白水社のwebマガジン

MENU

小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第16回 小さな恋のメロディ

 今日もテウくんとコーヒーを飲んでいる。授業終わりの、昼飯後の、行きつけのカフェ。いつもと何も代わり映えのない時間なのだけど、目の前の彼がもうすぐ韓国に帰ってしまうという事実は、静かに僕の心に渦巻いていた。

 かと言ってテウくんとの日々を思い返しても、一緒に旅に行ったりとか、祭りに行ったりとか、スポーツ観戦したりとか、これといって特別なことをしたわけではない。授業終わりに、昼飯を食べ、コーヒーを飲んで、ああだこうだとだべり続け、解散するだけの二人である。
 せっかくなら思い出作りに、もうちょっと、二人で遠出するとか、運動をするとか、そういったこともしたいところだけど、テウくんはそもそも大の運動嫌いで、基本的に移動すらしたくない様子なのだった。というわけで、いろいろ考えて、テウくんの好きなカードゲームを一緒にやろうということになった。

 テウくんは、嬉しそうにバッグからカードを取り出した。

 「これは有名なカードゲームなんです。日本で生まれたみたいなんですが、昨日中国のサイトで買ったのが家に着いたんです」

 と言って、そのカードを見せた。

 「これは『ラブレター』というゲームです。僕たちプレイヤーは西洋の王女様に恋した若者たちです。城に遣える人たちに協力してもらい、王女様へラブレターを届けるという設定のゲームですね」

 カードにはトランプのキングやクイーンのように、絵と数字が描かれている。その中で、一番強いのが8番の王女のカードで、7(大臣)、6(将軍)、5(魔術師)、4(僧侶)と順番に弱くなっていき、1の歩兵が一番弱い。
 最後に王女のカードを持っている人は、王女に辿りついたことを意味して勝利者となる。王女が不在の場合は、王女に最も近い数字の大きいカードを持っている人が勝ちである。
割と早く決着がつき短い時間でサクッと楽しめるため、一度ルールを覚えると楽しくてずっとやり続けてしまう。
 気づけば、テウくんと僕は、際限なく『ラブレター』をやり続け、昼食後に始めたはずなのに、いつのまにか夕闇が迫っていた。一戦終わればもう一戦、というふうに、もはや勝ち負けさえどうでもよくなる二人。何も深いことを考えずに、ダラダラとカードを切っているだけで、何ともいえない高揚感があった。カードは無意味に重なっていく。こうやってただ同じ時間を一緒に過ごしているということも、僕らなりの贅沢な時間だったのだな、と思えてくる。

 その一週間後、広東の友達と一緒にテウくんのお別れ会をした。nekogasukidaシャオニンである。つい先日、テウくんを紹介して、ご飯を4人で食べたのだけど、その後テウくんの帰国が決まり、それではお別れのカラオケ大会をしようということで再び集合したのだった。
 nekogasukidaが教えてくれた客村(クーツン)駅近くにあるKTVと呼ばれるカラオケ店に集合する。シャオニンは仕事の関係で遅くなるらしいので、ひとまず3人で始めることにした。
 中国のカラオケは日本のカラオケと似たようなシステムだけど、とにかく部屋がでかい。4人と言ったのに、15人ぐらいは余裕で入れるのでは、という部屋に通される。ステージがあり、スタンドマイクが置いてあった。食べ物のメニューが置いてあるが、唐揚げやフライドポテトといった軽食ではなく、火鍋や海南チキンライス、ツァイシンの炒め物など、普通の料理店のメニューがそのまま出てくる。僕らはひとまずコーラを3本頼み、美味しそうな食べ物を頼めるだけ注文して、歌い始めた。
 中国のカラオケマシンは日本とほぼ同じ使い方だ。歌手や曲名を入れると曲が始まる。ただ僕が想像していた以上に日本語曲がたくさん入っているようである。nekogasukidaが一曲目をさっそく入力した。
 目の前の巨大スクリーンにバーンと曲名が表示される。カタカナで『サライ』と書いてある。谷村新司と加山雄三が作った24時間テレビのテーマソングである。名曲には違いないのだけが、24時間テレビの最後に流れるぐらい壮大な歌なので、カラオケのしょっぱなに歌うにはまだ心の準備が間に合わない。それにしても、nekogasukidaはよくこの歌を知っているなあ。スクリーンを眺めると、そこには映像が映し出され、サライの歌詞とともに雪一面の景色が広がり、汽車が走っていた。

 「動き始めた 汽車の窓辺を」

 nekogasukidaが歌い始めた。寒い寒い北国だ。映像の中で、一人の男が物思いにふけり、車窓から外を眺めている。
 「流れゆく景色だけを じっと見ていた 」

 歌の合間にnekogasukidaは僕に言った。「さあ、みんなも一緒に歌って!」しんみりしたバラードだが、nekogasukidaは超ノリノリである。謎のテンションに僕も合わせるように、隣に置いてあるマイクを持った。

 「サクラ吹雪の サライの空は 哀しい程青く澄んで 胸が震えた」

 伸びやかに広がっていくサビのメロディー。まさか中国でこの歌を歌うとは思わなかった。隣でテウくんは「この歌知りませんねえ」と言って、イカの唐揚げをボリボリと食べている。

 何度も繰り返されるサビに心はどんどん盛り上がり、歌の終盤にはnekogasukidaと僕はかなりの恍惚感に満たされていた。

 「サクラ吹雪の サライの空へ いつか帰る いつか帰る きっと帰るから」

 改めて読むと、とてもいい歌詞だ。韓国に帰るテウくんに送る歌のようにも聞こえる。彼の胸にも響いているだろうか、とテウくんの方を振り向くと、「やっぱりこの歌知りませんねえ」と言いながら、コーラをものすごい勢いで飲み干していた。

 2曲目、僕はこの前ライブで歌ったJay Chouの曲を歌った。中国語の曲はまだ歌えるのが少ないので、自分の中では大事なレパートリーの一つである。nekogasukidaは「すごいねー」と言った。テウくんもさっきよりはノッテきた感じである。

 3曲目にテウくんが入れた曲は、再び日本語であった。nekogasukidaもテウくんも日本語が好きなだけあって、日本の曲も詳しい。僕よりも詳しいぐらいだ。スクリーンにタイトルが現れた。

 『小さな恋のうた』
 MONGOL800の名曲だ。テウくんが歌い出した。

 「あなたと出会い 時は流れる 思いを込めた手紙もふえる
 いつしか二人互いに響く 時に激しく 時に切なく」

 いい歌詞だ。ラブソングだけれど、恋愛だけでなく、普遍的な出会いと別れの歌とも言える。nekogasukidaも一緒に歌い出した。

 「響くは遠く 遥か彼方へ やさしい歌は世界を変える」

 テウくんが遠くに行ってしまう、ということが、急に実感を伴って、僕の中で響き始めた。胸がいっぱいになる。韓国はここからどれぐらい離れているのだろう。左のテウくん、右のnekogasukidaに挟まれて、僕も一緒に歌った。

 「ほら あなたにとって大事な人ほど すぐそばにいるの」

 涙がこみ上げる。歌いながら、目が涙でいっぱいになる。泣いてしまわないように、必死でメロディーを取った。大事な人ほどすぐそばにいる、そうだよな、今、テウくんも僕のそばにいるんだよな。と思った。曲は最後に差し掛かる。

 「夢ならば覚めないで 夢ならば覚めないで あなたと過ごした時 永遠の星となる」

 涙が止まらない。ついに声をあげて泣いてしまいそうになる。しかし、踏ん張ろう。まだ3曲目だ。今日は楽しい宴なのだから。最後まで歌いきり、泣いているのがバレないようにおしぼりで顔を拭いていると、遅れてきたシャオニンがハイテンションで入ってきた。いいところで来てくれたよ、シャオニン。

 そこからはシャオニンによる香港ヒットソングコンサートのようになる。前にあるステージのスタンドマイクを持って、マラカスを振りながらシャオニンは歌い出した。広東語の歌は普通語の歌とも雰囲気がまた違う。歌詞はよくわからないが、一緒に踊る。

 韓国語、普通話、広東語、日本語、英語の曲が脈絡なく流れ、歌い、踊る。カラオケは自由だな、言葉の壁をこんなに自由に超えられるんだ、と改めて思った。なんだかんだで4時間ぐらい歌っていた我々。歌いたい歌を歌い尽くし、満足感とともに部屋を出た。そして、地下鉄に乗り、余韻に浸りながら4人で最後のおしゃべりをする。テウくんは明後日の早朝の飛行機に乗り、韓国のテグに帰るそうだ。これでもうしばらく会えなくなる。僕とnekogasukidaとシャオニンは「みんなでテグまで遊びにいくね」と言った。テウくんはちょっと考えてから、
 「いいですけど、テグはソウルのように観光地が多いわけではないのですから、来ても楽しくないかもです」
 と言った。僕らは、もちろんそんなことはどうでもいい、と言った。こうやってなんでもない時間を一緒に過ごせることが、何よりも素敵なことなのだ。地下鉄はテウくんの降りる駅に止まった。

 「じゃあ、また」

 彼はいつもと変わらずニコニコしながら手を振った。僕もいつもと変わらずに笑った。また会おう。テウくん。


JASRAC許諾第9022741001Y38027号


ID000005648

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。
    2018年8月から広州在住。

ランキング

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2019年4月号

ふらんす 2019年4月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

webふらんすのおすすめ本

英語原典で読む経済学史

英語原典で読む経済学史

詳しくはこちら
  1. jiji.com
閉じる