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インタビュー「「その他の外国文学」の翻訳者」

第7回 ノルウェー語:青木順子さん(3/4)

「この本は絶対に必要としている人がいる」
 2006年から、「ノルウェーについて学ぶサロン」を開始する。現在までになんと80回を数えている。
 さらに2007年からは、ノルウェー夢ネットが主催する語学レッスンを開始した。自前で講座をもてたことで、webサイトも軌道に乗った、と感じた。
 まずは講師として本格的にスタートを切った青木さん。翻訳者としてのターニングポイントは2009年、NORLA(ノルウェー海外文学普及協会)との出会いだ。名前の通り、ノルウェーの文学作品をほかの国に紹介、普及するための活動を行う団体だ。青木さんが翻訳を手がけた3冊の絵本はすべてこの団体の助成を受けている。このNORLAがノルウェーで世界各国の翻訳家が集まるセミナーを開催した。ここに青木さんも招かれた。前年に東京で行われた書籍の国際フェアにNORLAが出展した際に青木さんが通訳としてかかわったのが縁になったのだ。
 このとき講演に立ったのが、青木さんが最初に翻訳を手がけた絵本『パパと怒り鬼-話してごらん、だれかに-』の作者、グロー・ダーレさんだった。話を聞いて、ものすごい衝撃を受け、「講演が終わった瞬間に感動しましたと話しかけました」。なぜかクロコダイルのイラストを添えたサインを本にもらって、それを大事に抱えて帰国した。
 『パパと怒り鬼』のなにがそれほどの衝撃だったのだろうか。「絵本でDV(家庭内暴力)みたいな、難しい問題を扱えるのかと思ったんです」。青木さんにはDVの専門的な知識はない。被害者や加害者などと直接の面識をもったこともない。なのに、「なぜかこの本は絶対に必要としている人がいるな、出したいなといままでにない気持ちを覚えました」と語る。
 日本で出版したいという気持ちはある。だが、そもそもテーマが難しい。イラストも日本のもののようにきれいでもかわいらしくもない。文字の量も多い。ちなみに、ノルウェーの絵本は全体として文字量が多いそうだ。
 当然、出版社にもちこんでも断られたが、ここで青木さんを助けてくれるひとたちがいた。ノルウェー留学から帰国後に、商業出版ではないが翻訳に携わった本がある。ノルウェーの小学校の教科書から翻訳した『男女平等の本』だ。自費出版の形でこの本を出したグループのひとたちに協力をしてもらい、出版に賛同するひとを集めてもらった。広いネットワークによって、編集者にもつないでもらうことができ、企画を通すことができた。
 企画としてスタートすることが決まり、ほかにも心強い協力を得ることができた。絵本の翻訳は初挑戦になる青木さん。編集者ともひとりで訳すのは難しいと相談し、共訳者に大島かおりさんに加わってもらうことになった。児童文学の名作、ミヒャエル・エンデ『モモ』の訳者として知られている、心強い共訳者だ。まず青木さんがノルウェー語から訳の第一稿をつくる。大島さんは作者のグロー・ダーレさん自身が英訳したものをもとに訳した。なんども校正段階で打合せを重ねた。
 「大島さんの最後まで粘る姿勢はすごいなと思いました。文章を創り出す、練る感じというか。編集者の方に対しても絶対に譲らない。自分だったらもうこれでいいんじゃないかなと思ってしまう。そういうところでも大島さんは最後まで考えていらっしゃいました」。翻訳者として大きな刺激を受けた。
 そして信田さよ子さんに解説を書いてもらった。臨床心理士として、DVなどの問題にカウンセリングを行っている、第一人者だ。
 完成すると、本に関連したセミナーを行った。ただ訳すだけではなく、日本になじみのないテーマをどのように届けるかということも大切になるということだろう。
 新聞でも取り上げられた。絵本は家庭欄での扱いが多いが、テーマがテーマだけに社会面での扱いで、そのおかげもあって順調に重版につながった。正直に言えば、青木さん自身には子どもがいないこともあり、それまではあまり目がいかなかったが、絵本にはすごい可能性と奥深さを感じたという。「これが出したいという気持ちが強かったからできました。作品との出会いが原動力なんですね」。

持ち込み企画の難しさ
 続く2作の絵本翻訳も、作品との出会いから始まった。青木さんがノルウェーで知り、自分で好きと思えるもの、日本で紹介したいと思えるものを出版社に企画として持ち込んだ。
 絵本はロングセラーが書店の売り場のほとんどを占める。子どものときに読んで思い入れのあるものを、親になったときに自分の子どもにも読んであげたいと思うのは当然の気持ちだろう。新刊絵本も、すでに定評のある作者のものばかりになる。新規参入は難しいので、出版社のほうから企画の話が来ることはまずない。「すでに有名な翻訳者の方でも、自分の持ち込み企画はなかなか通らないと聞いたことがあります。これまで翻訳してきてなにが難しかったかというと、企画を通すのがいちばん苦労しました」という青木さんのことばにもうなずける。
 それでも惚れこんだ本なので、自分で全訳を作り、企画書を書く。いきなり飛び込みで企画を持っていっても望みは薄いから、興味をもってくれそうな編集者を紹介してもらえないか探す。ある編集者からは、「自分だったら買いたいけれど」と言われた。出す意味のある本だとは思うが、商売としては引き受けられない、という含みだ。それでも、とりあえず内容を見てもらえるだけでもありがたい。
 自分でいいと思っても、編集者からはどんなひとが読むのかと聞かれる。
 「ただいい作品なんです、ではアピール不足ですね。書店では年齢ごとに分けておいていることも多いので、対象年齢を聞かれたりもします。なので本国の作者やエージェントに尋ねるんですが、0歳から100歳です、と答えられてしまって。そういうときには日本の市場とのちがいを説明しました」。
 ノルウェーでは日本と絵本の捉え方がやや異なるように青木さんは感じるという。大人向けの作品と子ども向け作品との両方を書いている作家がいる。売れっ子のミステリー作家や純文学の作家が絵本を書くこともある。ジャンルや読者対象の垣根が低いようだ。また、絵本をかわいいだけでおさめたくないという印象も受けるそうだ。大人どうしが絵本をプレゼントすることもあり、必ずしも子ども向けという意識ではないのかもしれない。
 日本とノルウェーで状況が異なるので、絵本の企画を通す難しさがあるのかもしれない。一方で、だからこそ青木さんのように絵本に新しい可能性を感じるということもあるのだろう。

>次のページ:ことばはパスポート――「その他の外国語」に関わるやりがいと面白さ

【お話を聞いた人】

青木順子(あおき・じゅんこ)
ノルウェー国立ヴォルダカレッジ、オスロ大学に留学。帰国後、ノルウェーの情報提供を目的としたコミュニティー・サイト「ノルウェー夢ネット」(http://www.norway-yumenet.com)を開設。講演講師、通訳翻訳、ならびにブログやSNSを通じノルウェーの情報発信を行っている。著書に『ノルウェー語のしくみ〈新版〉』(白水社、2017)、『ニューエクスプレスプラス ノルウェー語』(白水社、2018)など。訳書に『パパと怒り鬼 -話してごらん、だれかに』(G.ダーレ& S.ニーフース、共訳、ひさかたチャイルド、2011)、『わたしの糸』(トーリル・コーヴェ、西村書店、2019)、など。

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