白水社のwebマガジン

MENU

詩・野村喜和夫×音楽・小島ケイタニーラブ×写真・朝岡英輔「花冠日乗」

(11)非馥郁と

41
最後はそして
ひりひりとひかりの繊細なほつれのなかを



42
迎えるといいよ、とまた誰か、青ならぬ灰の
苦しげな戦意のかけらは
非馥郁と
たたまれて
私たちの誰彼の肺胞へと送り込まれてくるんだ
毒のある花冠になんかいつだって先駆して先駆して先駆して

5月7日
緊急事態宣言が延長された

不意の大粒の雨が
大原二丁目交差点付近
通り雨だろう、西の方では空の青が顔をのぞかせ
ヤコブの梯子も現象する

43
専門家によれば、ワクチンが開発されなければ
人的被害を最小にしつつ、集団としての免疫を獲得していくこと
それしかこの感染症の最終的な収束の道はないらしい

来てもいいよ花冠
ときみも言う、でもどうか私たちからはほんのすこし離れて
そしてオセロの黒が白にひっくりかえるみたいに
花冠の陽性者が増えるといいな

陽性? 詩人の頭のなかには、幼生もあれば妖精もいるよ

毒のある花冠に促されて

街にはいきいきと無人のやすらぎのあふれのようなもの
あるいはこの世の外へとつづくめずらかなキノコの行列のようなもの
初夏なのにあきらかにキノコキノコキノコのような

5月12日
豚のスペアリブを買ってきて塩漬けにする
しかるのち、軽くソテーして玉ねぎとにんにくの褥のうえに乗せ
牛乳を注いで蒸し煮ブレゼする
ように
遊べ遊べ/水の母の/まぼろしの背の/動悸を/ほどきことほぎ

──設計ミス? アンドロイドみたいですね。最後に、いつか死ぬことと、いま生きていることと、どちらが確実ですか?
──いつか死ぬこと。それは追い越すことのできない絶対的な可能性ですから。そこに決然と先駆して現在を危機的に生起させないかぎり、いま生きていることはきわめて不確実な、ぼんやりと過ぎ去る事象にすぎません。
──ハイデガー?

あらゆる問いは問いの無化を孕んでいる
だから入眠し、うつくしく歳を重ねた初恋の女と触れ合う
二人でこれからデュエット
するのだ、その私も問いだから無化に晒され
タカマガハラマラ、キラキラヒカル、イドボイド
いまや彼らの居留地がこの私だ



44
そしてついに
5月14日
駒沢給水塔への道

キラキラヒカル
歩行の果て、不意にあらわれた
そこだけ赤錆びたような古いどっしりした塔
驚くべきことに、案内板に
かつては丘上の王冠塔と呼ばれていた
とある、つまり私は毒のある花冠に導かれてここまで来たのだ
非馥郁と
導かれて

イドボイド、内部はがらんどう
20年まえ、許されて私はその塔の下を歩きまわり、詩について語った
詩もまたうつくしいひとつの廃墟ですね
詩人はそのまわりをただぐるぐるとまわるだけ
と語った、あれから幾星霜

45
眼をつむると、私だけのなつかしい塔
花冠と組み合って、食い潰し合って、とろとろと崩れてゆく
その瓦礫から
黒揚羽が飛び立っていった

ひりひりとひかりの繊細なほつれのなかを

 

詩:野村喜和夫(のむら・きわお)
1951年、埼玉県出身。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。戦後世代を代表する詩人のひとりとして現代詩の先端を走り続けるとともに、小説・批評・翻訳なども手がける。詩集『特性のない陽のもとに』(思潮社)で第4回歴程新鋭賞、『風の配分』(水声社)で第30回高見順賞、『ニューインスピレーション』(書肆山田)で第21回現代詩花椿賞、評論『移動と律動と眩暈と』(書肆山田)および『萩原朔太郎』(中央公論新社)で第3回鮎川信夫賞、『ヌードな日』(思潮社)および『難解な自転車』(書肆山田)で第50回藤村記念歴程賞、英訳選詩集 Spectacle&Pigsty(Omnidawn)で2012 Best Translated Book Award in Poetry(USA)を受賞。著書はほかに『証言と抒情——詩人石原吉郎と私たち』(白水社)など多数。2020年度から東大駒場の表象文化論コースで詩を講じている。

音楽:小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)
シンガーソングライター。1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部卒業。2016年、「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。18年、最新アルバム『はるやすみのよる』をリリース。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌の歌唱、映画『老ナルキソス』(東海林毅監督)の音楽など。 2011年から朗読劇『銀河鉄道の夜(with 古川日出男・管啓次郎・柴田元幸)』に出演および音楽監督を担当。13年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動pontoを開始したほか、江國香織やよしもとばななの作品に音楽をつけるなど文学の領域でも多彩な活動を展開。20年3月、初の著書『こちら、苦手レスキューQQQ!』を刊行。

写真:朝岡英輔(あさおか・えいすけ)
写真家。1980年、大阪府生まれ。埼玉県出身。中央大学理工学部物理学科卒業。松濤スタジオ勤務、写真家・藤代冥砂のアシスタントを経て独立。後藤まりこ、downy、打首獄門同好会、オガワマユ、DOTAMAをはじめとしたミュージシャンや、ポートレートの写真を撮影。2016年、音楽と旅をテーマにした初の風景写真集『it’s a cry run.』を上梓。林奕含『房思琪の初恋の楽園』(泉京鹿訳、白水社、2019年)、フレデリック・ルノワール『スピノザ よく生きるための哲学』(田島葉子訳、ポプラ社、2019年)、乗代雄介『最高の任務』(講談社、2020年)などのカバー写真を担当。

タグ

バックナンバー

ランキング

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2020年8月号

ふらんす 2020年8月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

白水社の新刊

ふらんす夏休み学習号 仏検5級模擬試験2020付

ふらんす夏休み学習号 仏検5級模擬試験2020付

詳しくはこちら
  1. jiji.com
閉じる