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詩・野村喜和夫×音楽・小島ケイタニーラブ×写真・朝岡英輔「花冠日乗」

(8)光年の雫

27
不安ではなく恐怖ではないのか、おまえが駆り立てているのは
とまた誰が
私のなかで

空の青でさえ
じっと眺めていると
なんだか静謐すぎて、無音の青いノイズで満ちているようで
こっちが狂ってしまいそうだ
青は恐怖の色
かもしれない

5月7日
大学でのオンライン授業始まる
悲しからずや
ひとひとりの終わりがZoomなんか操作して迷い込む非身体情報系
叫んでも誰も来てくれない



28
さかのぼって
4月21日
新型コロナ・ウイルスは終末の予言のひとつでしょうか
と掲示板にあった教会を再訪してみると
すでに文言は取り払われていた

道すがら、たわむれに
ねえメシア
と呼びかけてみる

29
ねえメシア
あなたの到来
という未来のある時点を仮想してそこに現在が収斂してゆく
というような時間意識は
もはや私たちのものではない
未来がなくなったその分だけ現在がせりあがり
水ならぬ灰のさざ波のように、果てしもなくひろがってゆく

──逆に、他者がいなければ「私の死」が確かめられることもない? 「私」は永遠のなかに生きる?
──そう。無から無へと、その中間を経ずに渡ればよかった、つまり生まれなければよかった、ということになります、母よ、私の消去をなせ、二度ともう私をひり出すな。

世田谷の
果ての隘路に失われる糸のようなひと



30
ねえメシア
夕焼け領という美しい言葉が
誰かの詩にあったように思う
夕焼けもまたひとつの終末であるとするなら
夕焼け領とは
終末が終末のまま美しく囲い込まれている修辞の王国の別名
でもあろうか、詩の別名
でもあろうか

4月24日
女優の岡江久美子さん、新型コロナ・ウイルスによる肺炎で死亡
きょうの日乗はこの報道文のような一行だけ

31
でも
ねえメシア
毒のある花冠が去ったあと
世界はどうなるのだろう、旧約の通りなら
大洪水によって世界は初期化され、神との契約の虹が架かる
対してランボーの「大洪水のあと」の通りなら
虹が架かるそばから、汚れた大通りには肉屋とか店々がそそり立ち
キャラバンは出発し、極地にまで豪華ホテルが建てられる
かくて世界は元の木阿弥
となって、あらたな大洪水をねがう呪文が響きわたる

それでも夕焼け領は
十分に美しいというべきだろうか

4月23日
深夜、春の大三角を仰ぎ
アルクトゥールスから届いた光年の雫を飲む
きりもなく飲む 

 

詩:野村喜和夫(のむら・きわお)
1951年、埼玉県出身。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。戦後世代を代表する詩人のひとりとして現代詩の先端を走り続けるとともに、小説・批評・翻訳なども手がける。詩集『特性のない陽のもとに』(思潮社)で第4回歴程新鋭賞、『風の配分』(水声社)で第30回高見順賞、『ニューインスピレーション』(書肆山田)で第21回現代詩花椿賞、評論『移動と律動と眩暈と』(書肆山田)および『萩原朔太郎』(中央公論新社)で第3回鮎川信夫賞、『ヌードな日』(思潮社)および『難解な自転車』(書肆山田)で第50回藤村記念歴程賞、英訳選詩集 Spectacle&Pigsty(Omnidawn)で2012 Best Translated Book Award in Poetry(USA)を受賞。著書はほかに『証言と抒情——詩人石原吉郎と私たち』(白水社)など多数。2020年度から東大駒場の表象文化論コースで詩を講じている。

音楽:小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)
シンガーソングライター。1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部卒業。2016年、「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。18年、最新アルバム『はるやすみのよる』をリリース。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌の歌唱、映画『老ナルキソス』(東海林毅監督)の音楽など。 2011年から朗読劇『銀河鉄道の夜(with 古川日出男・管啓次郎・柴田元幸)』に出演および音楽監督を担当。13年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動pontoを開始したほか、江國香織やよしもとばななの作品に音楽をつけるなど文学の領域でも多彩な活動を展開。20年3月、初の著書『こちら、苦手レスキューQQQ!』を刊行。

写真:朝岡英輔(あさおか・えいすけ)
写真家。1980年、大阪府生まれ。埼玉県出身。中央大学理工学部物理学科卒業。松濤スタジオ勤務、写真家・藤代冥砂のアシスタントを経て独立。後藤まりこ、downy、打首獄門同好会、オガワマユ、DOTAMAをはじめとしたミュージシャンや、ポートレートの写真を撮影。2016年、音楽と旅をテーマにした初の風景写真集『it’s a cry run.』を上梓。林奕含『房思琪の初恋の楽園』(泉京鹿訳、白水社、2019年)、フレデリック・ルノワール『スピノザ よく生きるための哲学』(田島葉子訳、ポプラ社、2019年)、乗代雄介『最高の任務』(講談社、2020年)などのカバー写真を担当。

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