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往復書簡 姜信子×山内明美「忘却の野に春を想う」

第十八信 山内明美より「生き方の骨格」

姜さん

 今日も仙台の青葉山で、この手紙を書いています。
 年末に姜さんも遊びに来てくださった、あの山です。この季節の青葉山は、すきとおった青緑の美しい森なのです。朝は、鳥の鳴き声で目覚めるんですよ、ほんとうに。
 つい先だって、仕事場のある大学キャンパスの図書館裏で3頭のイノシシと鉢合わせしました。大学の敷地内ですよ。しかし「おっと、ここに居たかお前たち」という感じです。青葉山の頂上にある大学は、自然とせめぎ合っており、クマやイノシシの目撃情報は珍しいことではありません。しかし、新型コロナの影響で、学生が入構禁止となり、キャンパスがおそろしく静かなんです。学生がいないことで、動物たちはキャンパスの真ん中を歩くようになっています。いえ、先に自然の懐に深く入り込んでしまったのは、私たち人間の側なのですが……。
 この頃の海外のニュースでも、ロックダウンした街の中を、動物たちが歩き回る様子を見ました。いつの頃からか、人間は、この「世界」は人間だけしか住んでいないと、思い込んできたのですね。だから、見慣れない動物が身近に生存していたことを目撃すると、とても驚くのです。
 春になって、キャンパス内でのツキノワグマの目撃情報も毎週のように学内メールで共有されています。件のイノシシ3頭は、1年前には可愛らしいウリボーでしたが、今回遭遇したときは、大人の豚くらいになっていました。サークル活動のできなくなったテニスコートや野球グラウンドがイノシシたちに掘り返されて、ボコボコになってしまい、ついに施設課がグランド整備に乗り出しました。ツキノワグマもイノシシたちも、これ以上成長すると猟友会を呼ぶことになるのだろうかと、なんだか居たたまれない気持ちです。隣の東北大学では、電気柵をキャンパスの外周に張り巡らせて、「ここから入ってはいけない」メッセージを動物に送っています。電気柵が良いとは思わないけれども、なんとか共生できる道筋を、みんな考えているのです。


新緑の青葉山住まいのベランダから。


4月の山桜。こちらも、住まいのベランダから。


月夜の青葉山。フクロウの鳴き声と動物がガサガサ動いている音がします。
宮澤賢治的夜空ですね。

 このところの「コロナ状況」について報告すると、この3月の卒業式は縮小され正味20分間だけの式でした。学位授与は代表者だけが学長室へ集まり、その他の学生は、各教室のスクリーンでその映像を見ているという寂しい式でした。「ソーシャル・ディスタンス」は、学校なら席をひとつかふたつ空けることになります。いつもなら後輩が花束を持ってきたり、部活で胴上げをやったりするのですが、卒業生以外の学生や親なども入構禁止。マスク姿の卒業生は残念そうでした。
 その後は、もちろん入学式も中止となり、5月23日現在の今も、学生は入構禁止で、教職員はリモートワーク。事務窓口にはアクリル板が設置され、にわかにウィルス対策がしかれました。私の大学の前期の授業は5月11日からはじまり、授業はすべてオンラインでの遠隔授業となっています。こんなわけで、今、全国の大学は「サイバー大学化」しています。キャンパスは静かですが、学校現場は混乱の極みです。この動きは、今後の大学、ならびに学校環境を大きく変えていくように思います。

 さて、「リスタート」のお手紙を拝読しました。
 5月の不知火は澄みきった青空が映りこんでいるでしょうね。今年の熊本はいかがでしたか?
 気がつけば、私たちはずっと〈コロナ〉についてのやり取りをしてきたのかもしれません。例えば、改めて調べてみたのでしたが、3月1日は3・1独立運動の日(1919年)、満州国が建国された日(1932年)そして第5福竜丸がマーシャル諸島で被爆した日(1954)、さらに水俣病刑事訴訟で、チッソが有罪判決を受けた日(1988年)でもあったのです。こうしてつぶさに365日の歴史と記憶の〈コロナ〉を記録していったなら、人類のコロナ史はどんな風にみえるでしょうか。
 このウィルスのパンデミックは、大方の生態学者が指摘しているように、自然界の懐の奥まで開発に手を染めた人間が、自ら引き起こしたものです。そして、このパンデミックがもっと恐ろしいのは、やがて治癒可能になるであろうウィルスそのものではなく、人間の猜疑心が生みだす暴力と排除とつぶし合いです。
 この日本社会で、姜さんが敏感に嗅ぎとっているのはその〈記憶〉が、姜さんにはあるからです。この往復書簡は、2018年12月14日付の姜さんからの手紙ではじまりました。第1信を、もう一度読んでみました。そこには、姜さんのお祖母様から語り聞かされた、白いチマチョゴリのおばあさんについて書かれてあります。「地震で死んだんじゃない、地震のあとに殺されたんだよ」という警笛。そして、私たちは「ウィルスで死んだんじゃない、ウィスルのあとに殺されたんだよ」という未来をつくるわけにはいかない。私たちが立っているのは、そういう場所だと思います。

 書簡の「リスタート」にあたって、後々のために、少し記録を書かせてください。
 この書簡は、2020年7月に開催(されるはずだった)のオリンピックにぶつける形で、2018年の年末に姜さんの書簡からはじまったのでした。しかし、世界中に蔓延した新型コロナウィルスのパンデミックによって、2020年夏の東京オリンピックは1年延期となり、姜さんと私の書簡も同様に「延長」することになりました。(この書簡には第16信から第17信の間に約2か月の空白があります。その間に新型コロナウィルスの社会的混乱状況が起きていました。)
 オリンピックは、人間の身体能力の限界を競う祭典です。より速く、より遠くへ、より強く…この祭典が内包している価値観が、近代の発展と進歩と軌を一にしていることはもちろんですが、このパンデミックを引き起こした人間の欲望に関わることでもあろうかと思います。誤解のないように言わなければなりませんね、このことはオリンピックへ参加する選手たちを批判するのでも、非難するのでもないのです。しかし、この祭典の重層低音は、やはり人間社会の拡張思想を抱えた、近代社会の基底となる考え方です。そんなオリンピックの祭典がはじまろうとする時期にあって、周縁から礫を投じようというのが、この書簡のはじまりだったのです。
 この1年の間、姜さんとは植民地時代のこと、関東大震災やアウシュビッツのこと、水俣、沖縄、東日本大震災や原発のこと、そして「在日」社会や「東北」のこと…近代がはじき出した出来事を集めては並べて、ため息をついて、そしてそれぞれ歩いてきたのでした。
 しかし、この夏に開催予定だった東京オリンピックは1年延期となることが3月24日に発表されました。日本国内での感染状況が拡大し、遅すぎる延期の決定に世論は憤慨しています。1週間ほど前には「再延期はない」というコメントもでましたが、この東京オリンピックは、前々回の1940年同様、中止となる可能性が高くなってきました。さらに、4月7日には7都府県への緊急事態宣言が発令され、16日には全国に拡大し、学校は休校となり、デパートやコンサートホール、映画館など人が集まる施設の使用制限と外出自粛要請が出されました。一応、この間の社会動向をここに記録しておきたいと思います。あまりにも目まぐるしく日々が動き続けるので、状況を記憶するだけでも大変だからです。書簡を続けてきたこの1年のどこかで、ひょっとしたら次の災害が起こるかもしれないとは思っていましたが、ここへきて世界がcovid-19の渦に巻かれるとは考えてもみませんでした。
 そして、この2ヶ月の間、私には、もう1つとても気になっていた出来事がありました。それは、2016年7月に起きた、相模原障害者施設殺傷事件の公判が続いていたことです。死者・重軽傷者45名という戦後最悪の事件の判決が、3月16日に下され、被告は死刑判決を受けました。この事件の性格と、被告の動機について気になっていた私は、大学院の授業で、毎年この事件について取りあげてきました。社会がオリンピックの準備に邁進する時間のなかで、この殺傷事件の顛末について考えることは、この社会をつくっている根源に関わる極めて危機的な課題だと思われました。それは、アウシュビッツを見た、あの時間を彷彿とさせるものでした。自分の心の中に染みつかなければいいなと、警戒しつつも、死刑囚の手紙(*)を、私は30回は読んだと思います。しかし、読めば読むほど、その内容は自分と重なってくるのです。効率よく仕事をしようとする自分、少しでも速く目的地に着こうと車のスピードを上げて運転する自分、普段の自分の中にすべて当てはまっているのです。自分の内側にも、思いあたる「芽」がある。
 死刑囚の手紙によれば、彼の基本的な価値は、お金と時間なのでした。しかし、なんのための時間と経済活動なのか、生き方の骨格は失われているのでした。「国家のために」、障害者がいなくなれば国家財政の負担が軽減されるという論理で殺害に及んでいます。自分の生き方の骨格を失えば、「国家のため」という取り繕った「価値」が立派にみえるのかもしれません。
 日本社会は、敗戦の後も、その負けを取り戻そうと経済活動至上主義でやってきました。働き方改革が裏打ちするように、過労死も厭わないところがありますね。そのために、ふつうの生活を見下している。そのことは女性差別とも密接に関係し合っているけれども、そのちいさな暮らしが、どんなに大変で、尊いことかを忘れ去った経済成長以後の顛末なのだと、私は思っています。
 地味だけど、土に種をまくしかないと、そんなことしかできないけれど、大事なんだと思っているんです。おばあちゃんを思い出して、甘酒やマッコリをつくって飲んでみること、季節の暮らしをしてみること、それがきっと骨格をつくっていくんだと思っています。


小学生時代から耕している私の田んぼ。

新月の青葉山より5月23日
山内明美

*参照 
「獄中の植松聖被告から届いた手紙」(月刊『創』2017年9月号所収)
『妄信――相模原障害者殺傷事件』(朝日新聞取材班著、朝日新聞出版、2017年)
なお、当事者団体「青い芝の会」の見解についてはリンクを参照されたい。
 http://www.arsvi.com/2010/20160817a.htm

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著者略歴

  1. 山内明美(やまうち・あけみ)

    1976年、宮城県南三陸町生まれ。宮城教育大学教育学部准教授。専攻は歴史社会学、農村社会学。日本の東北地方と旧植民地地域の双方をフィールドに、稲作とナショナリズムをテーマとする文化的政治にまつわる研究をしている。東日本大震災以後は、郷里の南三陸での農村調査も行っている。著書『こども東北学』(イースト・プレス)、共著『「辺境」からはじまる――東京/東北論』(明石書店)、共著『グローバル化の中の政治 岩波講座 現代4』(岩波書店)、共著『ひとびとの精神史 第3巻』(岩波書店)など。

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