白水社のwebマガジン

MENU

往復書簡 姜信子×山内明美「忘却の野に春を想う」

第十七信 姜信子より「命をつなぐ」

山内さんへ

 コロナ緊急事態真っ最中、西へと向かう新幹線の中からお便りします。今日、明日と、私は「急」で「要」な旅の人。この車両には私を含めていま3人しか乗っていません。


緊急事態下の新幹線車内

 新幹線に乗ってからハッと思い出したこと、一つ。今日5月9日は、1931年に朝鮮から日本へと渡ってきた祖父姜斗星の命日なのでした。私にとって、この日付は、きわめて個人的なものであると同時に、大きな力に翻弄されつづけた植民地の民の生の軌跡をたどる一つのよすがとなる日付けでもあります。
 思えば、3月10日にお便りをいただいてから、この2か月の間、私にとって忘れがたい日がいくつもめぐってきました。
 3月28日。20年前に自死した妹の命日。
 5歳下のこの子は、在日というマイノリティでなければ死ぬことはなかった、と私は思っています。そして、今のコロナ的状況は、ますます社会的弱者を切り捨てる方向へと、弱者同士でつぶし合いをさせる陰惨な空気へと向かっている。とてもいやな気配です。
 4月3日。済州4・3事件。
 民意とは無関係に作られた国家が国家であるためには、そして権力が権力であるためには、民を敵味方に分断すること。非国民を作り出すこと。人々に相互不信を植えつけること。4・3事件で朝鮮半島の南側の権力が利用した分断の言葉は「アカ」でした。殺したければ、殺したい相手を「アカ」と呼べばよい。「アカ」ならば皆殺しにしてもよい。私の叔父はこの大量殺戮を逃れて、1949年に十五歳で日本へと密航してきた難民ですが、半世紀以上も経った今もなお、消えない不信の中で生きている。日本での今年の4・3犠牲者追悼集会はコロナのために中止でした。思うに、この日本で、いまもっとも新鮮で力強い分断の言葉は「コロナ」ではないでしょうか。


済州4・3平和公園 犠牲者の名が刻まれた慰霊碑


済州4・3当時、済州島から日本に逃れてきた叔父の兄、현동하(玄東河)の名も刻まれている。

 4月14日・16日、熊本地震
 復興というのは、東北でも、うわべばかりの「やってる感」で内実が隠蔽されることでしたね。復興五輪の大きな掛け声のなか、ここでも弱い立場の者たちが打ち捨てられたまま消えてゆく。かつて暮らした熊本でも、ごく身近だった人が打ちのめされて、声もなく、立ち直れず、震災の三年後に世を去りました。そして復興五輪はいつのまにかコロナ克服五輪に……。
 4月16日、韓国セウォル号事件
 なにかに目の眩んだ者たちが牛耳る国家が、命よりも欲を大切にしつづけた末に起きた酷い事件。2014年のことでしたね。この事件が、あさましい政府を倒す「ろうそく革命」の火をつけた。ろうそく革命は、命を守ることを根本に置いた社会への扉を開く革命でした。私は胸が熱くなりましたよ。いつも心にろうそくの火を。あさましいやつらに殺されないために。
 4月28日、外国人登録令
 戦後、1947年、日本社会にとってもはや不要で厄介な存在となった旧植民地の民を、法的には日本国民であるのに外国人として管理することとした大日本帝国憲法最後の勅令(・・・・・・・・・・・・)が出た日。国家にとっての要不要で国民を選別すると天皇の名で宣言したわけです。そして今もなお、この社会に生きる者たちの選別、分断は絶えることなく続いている。
 5月1日、水俣病公式確認の日。
 これが1956年のことで、その後、知ってのとおり資本と国家の都合で政治的に水俣病か否かの認定基準も決められて、いまなお水俣病は解決を見ていない。こうして「ミナマタ」的なるものは幾度も繰り返され、ますます濃縮されていくばかりのこの世に、逃げ場はあるのか? 「ミナマタ」的なるものは、「フクシマ」的なるものでもあり、「コロナ」的なるものでもある。これ、われわれの切なる共有の問いですね。

 なんだ、書き出してみれば、コロナ日記みたいだ。ため息が出ます。コロナのおかげで、私たちが生きるこの近代国家なるものが、まさしく共同幻想にすぎないということを日々思い知らされています。いまの日本には「国家」など存在しないも同然ですね。あるのは植民地政府、上にへつらい下を虐げる植民地総督、総督と似た者同士の植民地の特権階級、そして生かすも殺すも思いのままの植民地の民。しかも、その多くが、ここが植民地で、自分が植民地の民だなんて思っていないという素晴らしさ。ポストコロニアリズム? いや、いま、ここは、パーフェクトコロニアリズムの世界でしょう。
 犬のように「Stay Home」と号令をかけられれば、もともとが日々どこかにお勤めに出るような暮らしでもないけど、大いに腹が立ちます。腹立たしさを力に変えて、暮らしを内から作りかえていく試みに気持ちを向けます。何をしているかって? たとえば天然酵母を起こします、じっと待つ、パンを焼く、大豆を煮る、麹と混ぜる、汗を流す、味噌を仕込む、じっと待つ、プランターに土を入れる、土にさわる、種をまく、苗を植える、じっと待つ、芽が出る、のびる、虫が来る。酵母も麹も土も植物も虫も当然のことながら、私の思いどおりになどまったくなりません。酵母も麹も土もゆっくりと命を育んでゆく。思いどおりにならない命の時間の流れの中に今はまだぎこちなく身を置いて、自分の命を少しずつ、本当にほんの少しずつ、近代の時間からひきはがしていきます。使い捨てのように命を酷使する近代の体から、発酵する命の体へと、ぎくしゃくしながら自分をつくりかえてゆく。新しい生活様式。まずそこから。恥ずかしながら、ささやかに。
 実を言えば、この一連の作業のひそかな火付け役は、山内さんなんです。初めて一緒に旅をして、羽黒山で年越しをしたあのとき、羽黒から降りてきたところの小さな商店で麹を買って、二人で分け合ったではないですか。これで甘酒を作るのだと山内さんが言ったから、私もあのとき生まれて初めて、帰京後に甘酒を作ってみた。それがはじまりです。初めて甘酒を自分で作ってみた時、私は、幼い頃に母方の祖母(名は李鳳月)が甘酒を作っていたことを本当に久しぶりに想い出しました。祖母がマッコリを作っていたことも思い出しました。甘酒を作り、マッコリを作り、これはおいしいと野の草を摘み、古物や古布を集めてまわり、横浜の金沢八景の海に出て海苔を拾い、そうしてお金も作り、そのわずかなお金を貧しい朝鮮人同士が無尽講で融通しあって、お金以外でも助け合って、命をつないでいった祖母たちの世代の暮らしの形に思いを馳せました。「命をつなぐ」というのは、子を産み育てること、日々の糧を得ること、ここ日本で「非」国民の立場に置かれた者たちが、国家とは暴力にほかならない日常の中で知恵を出し合い分かち合い生き抜くこと等々、いろいろな意味での「つなぐ」です。植民地の民となり、土地も失くして、根なしになって、流れ着いた都市のもっとも貧しい片隅で、自分自身が酵母であり麹であるかのように、そこにあるもので、あるいは棄てられていたもの、あげたりもらったりした有形無形のもので、互いに命を発酵させてゆくような暮らし。
 大きな力で断ち切られてバラバラにされた者たちが生き抜いていくには、犬のようにつながれるのではなく、みずからつながりなおすしかないでしょう。けっして権力を恃まずに。目には見えないところで菌類が形づくる、中心のない網の目のように。断たれても、断たれても、しつこく、諦めることなく、くりかえし……。


母方の祖父母。還暦祝い。

 この間の私の暮らしは、祈る暮らしでもありました。外に出るのも、もっぱら祈るため。いま私の暮らしている奈良の町を流れる富雄川の川筋に、点々と古刹があります。そこに祀られているのは、寺ならば十一面観音もしくは薬師如来、神社ならば牛頭天王(ごずてんのう)。(ただし、牛頭天王は、世俗権力によるあまりに乱暴な「神々の近代化/中央集権化」とも言うべき明治の神仏分離の折りに、記紀の神であるスサノオに置き替えられている)。十一面観音も牛頭天王も荒ぶる神を祀ることで守護神とするもので、とりわけ牛頭天王は最強の疫病神であり守護神でした。牛頭天王は薬師如来が別の姿をとって現れたものともされていました。言わずもがなのことですが、どうしようもなく襲ってくる疫病をカミとして暮らしの中に取り込み、必死の祈りを捧げて、人は千年以上もの時を生きてきたのです。南三陸の津波と共にあった暮らしのように。そもそも記紀には大和の地を襲った史上最初のパンデミックが記されているのですが、その疫病をもたらした目には見えない強力な「モノノケ」を「大物主」というカミとして祀ったのが、奈良の三輪にある「神代に始まった古社中の古社」大神神社です。国を造り、都市を形作ったそのときから、人は疫病とともにあり、祈りとともに命をつないできたというわけです。
 祈る者はやがて歌います、踊ります。山に伏してカミに祈る修験者たちが、神楽を各地に伝え、物語を人々にもたらす者でもあったように。分断する力が働きだせば、ますます祈り、歌い、踊ります。“信不信を問わず、浄不浄を嫌わず”、癩者も共に踊り歩いた一遍と時宗の輩のように。断ち切られてもつながる、殺されてもつながる、凝り固まらないでつながる、祈りとともにつながる、そしてカビのようにはびこる。それは命が命として生き抜くための生活の様式であり、闘いの様式でもあったことを、いま私は激しく想起します。

 
奈良・富雄川沿いの杵築神社。明治の廃仏毀釈以前は牛頭天王社

 
同じく富雄川沿い、伊弉諾(いざなぎ)神社。明治以前は牛頭天王宮。


同じく富雄川添い、添御縣坐(そうのみあがたにいます)神社。明治以前は牛頭天王社。


奈良・三輪 記紀に登場する史上最初のパンデミックを引き起こした大物主を祀る大神神社。


 さてさて、旅の目的地・水俣にまもなく到着です。続きは次便で。
 山川草木悉皆有仏性、草木国土悉皆成仏、オンコロコロセンダリマトウギソワカ、
 呪文を唱えて、ごきげんよう。


奈良から列車でとろとろ9時間かけて到着。

2020年5月9日 姜信子

 おっと、追伸。山内さんの「コロナ」的近況はいかがでありましょうか?

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 姜信子(きょう・のぶこ)

    1961年、横浜市生まれ。著書に『棄郷ノート』(作品社)、『ノレ・ノスタルギーヤ』『ナミイ 八重山のおばあの歌物語』『イリオモテ』(岩波書店)、『はじまれ』(サウダージブックス)、『生きとし生ける空白の物語』(港の人)、『声 千年先に届くほどに』『現代説経集』(ぷねうま舎)、『平成山椒大夫 あんじゅあんじゅさまよい安寿』(せりか書房)など多数。訳書に、ピョン・へヨン『モンスーン』、李清俊『あなたたちの天国』、カニー・カン『遥かなる静けき朝の国』、編著に『死ぬふりだけでやめとけや 谺雄二詩文集』(みすず書房)など。17年『声 千年先に届くほどに』で鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。路傍の声に耳傾けて読む書く歌う旅をする日々。

ランキング

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2021年4月号

ふらんす 2021年4月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

白水社の新刊

フランス語でシャンソンを

フランス語でシャンソンを

詳しくはこちら
  1. jiji.com
閉じる