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新井潤美「ノブレス・オブリージュ——イギリスの上流階級」

第10回 「ヤンガー・サン」と「アッパー・ミドル・クラス」(上)

 ヨーロッパの貴族と違い、イギリスの貴族の爵位は長男にしか継がれない。第二代リーズデイル男爵の娘で、アッパー・クラスの生活と文化をユーモラスに描いて人気を集めた作家ナンシー・ミットフォード(1904〜73年、ちなみに明治時代に外交官として来日したオルジャーノン・ミットフォードの孫にあたる)は、1956年に『エンカウンター』(1953〜91年)という文芸誌に頼まれて書いたエッセー「英国の貴族」で、「ヤンガー・サン」についてこう書いている。

ヨーロッパ大陸ではヤンガー・サンの子供や孫はみんな伯爵や男爵なのに、イングランドでは彼らは爵位がなく、ディナーではナイトよりも下の席に座らされる。さらに国で最も裕福な貴族のヤンガー・サンや娘でも、イギリスの習慣どおり、わずかな財産しかもらえない。生活するのがやっとなくらいだ。

 「ヤンガー・サン (younger son)」とは「次男以下の息子」という意味だが、この場合は特別な含みがある。ミットフォードの小説『寒い国の恋愛』(1949年)では、モントドー伯爵夫人という人物が、娘の結婚相手の候補が「長男(eldest son)」であることに満足するが、伯爵夫人にとっての「長男」はあくまでも貴族の長男であり、「そのへんのジョーンズさんやロビンソンさんの一番上の息子が「長男」であるなどとはかたときも思ってはいけない」(第10章)。同様に「ヤンガー・サン」も「あの人はいい人なんだけどヤンガー・サンなのよ」といったコンテクストにおいては、たんに次男か三男だということではなく、貴族、または爵位はなくても「限嗣相続」制度が適用されている地主の「次男以下の息子」、つまり爵位も財産も継げない、不利な立場にある息子を指すのである。ミットフォードはさらに続ける。

このような息子たちは一番上の兄と同じ教育を受けるのだが、成人に達したとたんに、勝手に自活するようにと家を追い出されるのだ。

 ミットフォードのこの描写はいささか極端ではあるが、長男と同じような教育を受け、同じように育ってきていながら、「ヤンガー・サン」は大人になると自分で生計をたてることを要求された。つまり、土地の収益で生活するのではなく、何らかの職業に就き、報酬をもらって生活することになるのだ。歴史学者ローレンス・ストーンとジャンヌ・C・フォーティヤ・ストーンの『開放されたエリート?――1540年から1880年のイングランド』(1984年)では、ヨーロッパと違ってイギリスではヤンガー・サンがこの制度のせいで常に階級的に「下に移動」していると書いている。

いくつもの世代にわたってヤンガー・サンは、社会制度の中をぽつぽつと下に流れていった。彼らにはいくらかの教育、いくらかの財産、そして影響力のある後援者がいて、それで新たに生活を始めなければならなかった。(5ページ)

ヤンガー・サンの職業
 もちろんこの場合に彼らが就く職業は何でもよいわけではない。ジェイン・オースティンの『マンスフィールド・パーク』(1814年)では、准男爵サー・トマス・バートラムの「ヤンガー・サン」のエドマンドが、自分が就く可能性のある職業について、次のように語っている。

「ミスター・バートラム、あなたは聖職者になられるんですね。少し驚きました」
「なぜ驚くんですか? 私が何らかの職業(profession)に就かなくてはならないのはご存じの通りです。それで、私が法律家でも、兵士でも、船乗りでもないのはおわかりでしょう」
(第1巻第9章)

 ここでエドマンドが話をしている相手は、マンスフィールドの牧師の義理の妹にあたる、メアリー・クローフォドである。メアリーは兄のヘンリーと共に牧師館に遊びに来ており、サー・トマスの二人の息子たちに少なからぬ興味を抱いている。世俗的な彼女は、爵位と財産を相続する長男のトマスにまず関心をもつが、それ以上に次男のエドマンドに惹かれていることに、しだいに気づく。しかし義兄の生活や収入を近くで見ているせいで、「牧師」という職業を高く評価できず、「他の職業だったら優れた業績を上げることができるのに、聖職者では無理でしょう」と言って、メアリーにすでに心を寄せているエドマンドを失望させる。
 ここでいう「職業」とは、アッパー・クラスの「ヤンガー・サン」たちがおもに就いた「専門的職業」(professions)と呼ばれる仕事――陸軍や海軍の士官、外交官、聖職、そして法律家(弁護士)である(イギリスでは弁護士は今でも法廷に立って弁舌をふるう「法廷弁護士」barristerと、クライエントとの交渉など、事務的なことをつかさどる「事務弁護士」solicitorに分かれるが、ヤンガー・サンが就くのは、法廷弁護士のほうである)。金融や貿易に携わる者もいた。「特殊な能力やコネクションを必要とする仕事」ではあるが、なんらかの手当や給料をもらう仕事であることに変わりはない。ミットフォードは「英国の貴族」で「貴族の生きる目的は、お金のために働くことではないと断言できる」と書いているが、こうしたヤンガー・サンは必然的に、その下の階級、つまり誰かにもらう報酬のために働く、いわば「ミドル・クラス」に落ちることになる。こうして同じ家族であっても、貴族や大地主の「アッパー・クラス」と、報酬を得て生活する「ミドル・クラス」が混在することになるのだ。
 アッパー・クラスの「ヤンガー・サン」が職業に就くことによってその社会的地位が下がる一方で、これらの「専門的職業」に就くことで社会的地位が上がる人々もいた。小規模の商人や小さな農場の持ち主の息子たちなど、いわゆる「ミドリング・ソート」(真ん中の人々)と言われた、従来のミドル・クラスである。歴史研究者ローリー・ムーアは『不安定な収入の紳士たち――ジェイン・オースティンのイングランドにおけるヤンガー・サンの身の振り方』(2019年)の中で、次のようにまとめている。

これらの職業に就いた良い家柄のヤンガー・サンの多く、いやほとんどは、社会階層が下がるわけだが、一方でブルジョワの息子たちは、自分たちの父親よりも高い地位(社会的な意味でであって、必ずしも経済的に高くなるわけではない)を手に入れてそれを守っていくことを試みていた。その結果、互いに摩擦や階級へのこだわり、感情のもつれなどが生じることが多かった。しかし同時に彼らには、出自を超えた仲間意識、そしてその職業にまつわる集団的な帰属意識も大いに芽生えたのである。
(315ページ)

 後に「アッパー・ミドル・クラス」と呼ばれることになるこの階級は、このように「上から下」と「下から上」への動きをした者たちが混在する社会的な階層であり、それだけにその特徴や階級意識もより複雑なものとなるのである。
 とは言え、オースティンの時代では「下から上」への移動はそうたやすいものではなかった。「専門的職業」に就くためにはコネや強力な後援者が必要だった。さらに、聖職者になるためには大学に行かなければならないし、法律家になるためには大学に行くか、法学院(Inns of Court)に所属し、見習い(pupil)として現役の法廷弁護士について、法律の知識や仕事を憶える必要があった。大学を出ていない見習いは最低五年間法学院に所属する必要があり、しかもその期間は報酬がもらえないどころか、自分がついている法廷弁護士に謝礼を払う必要があり、経済的に裕福でなければできないことだった。

階級と軍隊
 軍隊の場合は少し事情が違った。ここでもコネや後援者を得ることは重要だったが、陸軍ではさらに将校になるためには(ヤンガー・サンは当然最初から将校の地位を得るのであるが)、将校の地位(commission)を「買う」必要があったのである。能力や適性をまったく無視しているようにも見えるこの不可思議な習慣について、社会学者フィリップ・エリオットはその著書『専門的職業の社会学』(1972年)に次のように書いている。

この購買制度は、適切な社会的背景から将校をリクルートする方法であるとして正当化されていた。そうすることによって、プロの将校集団が作り上げられてしまうのを防ぐことができるのだ。
(25ページ)

 陸軍の将校が「プロ」であってはならないというのは奇妙な理屈だが、エリオットによると、戦うことに長けた「プロ」の将校の存在は「社会におけるさまざまな闘争を引き起こしかねない」ものであり、そもそも当時の陸軍将校に求められる要素――馬術、勇気、名誉心、義務感、リーダーシップ――などは、すべてアッパー・クラスの子息が備え持っているものだとみなされていたのである。この考え方は後に第一次世界大戦において、パブリック・スクールを出たばかりの10代のアッパー・クラスの若者が将校として次々と戦地に向かい、命を落とした際にも、アッパー・クラスを理想化し、パブリック・スクールのイメージを高めるのに貢献している。イギリスの文化においては、知識や教養であっても、あるいはスポーツ、楽器などのスキルであっても、がむらしゃに勉強して「専門家」になることが高く評価されないという傾向がある。なににおいても「アマチュア」のほうが品があるとされるのだ。陸軍の将校職の購買制度も、このアマチュアリズムの一環であるとエリオットは説明している。
 一方で、海軍ではまた別の制度があった。船を操るための特別なスキルや知識が要求されるため、かなり早い年齢(13歳か14歳)で入隊しなければならなかった。アッパー・クラスの息子の場合、まずは知り合いの、あるいは知り合いから紹介された船長の「従者」(servant)として船に乗せてもらい、訓練を積んでいく。この場合、法律家と違って見習いは謝礼を払う必要がなく、陸軍のように将校職を買う必要もないので、この職業はあまり経済的に余裕のない家のヤンガー・サンに好まれた。1729年には海軍将校候補を教育するための海軍兵学校がポーツマスに創立され、そこから海軍に入るルートも開けた。たとえばジェイン・オースティンの兄のフランシスと弟のチャールズはいずれも海軍将校だが、2人ともこの海軍兵学校を卒業している。ただし、当時は入学者の数はきわめて少なく、フランシスが入学した1786年には新入生は12人しかおらず、チャールズにいたっては、1791年の入学時に新入生は彼を入れて4人だったそうだ。このような学校ができても、「船長のコネ」のルートのほうが好まれていたわけだが、オースティン家のように、父親が田舎の牧師で海軍に有力な知り合いがいない場合、海軍兵学校はありがたいものだっただろう。


フランシス・オースティン(左)とチャールズ・オースティン

アッパー・ミドル・クラス
 デイヴィッド・キャナディンは『イギリスの貴族の衰退』の中で、英国国教会の主教エドワード・スチュアート・タルボット(1844〜1934)について、こんなエピソードを紹介している。タルボットの祖父は第二代タルボット伯爵であり、父はその四男だった。したがってタルボットは生まれた時点で爵位を継ぐ可能性はきわめて低く、教育もイートンではなく、「貴族的ではない」チャーターハウス・スクールというパブリック・スクールで受けた。タルボットの母親は、息子のような立場にいる者にとってはこのような学校で教育を受けるのはたいへんよいことであると主張した。彼のように、貴族の家系に生まれたが爵位を継がない者は、職業に就く階級との「きずな」になるべきであり、貴族の良い要素を彼らに伝えつつも、彼らと自分が同等の立場にある仲間だと考えなければいけないと、息子に説いたという(295ページ)。
 もちろん、ヤンガー・サンであっても、なんらかの財産を相続して職業に就かずにすむ者もいた。『マンスフィールド・パーク』でもメアリー・クローフォドは「普通は次男にはおじ様かおじい様が財産を遺してくださるものでしょう」と言って、エドマンドを「それは実に感心な習慣ですが、全員がそうとは言えませんね。例外もあって、僕はそのひとりですから」と苦笑させる(じっさい、ジェイン・オースティンの兄のひとり、エドワードは父親の親戚の財産を相続するという恩恵を被っているので、このくだりは一種の内輪の冗談かもしれない) 。また、長男であっても、父親の財産が屋敷や土地を維持するのに十分ではなかったり、あるいはたんに職業に就きたいからという理由で仕事に就くことを選ぶ者もいた。しかしこれらはあくまでも例外であった。
 こうしてヤンガー・サンは最終的には家を出て、「ミドル・クラス」の仲間入りをするわけだが、貴族出身の彼らの就く職業も、彼ら自身も、「アッパー・ミドル・クラス」として、他の「ミドル・クラス」とは区別されていたのは前に書いたとおりである(ちなみに『オックスフォード英語辞典』第2版の定義では「アッパー・ミドル・クラス」とは、「上流社会においてアッパー・クラスのすぐ下に位置する階級」とあり、初出は1872年になっている)。そして十九世紀後半から二十世紀にかけて、教育の普及などにより、さらに多くの「下の階級」の人間がこのような職業を目指すようになっていく。『イギリスの貴族の衰退』によれば、1930年代には公務員、法律、教会と軍隊は、ほんの五十年前のような、貴族の権力や地主の特権を反映した職業ではなくなっていた(238 ページ)。たとえば軍隊では1870年には将校職の購買が廃止され、サンドハーストやウリッジといった士官学校は入学試験制度を導入した。公務員にも同様に試験制度が導入された。強力なコネや後援者を持つ、家柄や紳士らしさが強みだったヤンガー・サンは、「実力」を持った、ミドル・クラス、さらにはその下の階級からの候補者と競争せざるを得ないことになったのである。キャナディンの言葉を借りると「職業(プロフェッション)のどの分野においても昔の、アマチュア的、伝統的で紳士的な気風は退却していったのである」(238ページ)。代わりにこれらの専門的職業には入学試験に受かるのが得意な人間がどんどん入ってくる。そして彼らは、こういう職業についてアッパー・クラスとの接点ができることで、自分たちがその下の「ミドル・クラス」とは一線を画した存在であるという自負を持つことができたのだ。

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著者略歴

  1. 新井潤美(あらい・めぐみ)

    東京大学大学院比較文学比較文化専攻博士号取得(学術博士)。東京大学大学院人文社会系研究科教授。主要著訳書:『執事とメイドの裏表―イギリス文化における使用人のイメージ』(白水社)、『階級にとりつかれた人びと 英国ミドルクラスの生活と意見』(中公新書)、『不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む「階級」』(平凡社新書)、『パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』(岩波新書)、ジェイン・オースティン『ジェイン・オースティンの手紙』(編訳・岩波文庫)

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