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新井潤美「ノブレス・オブリージュ——イギリスの上流階級」

第4回 カントリー・ハウスと相続(上)

長子相続制度
 イギリスの人気ドラマで、映画にもなった『ダウントン・アビー』(2010〜2015年放送、映画は2019年)の第一シーズンの最初のエピソードは1912年の4月に始まる。イギリスのサウサンプトンを出発してニューヨークに向かっていた客船タイタニック号が、北大西洋で氷山と衝突して沈没したという知らせが、グランサム伯爵ロバート・クローリーの屋敷、ダウントン・アビーに届けられる。その船にはグランサム伯爵のいとこジェイムズ・クローリーとその息子のパトリックが乗っていたが、彼らは助からなかった。この知らせはグランサム夫妻、そして三人の娘のうち、特に長女のレイディ・メアリーに大きなショックを与える。それは親しくしていた親戚を失ったことの衝撃だけではない。ジェイムズはグランサム伯爵の爵位と財産の相続人だった。伯爵には息子がいないため、最も近い男性の血縁が相続人となる。そしてジェイムズの息子と伯爵の長女のレイディ・メアリーは同年代であるため、二人を結婚させようというのが、伯爵のもくろみだったのだ。
 『ダウントン・アビー』はもちろんフィクションであり、グランサム伯爵をはじめとする登場人物はいずれも実在しない。しかし、ドラマシリーズの作者で、小説家で俳優、映画監督でもあるジュリアン・フェロウズは自分自身もアッパー・クラスに属し(自らを「アッパー・クラスにぎりぎり入っている」と書いている)、当時のアッパー・クラスの社交や生活、そして社会的背景なども忠実に再現している(ちなみに彼の正式な名前はジュリアン・アレクザンダー・キッチナー=フェロウズ、ウェスト・スタッフォードのフェロウズ男爵であるが、これは2011年に彼自身が与えられた爵位であり、父親は貴族ではなかった)。グランサム伯爵の妻、レイディ・グランサムがアメリカ人であるのも、十九世紀の終わり頃から、屋敷と土地の維持のためにアメリカの富豪の娘と結婚するイギリスの貴族や大地主がいたという、歴史的事実を反映している。『ダウントン・アビー』でも、グランサム伯爵は財産目当てに妻のコーラと結婚したのだが、最初の動機は不純でも、だんだんと彼女を本当に愛するようになったという、幸せな設定になっている。とはいえ、伯爵の死後は、爵位と屋敷と土地はおろか、コーラの持参金までもが、娘たちではなく親戚の相続人の手に渡ってしまうことになる。レイディ・メアリーが相続人の息子と結婚することを、伯爵夫妻もレイディ・メアリー自身も望むのはそのためである。しかし、その相続人の父子が亡くなってしまったからには、新たに相続人が必要となる。
 伯爵に次に近い血縁の男性はマンチェスター在住の事務弁護士、マシュー・クローリーだった。事務弁護士は、法廷に立って弁舌をふるう法廷弁護士と違って、十九世紀までは医師と共に、ミドル・クラスでも下の層に属する職業で、ロウワー・ミドル・クラスにも手の届くものだった。しかし『ダウントン・アビー』では、「ミドル・クラスの自分が伯爵家の跡取りだなんて」と困惑するマシューに対して、母親のイザベルは「アッパー・ミドル・クラスよ」と言い直す。これは彼女が階級の微妙な上下にこだわっているだけではなく、「アッパー・ミドル・クラス」は「アッパー・クラス」と近い存在で、まぎれもない「紳士淑女」の階級であり、「ワーキング・クラス」と近い存在である「ロウワー・ミドル・クラス」とは違うという自負の表れである。二十世紀の初頭には「事務弁護士」の地位は以前よりは高くなっていた。しかしそれでも、アッパー・クラスの次男以下が就く「紳士の職業」である「法廷弁護士」よりは階級的には下であるとみなされるものだった。「事務弁護士」の微妙な地位を意識せざるを得ないイザベルは、かえって意地になって「アッパー」を強調するのである。
 このように、貴族の親戚でも「ミドル・クラス」ということは多かった。その理由のひとつは、長男が父親の称号、屋敷と土地を相続する長子相続制度のもとで、次男以下は必然的に何らかの職業に就かなければならず、その結果「ミドル・クラス」の仲間入りをして、「ミドル・クラス」の配偶者を得ていくからである。英語には ‘the heir and the spare’(跡取りとその予備)という表現がある。アメリカの富豪の娘で第九代モルバラ公爵の妻となったコンスエロ・ヴァンダービルトが、2人目の息子を出産したときに使った表現だと言われている。貴族や大地主にはまず、将来跡取りとなる男の子が生まれる必要があるが、その子になにかあった時のために「予備」の息子もあったほうがいいという意味である。相続できない「予備」の息子たちは ‘younger son’と呼ばれていた。彼らは子供のうちから自分が爵位や屋敷を継がないことは承知しているわけだが、兄が病気がちだったりすると、自分が相続人になる可能性を考えずにはいられないだろう。イギリスの推理小説に遺産相続をめぐっての兄弟の葛藤が描かれるのが多いのも無理はない。長男と次男以下とでは、相続の規模があまりにも違うのである。
 歴史研究者のデイヴィッド・キャナダインは『イギリス貴族の衰亡』の中で、ヨーロッパ大陸の国の貴族と比べてイギリスの貴族は自分の土地を「より効率よく、より容赦なく」守ってきたと書いている。長男のみが爵位と屋敷と土地を相続する「長子相続」の制度に加えて、息子がいない場合、最も近い男性の親族に相続を限定する「限嗣相続」の制度によって、土地や財産が分けられて小さくなっていくということがなかったのである。フランスでは革命の時に長子相続と限嗣相続の制度が廃止され、スペインでは1836年に廃止された。ロシア、プロシア、そしてオーストリアやハンガリーでは、廃止こそされなかったが、そのような相続はあまり多くなかった。つまり十九世紀のヨーロッパにおいては、爵位が長男以外の息子にも与えられることによって、貴族の数は増加し爵位の価値も下がっていき、土地や財産も代を重ねるごとに小さくなっていく。それに比べてイギリスの貴族は、次男以下の息子たちを「ミドル・クラス」に送りこむことで排他性を保ち、土地と財産もそっくりそのまま次の代に受け渡すことが可能だったのである。ヨーロッパの中でもイギリスの貴族の爵位は価値があり、土地も財産もある、特別な存在だった。アメリカの富豪の娘たちが結婚相手として特にイギリスの貴族を狙ったのも、たんに言葉が通じるという理由だけではなかったのである。
 この相続の制度が爵位のない地主にも適用されたのは、ジェイン・オースティンの『自負と偏見』の例でも見たとおりである。ベネット夫人は、娘のジェインやエリザベスがいくら説明しても「限嗣相続」の制度をまったく理解しようとせず、「五人も娘のいる家族から財産を奪って、どうでもいいような人に与える制度の残酷さを激しく罵り続けた」(第一巻第十三章)と、オースティンはベネット夫人を茶化した描写をしているが、ベネット夫人でなくても、この制度を理不尽と思う者は少なくないだろう。冒頭に挙げた『ダウントン・アビー』でも、爵位が男性の親族にいくことには納得しても、財産、特に母親がアメリカから持ってきた持参金までもが娘たちにいかないことには、先代の伯爵夫人までもがなんとかできないかと頭を悩ますのだが、限嗣相続制度はそう簡単に変えるこことができないとあきらめざるをえない。 ちなみに『自負と偏見』のレイディ・キャサリンは、自分の夫のサー・ルイス・デバーグの家では限嗣相続制度をとっていないことを誇らしげにエリザベスに告げ、「私は女性を相続からはずす限嗣相続制度など必要のないものだと思ってますよ」と、フェミニスト的意見を主張している。普通は称号を受け継いだものは、それ相応の地位を保つためにも、財産や邸宅も相続する必要があり、限嗣相続制度はそのためでもあると思われるが、サー・ルイスの場合は彼の称号を誰が継ぐかという問題が生じない、つまり前の回にも書いたように、准男爵ではなくて、世襲制ではない「ナイト」なのだろうという説もいよいよ有力になるのである。

 貴族の相続制度にも例外はある。アガサ・クリスティの作品に『謎のクイン氏』(1930年)という短編集がある。ポワロやミス・マープルのシリーズほどは知られていないかもしれないが、ハーリー・クインという神出鬼没の謎めいた人物と、上流階級が好きでゴシップ好きといういささか俗物のサタスウェイト氏が毎回登場する。内容の詳細は避けるが、その中の「闇の声」で、フランスの高級リゾート地カンヌからロンドンに帰る列車の中でサタスウェイト氏が偶然出会ったクイン氏を相手に、ある貴族の話をする。

「レイディ・ストランリーをご存じですか」
クイン氏は首を振った。
「古くからの爵位なんですよ」とサタスウェイト氏は言った。「とても古い爵位です。女性が受け継ぐことができる数少ない爵位のひとつです。彼女はご自身が女男爵(Baroness)なんですよ」

 女男爵と言えば、イギリスの最初の女性の首相だったマーガレット・サッチャーが1992年に与えられた称号である。ただし彼女の場合は「一代貴族」(life peer)であり、その爵位は子供に受け継がれるものではない。「一代貴族」の制度は1958年に「一代貴族法案」で定められたもので、その意図は国会の貴族院をもう少し近代化し、国民に受け入れられるようにすることだった。この制度によって、さまざまな階級の人間や、女性が貴族院のメンバーになることが可能になったのである(ちなみにイギリスで最初の女性の国会議員はアメリカの富豪の娘、アスター子爵夫人である。彼女の称号はレイディ・アスターだが、これは最初の回で触れた「儀礼上」の称号であり、本人は貴族とはみなされないため、庶民院の議員となる)。一代貴族は通常は「男爵」の爵位を得る。たとえば、人気作家で政治家でもあり、偽証罪で投獄されるなど話題がつきないジェフリー・アーチャーも、一代貴族で、男爵である。しかし、「闇の声」でサタスウェイト氏が話題にしているのはこのような一代貴族ではなく、例外的に、爵位を女性が継ぐことができる家柄の貴族なのである。
 『デブレットの正しいやり方――貴族から大統領まですべての人をどう呼ぶか』(1999年)というハンドブックによると、現在、女性の世襲貴族は女伯爵(Countess)か女男爵である。英語では「伯爵夫人」や「男爵夫人」と区別するために、女性の持つ爵位はラテン語でsuo jure(自らの権利で)と呼ばれる。たとえば現在のエリザベス女王もsuo jure Queen of the United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandとなる。同じQueen でも「王妃」(たとえばエリザベス女王の母、Queen Elizabeth)とは違うわけである。ネタバレになるのであまり詳しくは書けないが、「闇の声」はおじが死んでその爵位と財産をうけついだ女男爵のレイディ・ストランリーの娘マージェリーが、「おまえのものではないものを返せ。盗んだものを返せ」という謎の声に悩まされ、サタスウェイト氏が謎の解明に乗り出す、という話である。爵位や財産相続をめぐる話は必然的に男性が主人公となってしまうので、今回はこのような例外的な貴族の家系を使うことでバラエティを得ることがクリスティの狙いだったのかもしれない。
 フィクションにおいて、女性が爵位を相続できる貴族の家というと、英語圏ではもっと有名な例がある。名優アレック・ギネスが1人8役をこなす、1949年のコメディ映画『優しい心と冠』(Kind Hearts and Coronets、アルフレッド・テニソンの詩からとったタイトル)である。舞台は二十世紀初頭のイギリスで、ひとりの死刑囚が処刑の前夜、獄中で書いた手記を読み返している。彼の名前はルイス・ダスコイン・マッツィーニ、第十代チャルフォント公爵である。死刑囚が公爵であることにえらく感銘を受けている看守は、「明日は何てお呼びしたらいいんでしょうね、His Lordshipですか」と上司に尋ねて「His Graceだ」と教えられる。その公爵が落ち着き払って読み返す手記は生まれた時まで遡り、物語が始まる。ルイスの父親はイタリア人の歌手で、母親はイギリスの貴族、第七代チャルフォント公爵の娘だった。2人は駆け落ちをしてロンドンの郊外の家で幸せに暮らすが、父親はルイスが生まれた時に心臓発作で死んでしまう。母親は実家に経済的な援助を求める手紙を書くが返事はこず、生活のために下宿人をおかざるをえなくなる。しかし息子には公爵家の家系図を見せて、その家が、女性が爵位を継げる数少ない家のひとつであることを含めた、家族の歴史を繰り返し語る。つまり、公爵家の娘にも、その子供にも、論理的には爵位の相続権があることをルイスは教えられるのである。
 ある日ルイスの母親が事故にあう。死んだら実家の城に埋葬されたいという母親の最後の願いを聞いてルイスは公爵に手紙を書くが、そっけない拒否の返事が来て、ルイスは復讐を誓う。そして、自分がなんとしてでも爵位を相続する決意をする。そのために爵位相続者を次々と殺害するというとんでもない計画をたて、実行するという、ブラック・コメディである。爵位相続人は第八代公爵の妹であるレイディ・アガサ・ダスコインを含む8人だが、それを全員アレック・ギネスが演じている。さまざまな、時にはかなり奇抜な方法で犠牲者が始末されていき、最後には洒落た落ちもついているし、なんといっても8人の犠牲者を演じわけるアレック・ギネスが見事だ。この映画は「イーリング・コメディ(1947年から1957年にかけてロンドンのイーリング・スチューディオズで作られたコメディ映画の総称)の傑作」としてイギリスではきわめて人気がある。原作はイギリスの作家ロイ・ホーニマン(1874−1930)の『イズリエル・ランクーーある犯罪者の自伝』(1907年)だが、原作は今はほとんど読まれていない。映画に比べて原作のほうが暗いためもあるようだが、本の題名にもなっている主人公の名前からもわかるように、原作では主人公の父親はイタリア人ではなく、ユダヤ人である。ユダヤ人の連続殺人鬼を描いていることで、この小説は「反ユダヤ的」ととられたのだという。ただし、『デイリー・テレグラフ』紙のジャーナリストのサイモン・ヘッファーによると、この作品はじっさいには反ユダヤ主義に対する風刺ではないかということだが、いずれにしても、特に映画化する際には「ユダヤ」の要素を省くことが重要だと思われたのも納得はいく。
 2012年にはこの作品をもとにしたミュージカルがアメリカで上演され、翌年ブロードウェイでオープンした。『紳士のための愛と殺人の手引き』というタイトルで、1人の俳優が8人の役を演じるといった演出をはじめとして、映画版を意識していることは明らかである(このミュージカルは2017年に日本でも上演され、市村正親が1人8役をこなした)。興味深いのは、原作の小説でも映画版でも、なぜ主人公が母の実家の爵位を継ぐことが可能なのか、なぜ爵位相続人の中に女性も含まれているのかについての説明がなされているのに対して、アメリカのミュージカル版ではたんに主人公の母親が家族の意に反する結婚をしたために勘当され、相続からはずされたという設定になっていて、そもそもなぜ母親にも相続権があったのかといった問題には触れられていない。アメリカの観客の多くはそんなことに気づかないだろうから、面倒な説明を加えて冗長にする必要がないとの判断だったのだろう。

 このようなわずかな例外を除き、イギリスでは貴族や地主の屋敷と財産を長男がそっくり相続するという制度が一般的だったことは、結果として女性の教育にも大きな影響を与えた。長男に何かあった時のことを考えると次男以下の教育もないがしろにするわけにはいかないが、娘は相続することがないので、良い結婚をするための礼儀作法と教養を与えるだけでじゅうぶんだったのである。前に挙げた、第九代モルバラ公爵の妻コンスエロは、『輝きと金』(The Glitter and the Gold)という1953年に出した自伝の中で、少女時代に同じ年のイギリスの貴族の娘と親しくなったが、あまりにも教育を受けていないことにびっくりしたと書いている。

後に私は、イギリスでは女の子はかなりの不利益を背負わされ、重要な跡継ぎのために犠牲を強いられるのが当然だと思われていることに気づきました。
(第二章)

 この時代錯誤な長子相続制度の不公平さがイギリスで公に問題にならないのは、貴族や金持ちの相続問題などはしょせん、大部分の人間にとって他人ごとだからだろう。アッパー・クラスとアッパー・ミドル・クラスの読者を想定する保守系の週刊誌『ザ・スペクテイター』(イギリスの首相ボリス・ジョンソンはこの週刊誌の編集長をしていた)の2011年4月16日号に、「なぜ淑女たちは男性の長子相続制度に対して何も言ってこなかったのか」という記事が掲載されている。著者は伯爵の弟の長女で第一子という、作家のレイチェル・ウォードである。記事の中で、父親は長男ではないので爵位も土地も相続していないが、その父親が自分で得た土地と家財をすべて弟に遺すことに対して何の疑問も持たなかったし、父のことも弟のこともまったく恨んだことがないとウォードは言う。

子供の頃から弟が屋敷と土地の家財をすべて・・・相続することがわかっていた。「おまえはかわいいから金持ちと結婚できるだろう」と父に言われて嬉しく思った。自分の受けた教育が弟たちが受けたものよりも劣っていること、ひどい成績表をもらってもまったく怒られないことも普通だと思っていた。「教育を受けている女性ほど退屈なものはない」という父の言葉を鵜呑みにした(だから私はモデルになり、女優になった)。

 いったいこれはいつの時代のことかと疑いたくなるが、レイチェル・ウォードは1957年生まれであり、けっして大昔の話ではない。イギリスのアッパー・クラスとアッパー・ミドル・クラスの娘が入る女子寄宿学校を軽いタッチで紹介した『契約条件――1939年から1979年までの女子寄宿学校での生活』(Terms and Conditions: Life in Girls’ Boarding-Schools, 1939 – 1979 。ちなみにtermが「学期」、conditionsが「学校の状況」というシャレになっている)の中で、作者のイセンダ・マックストン・グレアムは次のように書いている。

大部分の親は娘が何を学校で教わっているかまったく知らず、気にもしていなかった。礼儀正しく、優しい人間に育ち、適切な友達を作っていれば、それで十分だったのである。一方、彼女たちの兄弟はイートンやハロウで素晴らしい教育を受けて、ラテン語で詩を書き、連立方程式や二次方程式を解いていた。
(163ページ)

 もちろん、すべての親が娘の教育に無頓着なわけではなかったし、女子寄宿学校でも学問の重要さを強調し、オックスフォード大学やケンブリッジ大学入学の準備をしてくれるところもあった。しかしグレアムがその著書で触れているとおり、プリンセス・ダイアナの母校のウェスト・ヒース・ガールズ・スクールのように、生徒が勉強に苦労していたら無理をさせないといった女子校も少なくなかったようだ。「難しい科目は諦めてやらなくなったんだけど、誰も注意を払わなかった」と、ダイアナと同時期に在籍した女性が語った言葉をグレアムは引用している。「現にダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズはたっぷりの気骨と人への共感を身につけて1977年にウェスト・ヒースを卒業したが、Oレヴェルの試験[当時行なわれていた、16歳くらいで受ける統一試験]にはひとつも合格しなかった」(162ページ)とグレアムは書いている。
 しかし、レイチェル・ウォードは、自分の世代の人間にとってはものごとを変えようとしても遅すぎるかもしれないが、新しい世代は違うと書いている。二十一世紀の若い女性たちは大学で学位を取得し、希望する仕事に就いて、男性と同じ扱いを期待し受けているだろうから、長子相続制度の理不尽さについても声を上げるだろうというのである。それこそ何十年も前の女性参政権の話でも読んでいるようだが、「伝統」と「次の世代に無事に受け継がせる」という、イギリスの貴族と地主をヨーロッパの中でも特別な存在にしてきた長年の制度にも、このさき変化が起こるかもしれない。
 実はレイチェル・ウォードがこの記事を書いたのは、2011年に、イギリスの王位継承権に関する協定が締結されようとしていた時だった。この協定によると、それまでの、男性が女性に優先される継承法が改められ、性別にかかわらず長子が優先されることとなった。つまり、今の王室の例で言うと、エリザベス女王の跡継ぎはチャールズ皇太子で、その跡継ぎは皇太子の長男のウィリアム王子、そして次はウィリアム王子の長男のジョージ王子というところまでは変わらない。しかしその後は、以前であれば、ジョージ王子の弟であるルイ王子が優先されていたのが、今後はジョージ王子の次に継承権があるのがシャーロット王女、そしてその下のルイ王子と、生まれた順番になるのである(ただし、2011年以前に生まれた子供についてはこれは当てはまらない)。王位継承の順番にこのような改正が行われるのだから、貴族や地主の長子相続制度も変わるべきだが、それはなかなか難しそうだとウォードは半ば諦めており、だからこそ次の世代に期待しているのである。この件に関してはジュリアン・フェロウズも不満を表明していた。彼の妻となったエミリー・ジョイ・キッチナーのおじであるヘンリー・ハーバート・キッチナー、第三代キッチナー伯爵は生涯独身で、相続できる男性の親族もいなかったために、彼の死と共にキッチナー伯爵の爵位は終わってしまったのである。もし女性が相続することが許されていたら、フェロウズの妻が女伯爵となって、爵位を継続させることができる筈だった。
 このように長男がひじょうに優遇されているイギリスの長子相続制度だが、爵位はともかく、広大な土地と屋敷、そしてそれに伴う数々の責任を受け継ぐ跡継ぎにとっては、必ずしも相続は嬉しいことばかりではなかったのである。

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著者略歴

  1. 新井潤美(あらい・めぐみ)

    東京大学大学院比較文学比較文化専攻博士号取得(学術博士)。東京大学大学院人文社会系研究科教授。主要著訳書:『執事とメイドの裏表―イギリス文化における使用人のイメージ』(白水社)、『階級にとりつかれた人びと 英国ミドルクラスの生活と意見』(中公新書)、『不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む「階級」』(平凡社新書)、『パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』(岩波新書)、ジェイン・オースティン『ジェイン・オースティンの手紙』(編訳・岩波文庫)

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