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インタビュー「「その他の外国文学」の翻訳者」

第2回 ヘブライ語:鴨志田聡子さん(2/4)

憧れの翻訳の仕事
 イスラエル留学でヘブライ語を身につけ、帰国をした鴨志田さん。しかし、プライベートの面でも、結婚、出産を経ていたこともあり、研究者としてのキャリアがうまくつながらず、悶々とする日々が続く。イスラエルの空気を思い出すだけでも、と手にしたのがイスラエルの作家、アブラハム・B・イェホシュアの作品『エルサレムの秋』の邦訳だった。
 読んでいるとありありとエルサレムの情景や人の姿が浮かぶ。「そうそう、こういうことあるよね」と何度もうなずいた。自分とイスラエルとをつなぐ綱のように感じた。これを翻訳して紹介できるのはどんな人だろう? 訳者は母袋夏生さんといった。
 マイナーなイスラエル文学ではあるが、実は継続的に作品は翻訳・出版されている。それはこの母袋夏生さんという、ヘブライ語翻訳の先輩の功績といえる。
 母袋さんはすごい翻訳家だ、これが文学の力なのかと思い知った。
 そして偶然にも、憧れの母袋さんとの出会いが訪れた。イスラエル関係の映画の試写会に行ったときのことだった。知り合いを見つけ挨拶すると、その隣に偶然居合わせた母袋さんを紹介された。そのときにどんな話をしたのか、鴨志田さんは覚えていないという。
 しかしその後、母袋さんから『アンチ』の翻訳をしてみないか、声をかけられた。憧れの翻訳家が仕事を紹介してくれるという、その縁には驚かされる。母袋さんがどういうつもりで声をかけてくれたかはわからない。自信はなかったが、イスラエルの現実なので伝えたい、やるしかないと引き受けた。
 そもそも鴨志田さんは、昔から翻訳への関心をもっていた。「中学生のときになにか創作をしたいと思っていて、小説を書いてみたんですが、難しかった。じゃあ翻訳ならなんとかなるのでは…」。そういう淡い期待をもった。しかし学校の先生からは限られた人だけがなれるものと言われ、たしかにそういうものか、と納得した。これはちょっと小説が好きな人なら誰でも似たような経験があるだろう。
 次の憧れはもう少し具体的だった。早稲田大学に通い、そこで教える松永美穂さんを知ったのだ。ドイツ文学翻訳の第一線で活躍する翻訳家の姿を間近に見たことになる。そのときは雲の上の存在ではあったが、鴨志田さんたち学部生にも優しく、親切に接してくれた。学部を終えたあともお世話になったのだという。
 鴨志田さんを尊敬すべきは、イディッシュ語を学ぶのに未知の国、リトアニアに行ったように、憧れを行動に移す点だ。大学卒業後、友人たちと字幕などを翻訳する仕事を始めた。アルバイト程度で、仕事は少なく、ノイズだらけのテープから英語を聞き取るようなものもあった。それでも、そのときの仲間がいまは翻訳会社の社長になったということで、若いときの思いつきといってあなどれない。
 翻訳の技術はどのように磨いたのだろうか。その点で最も刺激を受けたのが、立命館大学の西成彦さんだという。西さんは比較文学を専門とする研究者で、イディッシュ語の翻訳を手がけている。その西さんがほかの研究者たちと集まって、自主的にイディッシュ文学作品を訳す勉強会をも開いていた。そこに鴨志田さんも行ってみると、快く迎え入れてもらえた。
 取り組んだのはアイザック・バシェヴィス・シンガーの短編「息子」。シンガーはイディッシュ語で書いた作家として、はじめてノーベル文学賞を受賞した。
 とにかくイディッシュ語の勉強をしたいと参加したのだが、気づかされたのは語学力の不足だけではなく、文章を読み解くための想像力、それを支える自らの人生経験の乏しさだった。勉強会で西先生から指摘を受ける。その的確さに「なぜこの人は作者のようにこんなにわかるのだろう? と思うばかりでした」と振り返る。行間にあるものをすくいとることは、言語を問わず、翻訳に共通して必要な心構えだろう。

長い翻訳作業を乗り越えるために
 翻訳にはどんな過程があるのか。鴨志田さんが『アンチ』に取り組んだ例から紹介しよう。
 まず作品全体をざっと読む。だいたいの感じをつかんで、一部分を訳してみる。次に作品のあらすじなどをまとめた梗概、作者や翻訳する自分の略歴を短くまとめた資料をつくり、編集者に渡す。自分で企画を持ち込む場合は相談にのってくれる編集者に出会うのも一苦労だ。出版社で企画が通れば、全訳を進める。一旦できあがったものを自分で見直し、編集者に原稿を渡す。そのあとは時間が許す限りで校正を行う。あとがきがある場合には、それを書くのも大切な仕事に含まれる。
 この過程でいちばん大変なことは何だろうか。
 「数年の時間がかかってしまったので、モチベーションを常に保つのは、はっきり言って無理でした」。
 子育てをしながら働く人に共通するが、子どもが病気になれば仕事ができないし、自分にうつることも頻繁にある。鴨志田さんも、子どもと自分が続けてインフルエンザにかかってしまい、結局ひと月のあいだまったく手がつかない、ということもあるという。確かにそういう状況で翻訳をコンスタントに続けるのは難しい。そうなると仕事への不安が先立ち、ほかにすぐに収入になるような仕事があればそちらを優先してしまうこともあったそうだ。
 また、企画が本格化するまでには時間がかかり、本当に出版されるのか? この仕事をしても誰にも読んでもらえないのでは、と自ら作業を止めた時期もあったそうだ。翻訳に専業で携われる人はごくわずかで、多くはほかの仕事と並行している。モチベーションをどう維持するかは、多くの翻訳家に共通する悩みかもしれない。
 この状態に手を差し伸べてくれたのが、学生時代からの憧れの翻訳者である松永美穂さんのエッセイ『誤解でございます』(清流出版)だった。そこに登場する、食洗機を買うエピソードが鴨志田さんの考え方を変えてくれたのだそうだ。ポイントは、「皿洗いの時間をできるだけなくす」こと。そして、それでできた時間を翻訳や休むことにあてたほうがいい、ということに気づいたことだ。鴨志田さんの家庭では、夫が皿洗いをしていた。しかし、遅くまで働いている夫にそれをさせるのは申し訳ない、かといって、やってくれないときには腹が立つ。これを食洗機が解放してくれることに、エッセイを読んで気づいたのだ。はじめは食洗機は必要ないと言っていた夫も、いざ使ってみるとかなり満足している。
 ほほえましい話のようではあるが、翻訳に集中するための時間をなかなか作れない鴨志田さんにとっては大きな発想の転換になった。時間の面でも気持ちの面でも余裕が生まれた。ロボット掃除機も買い、食事も忙しいときにはインスタント食品を利用した。「なるべく休んだり、仕事に専念したりできるように工夫することだなあ、と思いました」。

>次のページ:翻訳の苦労と意欲


(聞き手・構成:webふらんす編集部)

【お話を聞いた人】

鴨志田聡子(かもしだ・さとこ)
日本学術振興会特別研究員、東京外国語大学他講師。1979年、静岡県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。専門は社会言語学、ユダヤ人の言語学習活動。著書に『現代イスラエルにおけるイディッシュ語個人出版と言語学習活動』(三元社、2014)、『イスラエルを知るための62章[第2版]』(共著、明石書店、2018)、『Pen BOOKS ユダヤとは何か。』(共著、CCCメディアハウス、2012)。翻訳家としては『アンチ』(ヨナタン・ヤヴィン、岩波書店、2019)でデビュー。

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