白水社のwebマガジン

MENU

詩・野村喜和夫×音楽・小島ケイタニーラブ×写真・朝岡英輔「花冠日乗」

(4)声音の腐葉土

14
コロナによって私は自分自身を軟禁してしまったので
いや、主客を入れ替えよう
コロナが私を軟禁してしまったので
私はますます詩人でしかない

ということは、がらんとしたきょうの私に
あすの誰かが入り込み
私の内なる壁を、海老や太陽が跳梁する
なにやら稚拙な黙示録的素描で埋め尽そうとしている



15
ときあたかも4月、どうしてもエリオットの「荒地」を思い出す
──4月はもっとも残酷な月、死んだ土から
ライラックを目覚めさせ……

すべて覚醒は残酷だ、とろとろと土中の眠りがつづけばよかったのに
きびしい発芽と生長へと駆り立てられる
たとえば私の不安

4月10日
八重のヤマブキがいま盛りだよと
写真を添えて、ヤマブキの好きなきみにLINEで伝える

16
梅が丘をすぎ
松陰神社から駒沢オリンピック公園まで歩く
お目当てはドッグラン、走る犬たちを見ればいくらか心が和むだろう
途中いくつもの学校のそばを通ったが
校庭に子供たちの姿はなく
ついに辿り着いたドッグランも
閉鎖されていた

もともとウイルスは
ヒトの遺伝子の一部が外部に飛び出したようなもので
生物と無生物のあいだのような奇妙な存在だという、つまり細胞がなく
宿主から宿主へと渡り歩くことによってしか生きられない、だから
ウイルスにとって感染とは帰巣本能のようなものだ
ヒトもつい受け入れてしまう

奇妙な戦いだ
中央広場
風の余白に墨の飛沫が走って
それが私の詩だ



17
帰路に就く
西へ伸びる世田谷通りの奥の空が
おそろしいほど発赤している
以前私は、夕映えを
ボクサーの腫れたまぶたのような、とシミリしたことがあったけれど

──もう一度、「確実なものはひとつもないから生きてゆける」という言葉をどう思いますか?
──もう一度、その通りだと思います。確実なものはひとつもない、それはつまりたくさんの未知があるということでしょうから、その未知に向かってここが反復され、私は生きていくことができるのです。

4月13日
おお、私のなかの誰がおののき、ざわめいているのだ
日々の東京の新規感染者数に

4月15日
月ごとの静岡新聞読者文芸欄詩部門の選評を書く
水野満寿さんの作品の
どこまでも澄んだ青い空に少年期の夢、消年の季、キ、キキ
危機、キ、えっ? 気、狂い──というような
音韻の連鎖による言葉の自由な結合は
まるでウイルスそのものであり、いや、ウイルスを擬態することによって
まるでウイルスを追い払おうとしているかのようです
悪魔払いとしての言葉
それこそ詩にほかなりません

18
そこでもう一度
風にふるえる、青い花ネモフィラ
と書いて、その下は声音の腐葉土? 私は晴れやかに痙攣する
ふるえるからネモフィラへ、fとrの音韻が連鎖して
悪魔払いの呪文となったのだ、たぶん

私は晴れやかに痙攣する

 

詩:野村喜和夫(のむら・きわお)
1951年、埼玉県出身。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。戦後世代を代表する詩人のひとりとして現代詩の先端を走り続けるとともに、小説・批評・翻訳なども手がける。詩集『特性のない陽のもとに』(思潮社)で第4回歴程新鋭賞、『風の配分』(水声社)で第30回高見順賞、『ニューインスピレーション』(書肆山田)で第21回現代詩花椿賞、評論『移動と律動と眩暈と』(書肆山田)および『萩原朔太郎』(中央公論新社)で第3回鮎川信夫賞、『ヌードな日』(思潮社)および『難解な自転車』(書肆山田)で第50回藤村記念歴程賞、英訳選詩集 Spectacle&Pigsty(Omnidawn)で2012 Best Translated Book Award in Poetry(USA)を受賞。著書はほかに『証言と抒情——詩人石原吉郎と私たち』(白水社)など多数。2020年度から東大駒場の表象文化論コースで詩を講じている。

音楽:小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)
シンガーソングライター。1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部卒業。2016年、「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。18年、最新アルバム『はるやすみのよる』をリリース。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌の歌唱、映画『老ナルキソス』(東海林毅監督)の音楽など。 2011年から朗読劇『銀河鉄道の夜(with 古川日出男・管啓次郎・柴田元幸)』に出演および音楽監督を担当。13年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動pontoを開始したほか、江國香織やよしもとばななの作品に音楽をつけるなど文学の領域でも多彩な活動を展開。20年3月、初の著書『こちら、苦手レスキューQQQ!』を刊行。

写真:朝岡英輔(あさおか・えいすけ)
写真家。1980年、大阪府生まれ。埼玉県出身。中央大学理工学部物理学科卒業。松濤スタジオ勤務、写真家・藤代冥砂のアシスタントを経て独立。後藤まりこ、downy、打首獄門同好会、オガワマユ、DOTAMAをはじめとしたミュージシャンや、ポートレートの写真を撮影。2016年、音楽と旅をテーマにした初の風景写真集『it’s a cry run.』を上梓。林奕含『房思琪の初恋の楽園』(泉京鹿訳、白水社、2019年)、フレデリック・ルノワール『スピノザ よく生きるための哲学』(田島葉子訳、ポプラ社、2019年)、乗代雄介『最高の任務』(講談社、2020年)などのカバー写真を担当。

タグ

バックナンバー

ランキング

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2020年7月号

ふらんす 2020年7月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

白水社の新刊

サクサク話せる! フランス語会話

サクサク話せる! フランス語会話

詳しくはこちら
  1. jiji.com
閉じる