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新井潤美「ノブレス・オブリージュ——イギリスの上流階級」

第12回 「ヤンガー・サン」と「アッパー・ミドル・クラス」(下)

アッパー・クラスとの違い
 「アッパー・ミドル・クラス」の階級に対するこだわりを、「アッパー・クラス」の立場から滑稽かつ容赦なく描いた作家もいて、ナンシー・ミットフォードはまさにそのひとりである。たとえば前回の冒頭でも紹介した小説『寒い国の恋愛』には「ボーリー一族」という人々が出てくる。語り手のファニー、ファニーの幼なじみのポリー、ポリーの母親のモントドー伯爵夫人といった、この作品の主要な人物がすべて生粋のアッパー・クラスであるのに対して、いちおう彼らと社交することもあるボーリー一族(the Boreleys ――この名前にはbore、つまり退屈、鬱陶しいものという洒落も含まれているのだろう)はまぎれもないミドル・クラスである。 ファニーの夫はオックスフォード大学の教員であり、同僚のカズンズ教授夫妻と交流がある。

カズンズ夫人の旧姓はボーリーだった。私は昔からボーリー一族のことをよく知っていた。というのも夫人の祖父の巨大な、1890年に建てられたエリザベス朝風の屋敷は、オルコンリー[ファニーのおじ、オルコンリー卿の家]からさほど遠くないところにあり、彼らは近隣のニュー・リッチだったのである。
(第二部第一章)

「ニュー・リッチ」という表現がなくても、「1890年に建てられたエリザベス朝風の屋敷」というだけで、ボーリー一族が成金であることは明らかだ。十九世紀の後半には、十六世紀のエリザベス一世時代の建築を模倣した家が流行した。エリザベス一世がチューダー王家に属するため、この建築は「モック(擬似)・チューダー」とも呼ばれ、本物のチューダー王朝建築に住んでいることも多かったアッパー・クラスから見れば「成金」や「悪趣味」の象徴ととられたのも無理はないだろう(ちなみに、モック・チューダー建築の有名な例は、ロンドンのリージェント・ストリートにある百貨店リバティである)。


ロンドン、リバティ百貨店
Photo by Gryffindor - Liberty London 21(2011) (Licensed under CC BY-SA 3.0)

語り手はさらにボーリー一族についての説明を続ける。

この祖父は今やロード・ドリアズリー[Driersley、これもdrear=退屈とかけている?]となり、外国の鉄道で財産を築き、地主の家の娘と結婚して大勢の子供をつくった。その子供たちが大人になって結婚し、全員がドリアズリー・マナーから車で簡単に行けるところに落ちついたのである。彼ら自身もまた、名高いほどの子だくさんだったので、今やイングランド西部の大部分にボーリー一族の触手が広がり、ボーリーのいとこ、おば、おじ、兄弟や姉妹、そしてそれぞれの結婚相手と、とめどがなかった。

 ボーリー家とは、まるで新たにアッパー・ミドル・クラスに入って増殖していくミドル・クラスの代名詞のようである。彼らはルールを守るし金持ちなので周りの人間から尊敬されており、地域に対する義務も立派に果たす。

つまり彼らは地域の「柱石」なのだが、仕事で彼らと接することのあるマシューおじ様[オルコンリー卿]は彼ら全員が大嫌いだった。そしてまとめて「ボーリー一族」という名前を書いた紙を家中の引き出しに入れていた。

 ミットフォードの父親をモデルにしたこのエキセントリックな貴族は、「人の名前を紙に書いて引き出しに入れておくとその人が死ぬ」という迷信を信じているのだが、効果があった試しがない。オルコンリー卿がここで嫌っているのは、ボーリー一族が「成金」であるということよりも、彼らの生き方、信条、生活習慣や言葉づかいなどがどうしても肌に合わないからである。
 『寒い国の恋愛』の4年前に出版された小説『愛の追求』はオルコンリー卿の娘リンダが主人公だが、そこではリンダは父親の猛反対を押し切って銀行家の息子トニー・クレーシグと結婚する。トニーの父親もこの結婚には反対だった。彼はアッパー・クラスにあこがれるタイプのミドル・クラスではなく、アッパー・クラスを無責任で、時代錯誤的な存在とみなしていたので、敢えて迎合しようとはしない。結婚式をロンドンで挙げることを提案し、オルコンリー卿が「そんなに品のない、俗悪なことは聞いたことがない、女は実家で結婚するべきだ」と憤っても、意に介さない。クレーシグ氏はロンドンで結婚しないとトニーの将来に役立つような「重要な人たち」が来てくれないと主張し、リンダはリンダで、ロンドンで華やかな結婚式を挙げたがっているので、オルコンリー卿は折れることになる。しかし最初の興奮が冷めてしまうと、リンダは自分がクレーシグ家のことをまったく理解できないことに気づく。

リンダがどんなに頑張ろうと(そして最初リンダはずいぶん一生懸命頑張った。人に気に入ってもらいたいという気持ちがとても強かったので)、クレーシグ家のものの見方は謎だった。実は彼女は生まれて初めてブルジョワ的な思考というものに直面したのだ。
(第10章)

 アッパー・クラスのヤンガー・サンではない「アッパー・ミドル・クラス」の人々は、こうして決定的にアッパー・クラスとは違うと線を引かれてしまうのである。

スノッブたち
 クレーシグ家のように、最初からアッパー・クラスの仲間入りをしたいなどと望まない人々はともかく、そうではない人々をかなり意地の悪い視線でコミカルに描くアッパー・クラスはミットフォードの他にもいた。たとえばヴァージニア・ウルフの友人および恋人で、ウルフの小説『オーランド』(1928年)のインスピレーションでもあるヴィータ・サックヴィル=ウェストに、『エドワーディアンズ(エドワード朝の人々)』(1930年)という小説がある。著者は第三代サックヴィル男爵の一人娘として、ケント州のノウル・ハウスというカントリー・ハウスで生まれた。サックヴィル=ウェストはノウルを愛しており、自分が女であるために相続できないのが生涯の悲しみだった(父親の死後ノウルは爵位と共に父親の弟が相続したが、1947年にナショナル・トラストに寄贈された)。


十五世紀に建てられたノウル・ハウス
Photo by Diliff - Knole, Sevenoaks in Kent - March 2009 (Licensed under CC BY-SA 3.0)

ウルフの『オーランド』にはノウルの歴史や雰囲気が描かれているが、サックヴィル=ウェストの『エドワーディアンズ』に登場するカントリー・ハウス、シェヴロンもノウルがモデルになっている。物語はシェヴロンの若い当主で公爵の、セバスチャンの恋愛や人間関係を描いたもので、アッパー・クラスの生活を描いたこの作品が読者に受けることも著者は十分見込んでいた。執筆中に彼女はヴァージニア・ウルフに次のように書き送っている。

上流階級がぎゅうぎゅう詰めの本よ。あなたは気に入るかしら? スノッブな要素だけでもかなり人気を呼ぶと思うんだけど。
(『エドワーディアンズ』序文に引用)

 しかもこの本の冒頭には、「この本の登場人物はどれも完全にフィクションというわけではない」という注釈までついていた。
 1920年代から40年代のいわゆる「戦間期」に、ユーモアや風刺を込めてアッパー・クラスの生活を描いた小説が多く書かれていて、サックヴィル=ウェストも、アッパー・クラス出身の作家として、そのマーケットを狙ったわけである。たしかにセバスチャンのシェヴロンでの生活や、ロンドンでの社交の様子は読者の興味をそそったかもしれない。しかし、中でもミドル・クラスの読者を惹きつけたのは、セバスチャンが偶然に出会った医者の妻、テレーザ・スペディングとつき合うくだりかもしれない。ロンドンのコヴェント・ガーデンのオペラハウスに初めて夫と一緒にやって来たテレーザは、オペラよりもそこに来る上流階級の人々に興味を持っている。新聞に写真が載る、社交界の花形たちが劇場のボックス席に座っているのを見て、オペラグラスを舞台ではなく、彼らに向けてうっとりとするのである。


コヴェントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウス(1980年代に改築されたもの)
https://en.wikipedia.org/wiki/Royal_Opera_House#/media/File:ROH_auditorium_001.jpg

そしてある日、スペディング医師の自宅兼診療所の前で転倒して診療所にかつぎこまれたセバスチャンと会い、二人は親しくなる。
 十九世紀には医師の社会的地位は低かったが(内科医のほうが外科医より地位は高かったが、ロンドンの「名医」でない限り、アッパー・クラスの人々と社交をするようなことはなかった)、この物語が設定されている二十世紀初頭にはその地位は上がっていた。しかし、ロンドンのはずれに診療所を構えるスペディング医師は、紳士ではあっても「アッパー・ミドル・クラス」とも言えない、後に「ミドル・ミドル・クラス」と名付けられるような階級に属する。セバスチャンが今まで社交の場で出会ったことのない種類の人間であることが、つきあう女性に不自由しない彼がテレーザに興味を持った理由である。セバスチャンが礼を言うために再びスペディング家を訪ねると、テレーザは夫の姉妹であるトルプット夫人とお茶を飲んでいる最中だった。公爵が突然訪ねて来るところをトルプット夫人に見せつける機会ができたことにテレーザは喜ぶが、同時に、彼女が自分に恥をかかせないか気になってしかたがない。トルプット夫人は公爵の突然の訪問に驚くが、くったくなくおしゃべりを続ける。

「信じられます……?」トルプット夫人はセバスチャンに顔を向けたが、彼を ‘Your Grace’と呼ぶのか、 ‘Duke’と呼ぶのかわからなくて突然言葉を止めた。
(第五章)

 Your Graceとは、使用人などの明らかに目下の者が公爵を呼ぶ時の呼び名である。社交的に同等の者はDukeと呼びかけるのだが、トルプット夫人もスペディング夫人も、爵位のある人間と交流するような地位にいないミドル・クラスであることが明らかである。一方、セバスチャンにとっても、このお茶会はきわめて興味深いものだった。

この可愛い、愚かなテレーザは自分のことをあんなに不思議そうな、そして賞賛に満ちた目で見ていて、そしてあの品のないけれども感じの良い義理の姉妹のことをあんなに明らかに恥じていて、これは一週間くらいつきあってみると面白いかもしれない。どちらにしても彼女は新しい経験であり、今まで彼がまったく知ることのない種類の人間だった。
(第五章)

 そしてセバスチャンはテレーザと夫をシェヴロンに招く。テレーザは有頂天になるが、同時に緊張する。はしゃいだり、無知をひけらかしたりはしまいと決意するのである。

抑えた、落ちついた様子でいよう。何かに感心した風もみせないようにしよう。シェヴロンに滞在することが普通のことであるように振る舞おう。もちろん心の中では生まれて初めてというほど動揺していたのだが。
(第六章)

 自分たちは「アッパー・クラス」ではなくても、「アッパー・クラス寄りのアッパー・ミドル・クラス」のように振る舞おうと見栄をはるテレーザにセバスチャンは失望する。さらに、二人だけになった時にセバスチャンがテレーザの身体に触れようとすると、テレーザは突然我に返ったように彼を拒否し、驚かせる。テレーザのこの、体面を気にする「ミドル・クラス的道徳」にセバスチャンは嫌悪をおぼえ、二人の親交はあっさりと終わる。『エドワーディアンズ』ではアッパー・クラスの、ばれさえしなければ不貞行為がまかりとおる、不道徳で空虚な生き方が風刺されているのだが、このように「ミドル・クラス」も痛烈な風刺の対象となっているのである。
 サックヴィル=ウェストの小説に登場する「ミドル・クラス」は「アッパー・ミドル・クラス」とは言えないが、たとえば『ダウントン・アビー』の作者ジュリアン・フェロウズの二〇〇四年の小説『スノッブ』では、ヤンガー・サンではないアッパー・ミドル・クラスがアッパー・クラスの仲間入りをしようと苦心する様が、皮肉たっぷりに書かれている。
 一人称のこの小説の語り手は俳優で、爵位がなく、地主でもなく、「プロフェッション」に就いているわけでもないが、社交相手から仲間とみなされるアッパー・クラスであることは明らかにされている。一方、物語の主人公であるイーディス・ラヴァリーとその友人のイーストン夫妻は、アッパー・クラスと接点のないアッパー・ミドル・クラスである。デイヴィッド・イーストンは小規模の家具製造業者の息子だが、そのことを忘れたかのように、今はすっかりアッパー・クラス気取りである。語り手はそんなイーストンを皮肉たっぷりに読者に紹介する。

田舎よりもロンドンにいるほうが、もっともらしい上流階級的な背景をでっち上げることが簡単だと発見したアッパー・ミドル・クラスのイギリス人は、デイヴィッド・イーストンが初めてではないだろう。
(第一章)

 父親の努力のおかげでアッパー・ミドル・クラスの仲間入りをしたデイヴィッドは、自分が「アッパー・クラス寄りのアッパー・ミドル・クラス」、つまりヤンガー・サンの系統であるふりをしているうちに、すっかり本当にそうであるような気になっていくのである。

私が彼に出会った頃には、自分の名前がデブレット[貴族名鑑]に載ってないことに本当に驚いたのではないかと思われるほどだった。
(同)

 この作品のエッセンスは、題名が示すとおり、「アッパー・クラス」とヤンガー・サンではない「アッパー・ミドル・クラス」の相いれなさを、どちらの側にも容赦ない風刺の目を向けつつ、スノビッシュなイギリスの社会を鮮やかに描いていることだろう。侯爵の息子であるチャールズと親しくなったつもりでいるデイヴィッドについて、語り手はデイヴィッドがチャールズに好かれてないと述べ、その理由を次のように解説する。

イギリスのアッパー・クラスは原則として、自分たちの複製のようなアッパー・ミドル・クラスに惹かれないのだ。この種の上昇志向を持つ人々は、何ら目新しいことはない一方で、昔からのつきあいのような親しさもない。彼らが自分たちの輪の外にいる人々とつきあう場合は、芸術家とか歌手とか、あるいは彼らを笑わせてくれる人々を選ぶのが一般的だ。
(第十七章)

 「アッパー・クラス」の延長であるかのような「アッパー・ミドル・クラス」にも、「アッパー・クラス」とは一線を画されている人々もいる。フェロウズの小説は、アッパー・クラスの小さな輪の中に生まれないと、けっして彼らに受け入れられることがないことを示しているのである。しかしアッパー・クラスのなかにも、「芸術家とか歌手とか、あるいは彼らを笑わせてくれる人々」と率先してつきあい、社交の輪を広げていった人々がいた。次にとりあげる、「ブライト・ヤング・ピープル」と呼ばれた若者たちである。

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著者略歴

  1. 新井潤美(あらい・めぐみ)

    東京大学大学院比較文学比較文化専攻博士号取得(学術博士)。東京大学大学院人文社会系研究科教授。主要著訳書:『執事とメイドの裏表―イギリス文化における使用人のイメージ』(白水社)、『階級にとりつかれた人びと 英国ミドルクラスの生活と意見』(中公新書)、『不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む「階級」』(平凡社新書)、『パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』(岩波新書)、ジェイン・オースティン『ジェイン・オースティンの手紙』(編訳・岩波文庫)

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