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小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第17回 ウェルカム・シャオダオ

 1月にテウくんが広州から去り、3ヶ月がすぎた。中国の学校は2学期制なので3月からの授業を新たに申し込むこともできたのだけど、今年は春から夏にかけ、広州を離れることが多くなるため、学校に通える余裕がなさそうであった。
 テウくんに会えないことは寂しかったけれど、自分のクラスへの寂寞たる思いはまったくなかった。というのも、期末テストが近づくにつれ、仲のよかったクラスメイトたちがだんだんと教室から消えていき、最終的にテストを受けたのは最初の頃の半分程度の人数。テストが終わってもお別れ会的イベントがあるわけでもなく、いともあっけなく解散したのだった。
 ただ一つ、授業が終わりしばらく経ってから、呂ラオシー(先生)に名前を呼んでもらえないことをしみじみと寂しく感じ始めた。僕が語学学校に通い始めて一番の衝撃は、新たな名を手に入れたことだ。といっても、出席確認や授業中に、小島敬太という本名を中国語読みで呼ばれるだけなのだけど、コジマケイタではなく、シャオダオジンタイという、聴覚上、何一つ一致することのない、完全に別のものになってしまうことが新鮮な驚きだった。しかし、毎日シャオダオジンタイと呼ばれ、それにこたえているうちに、次第に新たな名前の響きが体に染み込んでいくようで、それが僕にとって、これから始まる新しい環境でがんばっていこう、というささやかな暗示になっていたのかもしれない。

 まあ、そんな一抹の寂しさを感じつつも、僕は中国生活の次のステップに向かいつつあった。いろんな幸運が重なって、台湾でのデビューが決定したのである。目標として掲げた中華圏の音楽業界への道が2019年に一気にひらけたのだった。
 僕のアルバムをリリースしてくれるのは、台北にあるWELCOME MUSICというレーベルで、昨年日本でリリースしたアルバム『はるやすみのよる』の台湾版となる。スペースシャワーミュージックの関さんが取り持ってくれた縁なのだけど、レーベルのホームページを見ると、他にも様々なジャンルの日本のアーティストがここからリリースをしている様子だ。関さんによると
「担当のUNOさんという人は、台湾の方ですが日本語も堪能なので、すごくやりとりしやすいと思います。」
とのことだ。

 僕はさっそくUNOさんに挨拶をしに、台北に行くことにした。別に、リリース前に必ず会わなければいけないという決まりがあるわけではないのだけど、挨拶の他にも、実は一つ相談したいことがあったのだ。それは名前についてである。

 僕の「小島ケイタニーラブ」という芸名はカタカナがない中華圏でライブをする際にうまく表記ができない。そのままカタカナで書いても読んでもらえないし、カタカナ部分を英語にし、小島KeitaneyLoveとしても、なんだかしっくりこない感じがする。というわけで、中華圏用に何かいい芸名がないか、長いこと考えていた。
 その中で一つ思いついたのは「ケイタニー」を中国語の発音でもじった
可以嗒你(keyitani)
である。しかし、それが洒落てるのかダサいのかもわからないし、いいか悪いかも皆目見当がつかない。
 それか、苗字を省略して、いっそのこと横文字
Keitaney
でいいような気もしてくる。
 いずれにしても中華圏の人に客観的に判断してもらうのが一番だ。というわけで、UNOさんに聞いてみることにしたのだった。言ってみれば、今回の旅は、「小島ケイタニーラブ」から新たな名前の何者かになる旅なのだ。

 UNOさんに自己紹介のメールを送ると、日本語の丁寧な返事が返ってきて、あっという間に会う日が決まった。待ち合わせは台北でWELCOME MUSICが経営している「羊毛與花coffee(羊毛とおはなカフェ)」という場所だ。

 広州を出発し、香港を経由して、そこからさらに飛行機で2時間ほど。遅い便だったので、着いたときには終電はとっくに終わっていて、空港で数時間過ごした後、始発の高速鉄道で台北の中心街まで行った。駅構内の喫茶店でモーニングセットを食べながら、ホットコーヒーを飲む。
 台湾に来るのは今回で3回目。初めて訪れたのは、5年以上前、台東で開催されたアミ族音楽祭に出演するためだった。その次は小説家・温又柔さんのイベントに参加しに、新北市に行った。その二回とも、僕は現地の人たちと中国語でコミュニケーションをしようともせず、片言の英語でなんとか切り抜けた記憶がある。しかし、今回、片言の中国語とともに改めて訪れると、今までよりも街の喧騒が、さらに立体的に感じられるような気がするのだった。みんなが何を喋っているかはもちろん大部分わからないのだけど、本当に少しずつだけど、確実に聞き取れる言葉が増えている。中国語の美しい響きや、力強い響き、この言葉とともに人々が繋がっていく、ネットワークの片隅に自分もちょっとだけ紛れ込めている気がするのだった。

 UNOさんと約束をしたのはお昼過ぎなので、まだ少し時間がある。「羊毛とおはなカフェ」は二店舗あって、新しい店舗の二号店で待ち合わせをしているのだけど、先に一号店に寄ってみようと思った。
 地下鉄に乗り、一号店の最寄り駅で降りる。目の前の大通りを隔てたところに、南国の葉っぱが茂る、とても美しい並木道がある。その並木道を歩いていくと、すぐに体がポカポカと暑くなり、着ていた薄手のコートを脱いだ。今はまだ1月下旬なのに、まるで日本の春のような陽気だ。地図を頼りに足取り軽く、道を曲がっていく。あと二つ三つ曲がった先にカフェはあるようだ。道を曲がるごとに、次第に人通りが増し、賑やかになっていき、気づけばカフェなどの飲食店が並ぶ一角に出ていた。学生街か何かだろうか、平日の昼前にもかかわらず、すでに多くの若者たちで溢れている。そこに「羊毛とおはなカフェ」の一号店があった。

 オープンしたばかりの店内は、僕が本日一人目の客のようだ。再びホットコーヒーを頼み、店内奥のテーブルに腰を下ろす。店の名前「羊毛とおはな」というのは日本の音楽ユニットの名前だ。中国語では「羊毛與千葉花」と書く。男女二人組で日本だけでなく、台湾でも大人気だったという。そんな彼らの台湾でのリリース元がWELCOME MUSICなのだ。ボーカルの千葉はなさんが2015年に早逝し、もうその活動を見ることはできないのだけど、店内の壁には、彼女がまるで今もそこで歌っているかのように、ライブの写真が所狭しと飾られていた。見ているだけで幸せな気持ちになるそのステージ姿に、グッと熱いものがこみ上げてくる。同時に、WELCOME MUSICのアーティストに対する愛の深さも感じたのだった。

 お客さんは次から次に店内に入ってくる。日本語は聞こえてこない。地元の人が多そうだ。二号店があるぐらいなので、相当繁盛しているのだろう。店のトイレのそばに、一匹の犬が座っているのに気づいた。柴犬のようだけど雑種かもしれない。キラキラした瞳で、おとなしくこちらを見ている。うーん、とても可愛い。おそらく看板犬なのだろう。近所に住んでいて、このワンコに会えるなら僕も毎日通ってしまいそうである。
 犬と戯れると、僕は二号店へ向け、店を出た。30分ほど歩いていけば店にたどり着くはずだ。たくさんの本屋さんやブックカフェを通り過ぎ、台湾大学のそばの落ち着いた一角に二号店を見つけた。待ち合わせより少し早めに店に着き、座りながら店内をキョロキョロと見回す。一号店はレンガの壁が印象的だったが、こちらの壁は真っ白で、窓から差し込む光が美しい。雨の日でもきっと綺麗だろう。こういう場所でアコースティックライブとかできたら素敵だな、と思った。そんなふうにぼんやり考えていると、大きなフレームのメガネをかけ、短髪で清潔感のある男性が声を掛けてきた。

 「小島さんですか?」
 「そうです、UNOさんですか?」

 丁寧かつ、無駄のないメールの文面から、もしかしたら冗談も言わないような人かも、という印象を持っていたのだけど、実際に会うUNOさんは全身から優しいオーラが出ていて、メールの何倍も人間味のある人に感じた。年齢は40代だろうか、しゃべり方も穏やかで、落ち着きがある。僕らは互いに自己紹介をし、よろしくお願いします、と握手をした。僕は広州の大きなスーパーで購入した名物風のバタークッキーのようなものを渡した。
「わざわざありがとうございます」
 眼鏡越しに、はにかむように笑う瞳が、さらにあたたかい印象を僕に与えた。彼は日本にいたこともあり、日本語が流暢なのだけど、なんと広州でも働いていたことがあるそうで、広州の話で盛り上がった。ライブハウスやお店など、共通に知っている場所があることが嬉しかった。

 話は僕の相談事に移った。芸名をどうすればいいか、という今回のメインテーマである。
 「えっとですね、芸名についてなんですが」
 僕はモジモジと自信なさげに口を開いた。
 「ケイタニーというのをもじって、可以…」
 僕の言葉を最後まで待つことなく、彼はビシッと強い口調でこう言った。
 「本名は小島敬太さんですよね。芸名もそれでいいと思います。」
 あまりの即答にもびっくりしたが、さっきまで緩やかな印象だったUNOさんが一気に仕事モードに切り替わったのを感じた。僕はとっさに別の名前も提案した。

 「あ、でも、Keitaneyとかもなんかニックネームっぽくていいかな、とか思ったり。どうですか、横文字の感じとか」
 UNOさんは少し考えて、首を振った。
 「やはり小島敬太がいいですね。ラジオで聞こえたときに、小島敬太(XiaoDao JingTai シャオダオジンタイ)の方が名前を覚えやすいと思います。」
 なるほど、ラジオで名前を聞く、というのは、確かに、レーベルならでの視点だ。経験にもとづいた彼のアドバイスは説得力があった。

 よくよく考えてみたら、今、本名を避けたい明確な理由も別にない。
 だったら、小島敬太でもいいかな、と思った。むしろ、UNOさんがこんなに強く言うのだから、小島敬太が一番いいような気がしてきた。
 そして同時に、呂ラオシーが毎朝呼んでくれた「シャオダオジンタイ」の響きを思い出した。そうだ、今の僕にとって一番思い入れのある中国語こそシャオダオジンタイではないか。

 「わかりました、小島敬太、シャオダオジンタイで行きましょう!がんばります!」

 こうして中華圏の芸名が決まったのだった。
 それからも今後の流れやリリースライブなどについて、僕らはひとしきり話して、席を立った。UNOさんは店の外まで見送ってくれた。見送りぎわ、彼は嬉しそうに言った。

 「『はるやすみのよる』、何度も何度も繰り返し聴いています。リリースに向けて一緒にがんばりましょう」

 僕たちはもう一度固く握手をした。そして僕たちは手を振って、それぞれの方角へ歩いていった。これから少し街をぶらぶらしてホテルにチェックインしよう、と思った。

 「シャオダオジンタイ、ウォーシーシャオダオジンタイ(我是小島敬太)」
 歩きながら、口の中で何度も繰り返す。新しい名前をもらいに台北まで来たが、僕の名前はずっと前からすでに決まっていたのである。毎朝名前を呼んでくれた呂ラオシーの声を思い出す。この名前を台湾の人たちに呼んでもらえるようにがんばろう。見上げた空は新しいスタートにふさわしく、雲ひとつなくて、ちょっとうまくできすぎなぐらいに青空なのであった。

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著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。
    2018年8月から広州在住。

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