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往復書簡 姜信子×山内明美「忘却の野に春を想う」

第八信 山内明美より「北極星としての生」

姜さん

 姜さんにとってしんどい質問をしてしまいました。わたしは同様の「あなたはエリートでしょう」という問いを、これまでも幾人かの在日外国人の友人に投げたことがあります。失礼千万極まりない質問ですが、彼らからの返事は、たとえ高学歴で多言語をあやつることができても、結局はじかれるというのでした。このグローバリゼーションと無国籍/多国籍企業が牛耳る世界にあっても、なお。そこに、日本社会の性格が見えるのです。
 とりわけ、女性である姜さんの努力の軌道について、その細部を私は知りませんが、その生き方は、ある時点での「転向」と、私には思われました。あとは「在日としても、女としても、とりあえず、東大法学部受かったから行ってみたけれど、クソだったので遊行をはじめた」くらいの答えかもしれない、と思っていました。この手の質問をして「はい、私はエリートです。」っていう人は、なかなかいません。

 近代の超え方について、石牟礼さんと緒方さんが同じ水俣/不知火をよりどころとして言葉を発していたとしても、それぞれはおそろしく異なっている、と思います。そして、土着的に見せかけながら私自身が考えていることも、石牟礼さんや緒方さんとは異なります。もちろん、そんなことは姜さんもご承知と思います。
 かつて水俣事件訴訟の原告の方々が、霞が関で、真っ黒な吹流しに白い「怨」を染め抜いた幟(のぼり)を掲げ、盛大な葬列を組んだ時、その演出家は石牟礼さんでした。水俣で葬式行列の練習をした話を聞いたことがあります。その話を聞いた時、石牟礼さんがひとりのアーティストであることを知りました。不知火の力を借りながら、石牟礼道子から現れた「近代」の超え方が『苦海浄土』でした。

 そして、姜さんの超え方。姜さんが書簡相手に私を指名したのは、〈より遠い存在〉だからです。もはや後期近代ともいわれるこの時代に、えらく時代錯誤的情況を生きてきた私は、大学進学で上京した時にはじめて、都市と田舎の差異の中で、自分の(時代情況的)位置を把握することになりました。(それまでは、百姓がマジョリティの村落共同体に住んでいましたから。)それもそれで、姜さんとは逆ベクトルの近代的な存在ではあるのです。ポジとネガみたいな。それが、稲作民とコメ難民の所以でした。もっとも、稲作民の内実とは、本当はコメ難民なのですが……。こうなるとポジとネガが互いに補完し合っていながら、メビウスの輪みたいなことにもなっていそうです。

 前回の書簡で、姜さんは「移民、難民、植民地の民ほどすばらしく近代的な存在はないでしょう?」と書いていました。愛憎半ばするmodernityとの引き裂かれのなかで、否、自己をmodernityそのものと捉えているのに、さらに近代を超えるということの恐ろしく困難な道行き。それはほとんど全身の皮膚を剥がすような行為に、私には思えます。場合によっては自己抹殺(自殺行為とは言いませんが。)とも言いうるかもしれません。
 すでに三分の一過ぎたこの往復書簡で、よもやその場所へ辿り着けるとは思わないけれども、毎回返事する苦痛度合いはどんどん増しています。
 姜さんの手紙を読みながら、聖バルトロマイを思い出していました。大学3年の春休みだったか、ミラノの中心地にあるドゥオモ大聖堂で、自分の剥がされた全身の皮膚を腕に抱えたバルトロマイの姿(もちろん、彫刻ですけれども。)を見て、釘付けになったことがあります。あの時、剥がされた皮膚を見ながら、出羽の即身仏を思い出して、根拠もなしに「なんだかこれは〈東北〉的状況だなぁ」と思ったのでした。世界と向きあおうとすると、こういう状況になるんじゃないか、と漠然と思っていました。求心力への抗いについても、袋小路にならないように、この荒野をほんのすこしでも、踏み出せると良いなと思っています。 言葉を使って他者との疎通を行う人間にとって、もっとも難しいと思われる、求心力への抗い。

 話は少し変わりますが、半年ほど前から私の暮らしている青葉山で、安藤昌益の勉強会をはじめたんです。ちょうど1年前、やっと東京を抜け出して仙台まで戻ってきたとき、故郷へ戻ったらひとつだけやろうと決めていたことがありました。それは、江戸中期に北東北で生きた安藤昌益について勉強することでした。まだ勉強中なので、恥ずかしいほどの理解力ですが、はっきり言ってこのひとは「狂って」います。狂っている度合いは、私や姜さんというレベルではないのです。少々語義矛盾がありますが、「真正の狂人」とても言いたいくらいです。
 まず、昌益は、自分でオリジナルの言葉を次々につくりまくります。「男女」と書いて「ひと」、「自然」と書いて「自リ(ひとり)然(す)ル(る)」、「活真」と書いて「活キテ(いきて)真(まこと)」……。言語行為は通じなくては意味がないわけですが、自分でどんどん新しい言葉を産みだして、私制字書までつくりました。昌益は本気で言葉から世界をつくりなおそうと思っていたようです。さらに、そのつくった私制の言葉を用いて、世の中の権力者や聖人、仏教、神道、儒教、この世の「求心力」すべてを「不耕貪食」と批判し、「直耕」する衆民だけが「活真」だと主張します。しかし昌益は、取り付かれたように自分で言葉を産みだし、もう一度この世界を根底からつくり直そうとした一方で、古い文字の「古い杭」を抜いて自分のつくった「新しい言葉」で「新しい杭」を打つことしかできない、ということも語っていました。つまり、自分が打ち込んだ杭も、結局「同じ杭でしかない」のだ、と。
 この近代世界の網の目の中で、自分が考えぬけることはたかが知れているようにも思えます。そして、同時代に生きる他者と共有できる言葉の範囲でだけで思考するなら、超越や跳躍の幅も知れている。とはいえ、ここに留まっているわけにもいかない。とにかく、どうなろうとも絶望しませんように。(一応、自分に言い聞かせておきます。)


昌益による「私制字書」。たとえば「月の部」の「有」の独自の見解。『安藤昌益全集 二』農文協、p338.

 その上で、互いが互いに北極星になるような、そんな星たちの世界について、姜さんと一緒に、語り合えることを幸せに思います。誰かが教えてくれたのですが、天道はかつて、北極星のことだった。いまはお天道様といえば太陽になってしまった、と。北極星が零落するのはなぜだったのでしょう。農耕(富の蓄積)と密接に結びついているような気もします。
 ここにふたりの北極星があります。金石範さんが嗚咽しながら4・3事件について語った場所に、私も何度かいたことがあります。国境と国境のほんの隙間のような場所から、日本語で小説を書くということの意味について金石範さんはお話されていました。ここでの日本語は生きて伝える手段です。金詩鐘さんの長い沈黙から語られた4・3事件の凄惨な場面。済州島の産土は、近代が喪った回復の手立てを、なんとかつなぎとめられるでしょうか。ひとが、その命をかけて精一杯輝くときの北極星。
 先だって、ようやく『金子文子と朴烈』を観ました。わたしはやはり、彼女の精一杯の命の輝かせ方に心を動かされました。社会主義とかアナーキズムとか名づけることもできないような〈文子の生〉だったと思っています。獄死したのが23歳、独房に入った期間が4年。ですから、娑婆で暮らしたのは、ほんの19年間ぽっちです。思想信条と名づけるにはもったいないほど未然の、しかし、精一杯の命の輝かせ方。そして、彼女の遺体を探し出して埋葬し、命の痕跡を留めた原稿を世に送り出した友人たち。それぞれが北極星。

 さてさて、足元のお話しです。南三陸までお越しになって、現地住民から「祭りより、復興だ」と言われたのですね。姜さんの問いが悠長に聞こえたのだとしても、同町民として、その現地住民に伝えたいのは「そんなこと言っていると、気がついたら産土の神や祭り共々、自分の町も無くなるだろう」ということです。もっとも、三陸沿岸で進められている復旧・復興事業は、言わば三陸の「近代化」ですので、近代化礼賛者にとっては大歓迎と思われます。だけど、これまでのような豊かさのステージではいられなくなるでしょう。姜さんには、漁師に話を聴いてほしかったんだなぁ。豊かさのステージが異なる漁師は直感で気がついています。それを伝えておけば良かったと後悔しています。またお越しください。


(南三陸町 戸倉の漁師たちが継承する「行山流水戸辺鹿子躍」。毎年8月14日早朝に地域の菩提寺である慈眼寺に奉納されている。慈眼寺本堂は、2011年の大津波で流出し再建の目途が立っていない。動画撮影:山内)

 

 それから、その「カチューシャかわいや」をわたしも聴いたことがあります。確かに、カチューシャかわいやだったと思います。それはナヌムの家へ訪れた時、ハルモニが口ずさんだうちの1曲でした。彼女は日本語、中国語、そしてロシア語でも唄いました。日本軍と共に移動する先々で片言の言葉と唄を覚えたのでした。それが身体に染み込んでいました。


ナヌムの家正面玄関 2010年1月 撮影:山内


光州ビエンナーレ 壷井明氏作品 ベニヤ板に描かれたアジア慰安婦の証言 2018年9月撮影:山内

 〈かたり〉と〈うた〉というのは、とても切ないものですね。
 またお手紙します。

5月5日、新緑の青葉山より
山内明美

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著者略歴

  1. 姜信子(きょう・のぶこ)

    1961年、横浜市生まれ。著書に『棄郷ノート』(作品社)、『ノレ・ノスタルギーヤ』『ナミイ 八重山のおばあの歌物語』『イリオモテ』(岩波書店)、『はじまれ』(サウダージブックス)、『生きとし生ける空白の物語』(港の人)、『声 千年先に届くほどに』『現代説経集』(ぷねうま舎)、『平成山椒大夫 あんじゅあんじゅさまよい安寿』(せりか書房)など多数。訳書に、ピョン・へヨン『モンスーン』、李清俊『あなたたちの天国』、カニー・カン『遥かなる静けき朝の国』、編著に『死ぬふりだけでやめとけや 谺雄二詩文集』(みすず書房)など。17年『声 千年先に届くほどに』で鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。路傍の声に耳傾けて読む書く歌う旅をする日々。

  2. 山内明美(やまうち・あけみ)

    1976年、宮城県南三陸町生まれ。宮城教育大学教育学部准教授。専攻は歴史社会学、農村社会学。日本の東北地方と旧植民地地域の双方をフィールドに、稲作とナショナリズムをテーマとする文化的政治にまつわる研究をしている。東日本大震災以後は、郷里の南三陸での農村調査も行っている。著書『こども東北学』(イースト・プレス)、共著『「辺境」からはじまる――東京/東北論』(明石書店)、共著『グローバル化の中の政治 岩波講座 現代4』(岩波書店)、共著『ひとびとの精神史 第3巻』(岩波書店)など。

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