまでに何度も出てきました。「そのような行動」が…を「可能にする」でも意味は通じますが、上のように「そのような行動をとっても…」と訳すほうが、すべての場合とは言えないものの、日本語らしいと思います。

 <参考訳>

 『経済学および課税の原理』羽鳥卓也・吉澤芳樹訳、上・下(岩波文庫、1987年)

 「もしもすべての土地が同じ性質をもち、量が無限、質が均一ならば、位置が特別の利点をもたないかぎり、その使用に対しては何らの料金請求もおこなわれるはずがない。そうだとすれば、土地の使用に対して地代がつねに支払われるのは、もっぱらその量が無限でなく、質が均一でないからであり、人口の増加につれて、質が劣悪であるか、位置が不便な土地が、耕作されるようになるからである。社会の進歩につれて、第二等の肥沃度の土地が耕作されるようになると、地代は直ちに第一等地に始まる。そしてその地代の額は、これら二つの土地部分の質の差異に依存するであろう。」(『原理』上巻、105-106ページ)

 「なるほど、最優等地においては、以前と同量の労働で、相変らず同量の生産物が得られるだろう。だが、その価値は、肥沃度の劣る土地に新しい労働と資本を投下した者の得る収益が減少する結果として、高められるだろう。とすれば、肥沃地の劣等地に対する利点はけっして失われるのではなく、ただ耕作者または消費者から地主に移されるにすぎないが、それにもかかわらず、劣等地ではより多くの労働が必要になり、しかもこのような土地からのみ、われわれは原生産物の追加供給を得られるのだから、この生産物の相対価値は旧水準を永続的に上回り、帽子、服地、靴、等々、その生産にこのような追加労働量を必要としないものの、より多量と交換されるであろう。」(『原理』上巻、111-112ページ)

 「そうだとすれば、原生産物の相対価値が騰貴する理由は、最後に収穫される部分の生産に、より多くの労働が投下されるからであって、地主に地代が支払われるからではない。穀物の価値は、地代を支払わない質の土地において、または資本部分を用いて、その生産に投下される労働量によって規定される。地代が支払われるから穀物が高価なのではなく、穀物が高価だから地代が支払われるのである。そして、たとえ地主が自分たちの地代全部を放棄するとしても、穀物の価格にはなんらの低下も起こらないであろうということが、正しく述べられてきた。このような方策はたんに若干の農業者を地主(ジェントルメン)のように生活させるだけで、既耕の最も生産力の劣る土地において、原生産物を栽培するのに必要な労働量を減少させることはないであろう。」(『原理』上巻、112ページ)

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著者略歴

  1. 根井雅弘(ねい・まさひろ)

    1962年生まれ。1985年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1990年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。現在、京都大学大学院経済学研究科教授。専門は現代経済思想史。『現代イギリス経済学の群像』(岩波書店)、『経済学の歴史』(講談社学術文庫)、『シュンペーター』(講談社学術文庫)、『サムエルソン 『経済学』の時代』(中公選書)、『経済学再入門』(講談社学術文庫)、『ガルブレイス』『ケインズを読み直す』(白水社)、『企業家精神とは何か』(平凡社新書)、『アダム・スミスの影』(日本経済評論社)他多数。

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