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インタビュー「「その他の外国文学」の翻訳者」

第6回 ノルウェー語:青木順子さん(2/4)

ひたすら作文練習
 いまではインターネットを使ってノルウェーのメディアに手軽に触れることができる。マイナーなノルウェー語といっても勉強するための素材は豊富だ。しかしもちろん、青木さんが留学を決めた1990年代はちがった。数少ないテキストを使い、音声を聞いては書いて、というごくスタンダードな勉強をしたそうだ。日本語ノルウェー語辞書はあるが、マイナー言語の宿命というべきか、英語やフランス語などの辞書に比べると見出し語は少ない。英語ノルウェー語辞書を使うが、英語も堪能とは言えないので今度は英和辞書を引く二度手間が必要だ。「いまでも辞書があるほかの言語がうらやましいです」というコメントから、いかに辞書をたくさん引いたのかがうかがわれる。
 最初の留学で、青木さんは自分にあった学習方法を見つける。とにかく作文をすることだ。青木さんが受講するクラスにはいろいろなヨーロッパの国からの学生がいた。はるばる日本からやって来た青木さんと異なる点はふたつ。まずは、すでに自分の国の大学の北欧学科などで学んできた人がいること。学習環境が日本とは大きく異なる。もうひとつは、授業に対する大胆さだ。つまり、授業中に堂々と、しかも間違ったことを発言する。
 「自分はいかにも日本人、という感じの学生でした。手を挙げて質問したりとか、なかなかできませんでしたから」。
 なんとか自分なりの方法を見つけないとと考えたのが、作文を書いて先生の添削を受けることだった。学生との面会時間の度に先生の研究室を訪ねていった。また、寮でできたノルウェー人の友人にも見てもらった。たくさんの作文をこなすというのは試験対策としても大切だった。日本とちがい、ヨーロッパの大学の試験はとにかく試験時間が長く、記述量も多い。「ヨーロッパの人は小さいときから自分の意見を言ったり、考えをまとめて書いたりするということを訓練されている」という。その彼らと同じ土俵で試験を受けるには、作文がとにかく必要なのもうなずける。
 また、作文は話す、聞く能力の向上にも有効だと青木さんは考えている。文章を書こうとすると、わかったつもりの文法や、発音をあいまいにしたままの語のつづりを、ひとつずつ確かめることになるので、知識が整理される。すると読む、聞く、話す力にもつながる。「少なくともノルウェー語に関しては、聞き流していればいつか話せるようになる、というようなことはまずありません」と断言する。語学学習の肝と銘じておきたい。

ノルウェー伝道師の第一歩
 なにかを書くためには、内容が必要だ。そのためには知識をインプットしなくてはいけない。ということでノルウェーの大学では試験範囲として膨大な文学作品が課された。それに、ノルウェー人の知り合いにいまこんな作品を読んでいると話すと「ノルウェー人でもそんなの読んだことないよ」と驚かれた。ノルウェー語を学んでまだ数年の日本人が、ノルウェーの古典を読んでいることが驚きだったようだ。大変な課題ではあったが、いまでも翻訳されている作品は多くないので、いろいろな作品に出会えたよい機会になった。いつか日本に紹介できたら、という気持ちが湧いた。
 実は、2回目の留学、オスロ大学に入学する際、政府の奨学金に申請するための志望理由書に「将来、翻訳に携わりたい」と書いていた。そしてさらにさかのぼれば、留学をするために両親を説得するとき、ノルウェー語の仕事をするから、と言ってしまっていた。もちろん、具体的なプランはまったくない状態だ。けれども、現地の人と現地語で話したいというのと同じくらい、自分の専門性で仕事をしたいという憧れがあった。
 「フランスではその夢は果たせなかったので、次こそ、ノルウェー語では、というのもあったかもしれません。そういう意味ではフランス語ができなかった挫折感が北へ北へ、ノルウェーにと向かわせたのかもしれませんね」。自嘲気味に話してくれるが、安定した職を辞して留学、という決意の強さ、そしていまの結果があることは尊敬してしまう。
 留学から戻ったものの、なにもプランはない青木さんに、その後につながるきっかけを与えてくれた人がいる。故・山内清子(やまのうちきよこ)さんである。青木さんと同じくオスロ大学で学び、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語と言語をまたいで北欧の児童文学翻訳を手がけてきた大先輩だ。ノルウェー大使館に会場を借りて、ノルウェーサロンを立ち上げていた山内さんが、帰国した青木さんにそこで講演してみては、と声をかけてくれた。青木さんの講演デビューだ。オスロ大学で学んだノルウェーの文学作品について話すことにした。「はじめての講演なので話すことを一字一句、ノートに書いて、しかもここで笑い、とまで書いてしまったんです。本当につたない話だったけど、山内先生は菩薩のような顔でうんうん、と聞いてくださっているんです」。
 幸い、語学学校でノルウェー語を教える仕事も見つかった。あわせて、翻訳リーディングの仕事が少しずつ入るようになった。短い新聞記事を訳したり、テレビなど映像字幕の翻訳といった、資料づくりのような仕事だ。
 そして2000年には、ノルウェー夢ネットを立ち上げる。ノルウェーにいるときは、メディアで日本の話題が出てくることは思ったよりもあった。日本は案外と大きい国らしいと気づいた。しかし逆に日本に戻ると、ノルウェーの話題はまったく聞こえてこない。面白いことがあるのに、もったいない、それでは自分が発信しよう、と思い立った。無料でできるというメリットも魅力的だった。最初の講演に参加してくれて知り合ったひとが、いまに至るまで管理人を引き受けてくれている。山内さんは、ここでも青木さんの活動の足固めをしてくれたことになる。
 しばらく青木さんは会社勤めもする二足のわらじ状態を続けていた。収入としては会社の給料だけで十分だったが、ノルウェー語の仕事をしたかった。ノルウェー語の仕事は、通勤電車のなかで翻訳のリーディング用テキストを読んだり、週末に授業を行ったりという具合だ。とはいえ、時間が足りない。ノルウェーのことをしているのに、「ヒュッゲ」とは程遠い忙しさだったと振り返る。翻訳の仕事で締め切りに間に合わないという失敗もあった。「仕事をいただけるのはすごくうれしいのに、断らなくてはいけない辛さを大物でもないのに味わってしまいました」。この状態ではいけない。ノルウェーが縁で就職した会社ではあったが、体調を崩し、悩んだ末に退職、フリーランスとして一本立ちすることを決意した。


青木さんのノルウェー語教室の看板ネコ

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【お話を聞いた人】

青木順子(あおき・じゅんこ)
ノルウェー国立ヴォルダカレッジ、オスロ大学に留学。帰国後、ノルウェーの情報提供を目的としたコミュニティー・サイト「ノルウェー夢ネット」(http://www.norway-yumenet.com)を開設。講演講師、通訳翻訳、ならびにブログやSNSを通じノルウェーの情報発信を行っている。著書に『ノルウェー語のしくみ〈新版〉』(白水社、2017)、『ニューエクスプレスプラス ノルウェー語』(白水社、2018)など。訳書に『パパと怒り鬼 -話してごらん、だれかに』(G.ダーレ& S.ニーフース、共訳、ひさかたチャイルド、2011)、『わたしの糸』(トーリル・コーヴェ、西村書店、2019)、など。

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