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往復書簡 姜信子×山内明美「忘却の野に春を想う」

第十五信 姜信子より「命の時間」

山内さん

 明けましておめでとうございます。
 とうとうオリンピックイヤーですね。なにがオメデタイのか、という気持ちも大いにあるのだけれども、それでも、とにかく、私たちにとっておめでたい年にしたい。
 正月が来るたびに、私は、沖縄戦の後の荒廃した那覇の町を「命のスージ(お祝い)」をして歩いたブーテンさん(小那覇舞天)を想い起こすんです。「命のスージ」、それは、鉄の嵐を浴びて、「うんじゅん 我んにん 汝ん 我んにん 艦砲ぬ喰ぇー残くさー(あなたも私もお前も俺も艦砲の喰い残し)」の命たちが終わらぬ戦争を生き抜いていくための予祝でした。おめでとう、おめでとう、近代の喰い残し、戦争の喰い残しのわれらの命におめでとう!
 山内さんの言うとおり、この近代世界は戦争ばかり、「戦後」なんてどこにもないようです。
 大日本帝国の戦争を窒素化合物(肥料と火薬)で支えた新興財閥日本窒素は、植民地の山を崩し、川の流れを大きく変え、ダムを作り、興南の大化学コンビナートを稼働させる電気を手に入れ、そのために消耗品のように使い棄てにした命は数知れず。使い棄てた命はそのまま川に流せばよい。命なんて、いくらでも替えがある。そうして人命だけでなく、鳥獣草木虫魚あらゆる命と引き換えに磨き上げた技術とノウハウとシステムと近代精神を植民地から日本本土に持ち帰り、それが水俣へ、福島へ、日本全体へと接ぎ木されていく。
 ほんと、誰の目にも明らかなあからさまな無残な戦争の後には、復興発展の衣をまとった経済戦争なんですね。そもそも、この近代世界では、戦争そのものが大がかりな経済活動でありますし。戦争―復興-戦争―復興―戦争―復興―、……、果てしなく、滅びの日まで私たちは戦争の日々。ああ、中東もいよいよひどくキナ臭くなってきた。このキナ臭さを大きな利益に変えて喜ぶやつらに腹が立つ。そんなやつらがこの世界の経営者であることにますます腹が立つ。
 つねづね思うことなのですが、この国の民が明治以来、明るい未来のスローガンとして教育の中で刷り込まれてきた「富国強兵」という言葉ほど、日本近代の百五十年余りを象徴する言葉はないでしょう。戦争で富む。戦争で稼ぐ。戦争で繁栄する。そのなかで殺されてゆく無数の命への想像力はこの言葉にはない。踏み潰されるなかには自分の命も当然含まれているという想像力も封じられている。こんな価値観をスーハースーハー、空気のように呼吸して立派な近代人として育ってゆけば、自分の命が奪われるまで、より豊かに生きるためにとほかの命を踏んで奪って生きることにもなるのでしょう。日露戦争でせっかく勝ったのにロシアからの賠償金はスズメの涙だと怒り狂った帝国臣民の計算ずくの近代、悲惨な戦争を経てもなお、相も変わらず、隣国での戦争/無数の無惨な死のおかげでもたらされた復興を朝鮮特需と喜んだ日本国民の冷酷な近代、命とともに命に根をおろした言葉を失いつづけた私たちの時代、もはや逃げ場のないこの時代を私たちはなんとしても生き抜いて、突き抜けていかねば、と切に思います。
 だから、おめでとう、おめでとう、いまいちど声を大にして、「命のスージ」で新年の挨拶を送ります。

 さてさて、遅くなりましたが、昨年末は鍋のお誘い、ありがとうございました。いや、もう即決で、奈良から飛んでいきましたよ。仙台・青葉山の山内さんの研究室での鍋は、いろんな意味でまことに美味しゅうございました。鍋にたどりつくまでに、二日がかりで、山内さんとともに『あわいゆくころ』の瀬尾夏美さん、映画『息の跡』の小森はるかさんの案内でめぐった復興途上の陸前高田も、山内さんの案内でめぐったやはり復興途上の気仙沼、南三陸もまことに忘れがたい、骨の髄まで食い込む経験でした。
 陸前高田の、山を切り崩して、その土でもともとあった海辺の町を埋めて、嵩上げして造られた新しい町は、碁盤目状に走るきれいな舗装道路とその間の空き地とずらりと並び立つ電信柱ばかりが目について、もともとそこに住んでいた人びとの多くは高台へと移り住んだものだから、人影もほとんどなく、そのとき私は不意に、ああ、この気配を私は知っている、と思ったのです。ふと脳裏によみがえったのは、菊池恵楓園、星塚敬愛園、多摩全生園、栗生楽泉園……、かつて訪ね歩いたハンセン病療養所という名の、閉ざされた小さな人工の町。病者を社会から切り離すために、きわめて機能的かつ経済的かつ直線的な風景に作りこまれたそれらの町には、生き生きと動いて脈々と積み重ねられてゆく命の気配が見事なまでになく、それはある意味近代の極致とでも言うべき風景です。
 おそらく、陸前高田にも、「復興」という名の近代の極致、あるいは命にとっての「終わり」の風景を私は感じたのでしょう。
 震災直後に陸前高田にボランティアで通った頃に知り合って、今も連絡をとりつづけているある女性は、津波を思い出すから海の方には行けない、記憶が痛くてたまらないからずっと海の方には行っていない、長年勤めた職場も津波に流されて、身に染みついていたはずの職場の住所もあっという間に跡形なく忘れてしまった、と私に語ったものでした。彼女の職場のあった場所も嵩上げ工事で土の下に埋もれていました。そこで彼女と多くの時間を共にして、あの日津波にのまれて消えた人びとの、あまりに痛くて語りようもない記憶とともに。 時とともに、土の下のかつての町は一筋の地層になって、後世の人々はそれを復興線と呼ぶかもしれません。それとも記憶の埋葬線とでも名づけましょうか。いやいや、それは、命の断絶線と言うべきなのかもしれません。実のところ、それは、陸前高田だけでなく、この近代世界を貫いて走る断絶線なのでしょう。そして、きっと、私たちは、近代の喰い残しの命。
 とはいえ、喰い残しには喰い残しの矜持があります。命の本能は生き抜くことです。近代の極致の人工風景のなかで、記憶を封じ込められ、命の継承も断たれて、「世界の終わり」を生きることを強いられたハンセン病療養所で、数多くの詩が生まれ出たことを私は知っています。封じ込められ、断たれたからこそ、ありものの言葉では語り尽くせないみずからの記憶、みずからの生を語る言葉をもがき苦しみながらつかみとる。それは命に根をおろした言葉です。新たなはじまりを孕む言葉です。「はじまり」は「終わり」を知る者によって開かれる。これは絶望の底に潜む希望です。
 そして、陸前高田でも、理不尽な「復興/終わり」に抗して「はじまり」を語り、歌い、踊る者たちに私たちは出会いましたよね。荒野の賢人、もしくは狂人。あるいは、野生の芸能者、もしくは傾(かぶ)き者。どうやら、災厄のあとの荒野では、「終わり」を隠蔽した「復興」世界などには到底収まりのつかない「はじまり」の狂気が、その「場」を得て生き生きと動きだすのですね。
 たとえば、五本松神楽のトクさん。実際会って話してみれば、震災前には神楽なんかには興味もなかったイマドキの青年ではないですか。震災で妹と祖母と母を亡くし、死者の分までがんばって生きるのではなく、自分の命を生ききるのだと腹をくくった。それが彼の鎮魂であり、祈りの形なんですね。そして自分の命を身近な人たちを喜ばすこと驚かすことに使うと決めて、一年に一度、二十四時間眠らずに遊びきる祭りを、仲間たちを巻き込んで立ち上げる、それが2016年のことで、その第一回の祭りの締めくくりに、祭りの準備から含めて三日三晩寝ずに朦朧としたトランス状態のなか、夜から朝へと移り変わってゆくあわいの時間に、五本松の岩の上で神楽は初めて披露された。
 いやあ、聞けば聞くほど面白かった。トクさん自身は直観的にやったことなのでしょうが、トランス状態にみずから追い込んでいくのは、まことに由緒正しい「野の宗教者(=芸能者)」の姿です。生と死のはざま、闇と光のあわいで、生きるほうへ、光の方へと、即興的に演じられた祈りの舞。それは<芸能の発生>とでも言うべき光景です。
 トクさん曰く、五本松神楽では、①陸前高田の海川山の記憶 ②五本松ゆかりの人物、村上道慶の記憶 ③津波という災厄の記憶 ④嵩上げで埋められる五本松の岩をめぐる記憶が、それぞれ一分半という尺でスピーディに舞われ、しめくくりは⑤互いに互いをよろこばすという意味の「互慶舞」を演じるのだと、そんなことを私と山内さんに語りつつ、「ネジのはずれたやつがここには必要」と言ってニヤリとした、その不敵な面構え。
 確かにそうだ、こんな荒野にはネジのはずれたやつが必要だ、そんなやつこそがこんな荒野に記憶を刻んで、命をつなげて、はじまりを呼び出すのだ、と、私は心底そう思いましたよ。
 陸前高田の「ネジのはずれたやつ」と言えば、もうひとり、山内さんが前便でも触れた映画『息の跡』の主人公、佐藤たね屋さんですね。小森はるかさんの案内で、山内さんと二人、会いに行ったたね屋さんのことは、もうここでは詳しくは書きますまい。とにかく映画を観てくださいと、私も声を大にして世の人々に呼びかけましょう。たね屋さんが英語で書いた『The Seed of Hope in the Heart』も読んでくださいと叫んじゃいましょう。
 あ、でも、本の話を少しだけ。
 この本はたね屋さんが生きている限り、増殖しつづける本なのですね。2012年3月10日に初版が出て、その後も日々書きつづけて、2017年には第五版。今も毎日少なくとも1時間、多い時には9時間、書き直し、書き足してゆく。書くほどに、語るほどに、記憶は導きの糸のようにまた別の記憶を呼び出し、ひとつの物語は、さらに別の物語の糸口となるものだから、この記憶の書はけっして閉じられない、限りなく増殖してゆく、生きて息づいている記憶の書。
 たとえば、たね屋さんは、陸前高田に襲いかかってくる津波はゴジラのようだったと、あの奇跡の一本松は、まるで武蔵坊弁慶のように津波から陸前高田を守ろうとして、立派に立ち往生したのだと、語っていましたね。その絵まで描いていましたね。そして、奇跡の一本松に弁慶の姿を見たならば、義経のことも書かねば、頼朝のことも語らねばと、英語で物語る声はどんどん物語を増殖させてゆく。ある一瞬の、切り取られた時間、切り取られた風景、切り取られた物語を語るだけでは、脈々と生と死をつないで今を生きている命の「語り」にはならないことを、どうやらたね屋さんもまた直観的に知っているようなのです。増殖する記憶の物語の中から、陸前高田の未来の物語も立ちあがってくる、(それは記憶に覆いかぶさるようにしてやってくる「復興」の物語とは本質的に違う)、だから、大地に種を蒔くようにして物語る声は到底止まらない。
 こうして荒野にひとりの語り手が現われ、声が放たれる。命は命であるからこそ、復興という「断絶」を越えて、つながりを生きる道を手探りしてゆく。

 山内さん、私自身、こんなふうに語ってゆくと、逃げ場のないこの世界で、正直いくつになっても夢見る文学少女のように、夢見る文字を書き連ねているような気がしなくもないのです。
 でもね、南三陸から仙台へと移動する車の中でも話したことだけど、植民地の時代に日本の刑務所で獄死した無名の一青年が残したたった三冊の私家版の詩集から、のちの民族詩人尹東柱が生まれ、友人たちに草稿の束を託して自死したヴァルター・ベンヤミンの思想が、いまでは近代という危機の時代を照らし出す重要な拠り所の一つとなっているように、ほとんど聞き届ける者もいないかそけき声、ひそやかな言葉に宿る希望を私は信じたい。ただ信じるだけでなく、大きな力に無闇につなげられるのでもなく、みずから互いにつながっていく人びとの関係性/共同性の中で、希望を大切に守り育てていきたいと思うのです。
 つながること。そのつながりの力で、この世界を書き換えてゆくこと。そしてともに生き抜くこと。
 思えば、昨年の夏の水俣では、豊かな山があってこその豊かな海なのだと水俣であらためて実感したのでした。昨年末に山内さんに連れて行ってもらった気仙沼のリアス・アーク美術館では、「はまと丘(海と山)の婚姻」と題された展示で、つながることで食糧難を生き抜いた三陸の暮らしを知り、そうだよ、つながって生き抜くんだよ!と無邪気にうなずきもしたのでした。(リアス・アーク美術館の常設展「東日本大震災の記録と津波の災害史」の、記憶をつなげる果敢な試みについても話したいところですが、それは後日にとっておきます)
 都市の根なし草の私と、南三陸の風土のなかで生まれ育った山内さんと、一見対極の二人は互いに隣の芝が凄まじく青く見えるようでもあるのだけど、だからこそ、語り合うこと、つながることに大きな意味もあるのでしょう。山内さん主催の青葉山での鍋もまた、つながる鍋でした。
私たちの生きるこの近代世界に残されている時間は、もうさほどないのかもしれないけれど、命の時間というのはけっして効率的に速く流れるものではないから、腹をすえて、ゆっくりと、つながりを育んでいくこと。それが大事。
 命の時間と言えば、昨夏の水俣以来、「発酵」が私の大きなテーマの一つになっています。大みそかには初めて味噌を仕込んでみました。正月二日には、天然酵母を起こす作業をしました。お金を払えば、その瞬間に手に入るものを、何日も何カ月もかけて自分の手で育ててみる。こういう時間の流れの中に身を置けば、見える世界も感じることも変わってくるようです。
プランターで栽培中の人参もニラも健やかに育っています。
 五月の南三陸集会は、九月に延期でしたね。豊かなつながりの場をじっくりと作りこんでいきましょう。

2020年1月5日 初めての正月を迎えた奈良の家にて
姜信子


嵩上げされた陸前高田の風景。

◆トクさんの「五本松神楽(互盆松鹿楽)」のPV  https://youtu.be/oJ819EAZWdQ

◆村上道慶について。  https://potaru.com/p/100000016891


陸前高田 佐藤たね屋さんで販売中。


襲いかかるゴジラ津波から陸前高田を弁慶のようにして守った奇跡の一本松。(画:佐藤たね屋さん)

 
気仙沼 リアス・アーク美術館 展示と解説

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著者略歴

  1. 姜信子(きょう・のぶこ)

    1961年、横浜市生まれ。著書に『棄郷ノート』(作品社)、『ノレ・ノスタルギーヤ』『ナミイ 八重山のおばあの歌物語』『イリオモテ』(岩波書店)、『はじまれ』(サウダージブックス)、『生きとし生ける空白の物語』(港の人)、『声 千年先に届くほどに』『現代説経集』(ぷねうま舎)、『平成山椒大夫 あんじゅあんじゅさまよい安寿』(せりか書房)など多数。訳書に、ピョン・へヨン『モンスーン』、李清俊『あなたたちの天国』、カニー・カン『遥かなる静けき朝の国』、編著に『死ぬふりだけでやめとけや 谺雄二詩文集』(みすず書房)など。17年『声 千年先に届くほどに』で鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。路傍の声に耳傾けて読む書く歌う旅をする日々。

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