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新井潤美「ノブレス・オブリージュ——イギリスの上流階級」

第11回 「ヤンガー・サン」と「アッパー・ミドル・クラス」(中)

アッパー・クラス寄りのアッパー・ミドル・クラス
 貴族や地主のヤンガー・サンかその家族は、爵位や財産がなくとも親や祖父母から「貴族的」な言葉の使い方や慣習をたたきこまれていて、自分たちがまぎれもなく「アッパー・クラス」と密接な関係であることを自覚している。たとえばバレエ評論家リチャード・バックル(1916 – 2001)は、父親は商人を先祖にもつ軍人だが、母親が公爵家の出身だった。第一次世界大戦で父親を亡くし、おもに母親に育てられたバックルは、母親から受けた躾を次のように思い起こしている。

唯一の親だった母から私は、嫌われる人間にならないための基本的なルールを教えられた。臭わないこと、そわそわしないこと(今でも、脚を組んで足をぶらぶらさせている人間を見ると気が狂いそうになる)、話している相手に急接近しないこと、劇場でチョコレートを食べないこと。指輪をはめるなら左の小指にすること。ベストの一番下のボタンはしめないこと。ネクタイと同じ柄のハンカチを持っているのはおぞましいことだった。オープンシャツを着ている場合は(なんらかのスポーツをするために)、襟を上着の上に広げてはいけない。
(「完全に紳士とは言えない」79ページ)

 このリストはまだまだ続くが、「臭わない」や「そわそわしない」はともかく、あとはどうしてそれが「嫌われる」のかわからないものばかりだ。ここで言う「嫌われない」というのはつまり「紳士がやらない」ことであるのはわかっても、「劇場でチョコレートを食べない」とか、「ベストの一番下のボタンをはずしておく」ことがなぜ「紳士」なのかは、考えただけではわからない。まさにそうした、よくわからない指標によって、「アッパー・ミドル・クラス」の中でもさらに「アッパー・クラス」寄りの人間とそうではない人間が分けられるのである。

U(Upper Class)とnon-U(non-Upper Class)
 これをニコラ・ハンブルは「ゲーム」と呼んでおり、「このゲームの延長で最も成功した例は、ナンシー・ミットフォードのユーモラスかつ圧倒的な影響をおよぼした、言葉の使い方における ‘U‘と ‘non-U’のルールだった」と『女性によるミドルブラウ小説』に書いている(86ページ)。ハンブルがここで「成功した」と言っているのは、ミットフォードの 「‘U’と’non-U’論」が、書いた本人が驚くほどの影響力を持ったことであり、そもそもミットフォードがこの論を冗談半分に書いただけに、なおさらだった。
 それではミットフォードのこの「‘U’と’non-U’論」とはどういうものだったのか。「英国の貴族」の中で「ほとんどの貴族はその教育、慣習、そしてものの見方を、大きな『アッパー・ミドル・クラス』というグループと共有する」とミットフォードが書いていることはすでに触れたが、彼女はさらに次のように続けている。

しかしアッパー・ミドル・クラスが同じように、自然にミドル・クラスに溶け込むわけではない。ある、はっきりしたボーダラインがあり、それは何百というささいな、しかし重要な目印によってたやすく認識できるのである。

 そしてここからミットフォードの有名な「Uとnon-U」論が展開される。と言っても、彼女自身が書いているように、これは友人の社会言語学者、当時バーミンガム大学の教授だったアラン・ロスから送られてきた、階級と言語の関係を扱った学術論文からヒントを得たものだった。実はミットフォードは「英国の貴族」の執筆に苦戦していた。書けることを書いてしまったのにどうしても字数が足りない。そこで渡りに船とばかり、ロスが送ってきた論文を、ロスの許可を得て紹介して解説することにしたのである。

発音についてかなり長い説明をしてから教授は語彙を取り上げ、 Uとnon-Uの用法の例をいくつか挙げている。
Cycle(自転車)はnon-UでbikeがU
Dinner――U話者はランチョン(luncheon)を一日の真ん中にとり、夜にディナーをとる。Non-U話者(およびU子供とU犬)は一日の真ん中にディナーをとる。
Greens(付け合わせの野菜)はnon-UでvegetablesがU
Home(家)――non-U「彼らはとっても素敵なホームを持っている」に対してUは「彼らはとっても素敵なhouseを持っている」
(「英国の貴族」)

 その後にミットフォードはさらに自分で思いついた例をいくつかつけ加えている。

Sweets(食後の甘いもの)――non-U、Uは「プディング(pudding)」
Dentures(入れ歯)――non-Uで、Uはfalse teeth。この表現と、glasses(眼鏡、Uはspectacles)はnon-Uのインジケーターとも言える。
Wire (電報)――non―Uで、Uはtelegram

 このエッセーはすぐに評判となり、掲載されていた文芸誌『エンカウンター』の号はすぐに売り切れた。Uとnon-Uという表現はあたかもミットフォードのオリジナルであるかのように思われるようになった。このエッセーは後に、複数の著者によるアンソロジーとして、『ノブレス・オブリージュ――イギリスの貴族階級の認識可能な特徴についての考察』というタイトルのもと1956年に出版された(難しそうなタイトルだが、コミカルなエッセー集である) 。さらに1978年にはデブレット社から『Uとnon-U再訪』というエッセー集が出版された。編者はさきほど挙げたバレエ評論家のリチャード・バックルで、収録された鼎談の中でアラン・ロスと、『ノブレス・オブリージュ』の影響について語っている。

バックル:[ロスに向かって]あなたとナンシー・ミットフォードが『ノブレス・オブリージュ』を出した時に、多くの上昇志向の高い人たちが「ミラー」[ミットフォードによるとnon―Uの鏡、Uはlooking glass]や「ノートペーパー」[non-Uの便せん、Uはwriting-paper]を二度と口にしないように随分努力したでしょうね。逆に私は、それまでlooking glassとかwriting-paperと半ば無意識に、何も考えずに言っていた、育ちの良い人々が敢えて「ミラー」とか「ノートペーパー」と言い始めたのも見てきましたよ。
(『Uとnon-U再訪』41ページ)

 「ミラー」をnon-Uだというのはミットフォードだけだという批判もあり、他にもミットフォードのUとnon-Uのカテゴリーに異論を唱えるアッパー・クラスからの声も上がったが、「育ちの良い人々」が照れて、敢えて「non-U」の表現を使い始めたほど、ミットフォードのこのふざけたエッセーは影響力があったということになる。そして、このカテゴリーが間違っていると堂々と指摘できるのはやはりアッパー・クラス、あるいはアッパー・クラス寄りのアッパー・ミドル・クラスの人間であり、いわば、下から上がって来たアッパー・ミドル・クラスは、このUとnon-U論に振り回されることになるのだ。


『鏡の国のアリス』も、原題はThrough the Looking-Glass


「貧しいアッパー・ミドル・クラス」
 二十世紀になり、受けた教育、仕事、財力などの面で「ミドル・クラス」と呼ばれる人間がさらに急増すると、アッパー・ミドル・クラスが他のミドル・クラスと自分たちを区別したいという思いも強くなる。ニコラ・ハンブルはこの傾向を次のようにまとめている。

経済的にだけでなく文化的にもすべての人がミドル・クラスになりつつあった。これは多くのアッパー・ミドル・クラスにとって恐るべき見通しだった。特にすべての人がロウワー・・・・・ミドル・クラスになりつつあるようだったからだ。
(『女性によるミドルブラウ小説 一九二〇年代から一九五〇年代』88ページ、強調は原典のまま)

 新たに羽振りのよくなったロウワー・ミドル・クラスと自分たちを区別するために、アッパー・ミドル・クラスの人々は倹約に精を出し、敢えて財力のなさを強調した。ハンブルはこのような行為を彼らの「どんでん返し」と呼んでいるが、さきほどの引用の中にあった、敢えて「non-Uの表現」を使い始めた「育ちの良い人々」もこの「どんでん返し」の一環かもしれない。そして、この「貧しいが育ちが良い人々」、つまり「経済力のないアッパー・ミドル・クラス」は、小説や演劇などに繰り返し表れる。たとえばジェイムズ・バリーの『ピーター・パン』では、ピーター・パンと共にネヴァーランドに飛んで行くダーリン家の子供たちは、両親に人間の乳母を雇う余裕がないので、犬が乳母なのである。

小説の中の階級、読者の中の階級
 イギリスの階級意識をユーモアを持って、しかし鋭く描くことを得意とする推理作家アガサ・クリスティの作品には、特にこの「経済力のないアッパー・ミドル・クラス」がよく出てくる。田舎の村の小さな家でメイドひとりと暮らし、たまにカリブ海のようなエキゾチックな場所でバカンスを過ごしても、それは人気作家である甥の援助による、というミス・マープルなどはその典型だろう。素人探偵の夫婦、トミーとタッペンスもこのカテゴリーに入ると言えるだろう。また、クリスティには探偵が登場しない作品も多いが、そのひとつである「リスターデールの謎」(1934年)にもまさにそのような家族が出てくる。主人公のセント・ヴィンセント夫人は作品の冒頭で家計簿をつけながらため息をついている。夫人は娘と息子と共に「典型的な、安っぽい家具付きの賃貸の住居」に暮らしている。

埃だらけの葉蘭[「趣味の悪い」観葉植物の代表]、けばけばしい見かけの家具、派手な壁紙のところどころが色褪せている。

 彼らはかつてアンスティーズという屋敷に住んでいたのだが、今は亡きセント・ヴィンセント氏が投機に失敗したせいで、「何世紀もの間セント・ヴィンセント家が所有していた」この屋敷も他人の手に渡っている。娘のバーバラは「私たちと同じ種類の」人間であるジム・マスタートンという青年とつき合っている。ジムが家に来たがっているとバーバラから聞いてセント・ヴィンセント夫人は当惑する。彼らが「アッパー・クラス寄り」のアッパー・ミドル・クラスである限り、貧しいことを恥じる必要はないわけだが、趣味の悪い、ロウワー・ミドル・クラスの住居に、「同じ種類」の人間を招かなければならないとなると話は別である。しかも、彼らにとっておぞましいこの住居さえも、そろそろ部屋代が払えなくなるのだ。
 そんな中、セント・ヴィンセント夫人は『モーニング・ポスト』紙(アッパー・ミドル・クラスおよびアッパー・クラスを読者層とする新聞、1937年に『デイリー・テレグラフ』紙に買収される)に夢のような広告を見つける

上品な方に限る。ウェストミンスター地区の小さな家。美しい家具付き。家を本当に愛してくれる人にのみ提供。家賃はほんの名ばかり。

 話がうますぎるし、「名ばかりの家賃」というのがくせ者だと思いながらも、セント・ヴィンセント夫人はそこに書かれた住所に出かけて行く。そこは昔ながらの不動産屋で、夫人は家を見せてもらうことになる。家はまさに完璧で、手放した屋敷アンスティーズを彷彿とさせるので、案内してくれた執事の前で夫人は思わず涙ぐむ。持ち主は「適切な」人に貸したいので家賃は重要ではないという執事の言葉を聞いて、夫人は執事が自分に同情していると感じる。

この人は私にこの家を借りてもらいたいんだわ。労働党員とかボタン製造者とかではなくて!

 そして翌日、家主のリスターデール卿の方から借りてほしいという手紙が届き、こんな都合の良い話が本当にあるのだろうかと半信半疑ながらセント・ヴィンセント家はウェストミンスターのこの美しい家に引っ越す。しかし息子のルパートは懐疑心が消えず、何か裏があるのではないか、背後に殺人事件があるのではないかとさえ勘ぐるのである。そしてすったもんだの挙げ句、結局、持ち主のリスターデール卿は本当に「貧しい、品の良い人々(poor gentlefolk)」を助けたいために、持ち家をゼロに近い家賃で貸していたことが判明する。
 このようなプロットが、クリスティが階級意識の高いスノッブだと非難される要因なのだが(他にも人種差別、反ユダヤなどの批判もある)、この短篇を読んで、自分をセント・ヴィンセント家と「同じ種類の人間」と認識して共感を覚える読者も多かっただろう。ミドル・クラスではあるが、その中でも「アッパー・ミドル・クラス」、しかも「アッパー・クラス寄り」なのだという認識である。まさにハンブルの言う、「私たちのような人々」と「私たちが一緒にされたくない人々」という区別なのだ。こうしてクリスティをはじめとする作家たちが、アッパー・ミドル・クラスの読者たちの階級意識を満足させ、家柄はともかく、精神的な意味で彼らが「アッパー・クラス寄り」のアッパー・ミドル・クラスなのだという満足感を与えてきたということができるだろう。同じミドル・クラスでも、その趣味、習慣、言葉づかい、食事といったあらゆることに関して、自分たちが ‘U’であるという気になることができるのだ。
 カズオ・イシグロの『日の名残り』に出てくる村の医師も、ロウワー・ミドル・クラスである執事が自分と「同じ種類の人間」ではないことを見破る人物である。主人に言われて自動車旅行に出た執事のスティーヴンズは、仕事柄、言葉づかいや物腰によって、出会う人々にすっかり「紳士」と間違えられる。そして「同じ紳士」であるカーライル医師に紹介されるのだが、医師はスティーヴンズが「使用人」であることをすぐに見抜いてしまう。スティーヴンズのバカ丁寧な言葉と対照的にカジュアルな話し方をして、「君」(old boy、old chap)といった、典型的な「アッパー・クラス」的な言葉を連発するカーライル医師がスティーヴンズと「同じ種類」でないことは、読者にも明らかだ。ただし、この場合のカーライル医師の言葉づかいはスティーヴンズのものと同様、あまりにも小説や演劇に出てくるステレオタイプどおりなので、この場合は、読者が医師と共感してスティーヴンズの「ロウワー・ミドル・クラス」性を再認識する、とはなりそうにない。あくまでも、「アッパー・ミドル・クラス」のふりをしている人物が、本物のアッパー・ミドル・クラスに見破られる喜劇という図式だと言えるだろう。一方で、「アッパー・クラス」よりのふりをしている「アッパー・ミドル・クラス」も喜劇の材料となるのは言うまでもない。ただし、これは「本物のアッパー・クラス」である、ミットフォードのような作家でなくては書くのが難しいのはもちろんである。次回ではその例をいくつか見ていきたい。

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著者略歴

  1. 新井潤美(あらい・めぐみ)

    東京大学大学院比較文学比較文化専攻博士号取得(学術博士)。東京大学大学院人文社会系研究科教授。主要著訳書:『執事とメイドの裏表―イギリス文化における使用人のイメージ』(白水社)、『階級にとりつかれた人びと 英国ミドルクラスの生活と意見』(中公新書)、『不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む「階級」』(平凡社新書)、『パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』(岩波新書)、ジェイン・オースティン『ジェイン・オースティンの手紙』(編訳・岩波文庫)

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