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小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第13回 冬きたりなば

 広州に冬が来た。日本で冬といえば、秋から少しずつ肌寒くなり、葉っぱも徐々に色が変わって、切ない気持ちやいろんな気持ちを整えてから、いざ冬に突入、という感じだけれど、広州は少し違うようである。街の木々には緑色の葉っぱが茂り、景色は夏から変わらない。申し訳程度に一瞬、秋風が吹いたなあ、と思ったら、いきなり気温がぐんと下がって、すとんと冬になった。
 どんなに仲の良い友達でも家に来たらチャイムぐらいは押してもらいたいわけで、この街の冬のように、前触れもなく、いきなり自分の隣にいる、というのはなかなか慣れそうにない。

 そのせいか、体調が思わしくない。気づけば広州に来てから、4ヶ月以上が過ぎていた。日本に一時帰国することも多かったので、それを差し引いても、すでに3ヶ月はこの街で過ごしていることになる。だいたい3ヶ月ほど過ごすと体調を崩すと聞いたことがあるけれど、それに近いのかもしれないと思った。

 まずは肩こりから始まった。最近、肩がこるな、今日は特にひどいな、と思っていたら、次に口内炎ができた。広州に来てから初めての口内炎だった。しばらく経っても口内炎の治りが悪く、食べづらくなりイライラしてくる。そのうち寒気がしだした。その寒気もどんどんひどくなっていき、これは風邪を引いたな、と思い、風邪薬を飲んでベッドの上で布団をかぶった。朝になり、寒気はおさまったが、今度は謎の吐き気に襲われた。

 店で食べ物を見ただけで、胃がむかつくように感じて、気持ちが悪くなってしまい、体が受け付けないのだ。特に、油には体が過剰に反応した。僕はこの3ヶ月の間、ぎとぎとの油で魚を茹でた料理を毎日のように美味しく食べていた。本当に美味しいと思っていたのだが、今は見るだけで吐き気がしてもうダメだ。

 油を使っていない料理を食べようと思い、お粥のお店に入るものの、口に入れた瞬間に、気持ちが悪くなり、箸を止めた。米が食べられないというよりも、どうやら使っている水に拒否反応が出ているような気がした。水には、その中に含まれるカルシウムとマグネシウムの量をあらわす硬度というものがあり、この二つの量が多ければ硬水、少なければ軟水というらしい。日本と中国の水はこの硬度が結構違って、中国は硬水、日本は軟水になるという。思い返すと、お粥だけでなく、ムムム、水の口あたりやコーヒーの飲み心地も飲み慣れた日本とはなんだか違うではないか!(←今さらかよ)元気なときは何も思わなかったが、余裕なき僕の心はいきなり硬水に対しても苛立ちはじめ、挙げ句の果てには硬水のペットボトルを見ただけで吐き気がしはじめた。

 本来、「水と油」とは仲の悪いことを表す例えだけど、このたび仲の悪いはずの「水と油」がまさかの最強タッグを組んでいきなり僕を襲ってきたわけである。「何を食べればいいんだ!何を飲めばいいんだ!」と半ばパニックになりながら、ベッドの上に倒れこむ。苦しい。なんなんだ、この違和感は。

 次第に心も暗くなってくる。頭が重くなり、同時に体も重くなってきた。毎日たくさん寝ているので、体自体は元気なはず。しかしその体をコントロールしている脳が明らかに疲れ始めているようだ。
 勉強のために毎日聴いていた中国語のラジオが一気に耳にうるさく感じた。窓の外を見ると、大量の人間が交差点を行き交っていた。いつも通りの光景に恐怖を感じはじめた。

 再びベッドに仰向けに寝転び、僕は日本を発つ前に受けた海外生活セミナーで聞いたある言葉を思い出した。心理学の教授である白髪の講師が語ったことだ。

 「人間は新しい環境に順応しようとする人と、順応できない人がいます。順応できない人は体調を崩すというイメージがあると思いますが、それに限ったわけではないんです」

 「新しい環境に順応し、とても楽しく生活している人がいきなり胃に穴を空けたりするんです。それはなぜかというと、人間はどんなに楽しい、と思ってることでも、それは一種のストレスなんですね。だからストレスが溜まることで体的には負担がかかってるんですね」

 「つまり何が言いたいかというとですね、慣れない海外生活でノーストレスなんてないんです!楽しんでても体は疲れてるんです。だから新しい環境で体や心に負担があるのはしょうがない、と最初から諦めていたら少し気持ちが楽になるかもしれません」

 確かに、この3ヶ月の間、僕は中国生活を非常に満喫しているつもりであった。現地の食べ物も積極的に摂取し、満員電車でタックルしてくるおっさんやカフェで大声を出す隣のおっさんに驚きつつも、日本との文化の違いを楽しんでいるつもりでいた。いわば観光旅行の延長のような感覚がまだあったのかもしれない。はしゃぎ続けた3ヶ月の電池がいきなり切れたのだろうか。

 始まったばかりの広州の冬はしんしんと底冷えがした。せめて何か食べようと、這いずるように外に出てひとふさのバナナを購入し、バナナだけを食べ、学校に通う。
 この数ヶ月で慣れてきてはいるものの、お店の人や先生が早口で喋る中国語はまだまだ聞き取れない。しかし、今の精神状態では、聞き取れないということが、さらに自分の気持ちを暗くした。僕はこの街から歓迎されていないような孤独感を急に感じた。

 次第に僕は部屋に閉じこもるようになった。水も飲めないので、ひとふさのバナナだけが友達である。朝起きて、バナナを食べ、ベッドの上でボーッと天井を見つめ、空が暗くなってくると、またバナナを食べる。まるでジャングルの心優しい動物のような穏やかな生活である。

 「明日の土曜の午後、遊びに行きませんか」

 ジャングル生活も(全然ジャングルじゃないけど)、一週間近くが経ったころ、nekogasukidaからメッセージが届いた。僕が「ワタシ、ゲンキナイ。バナナタベテ、シズカニイキテイル」みたいなことを片言で返信すると、「そうですか、ひとまず会って街を歩きましょう!」と半ば強引な感じでさらにメッセージがきた。

 翌日、少しめんどくさいな、と思いながらも、待ち合わせの広州タワーの麓に向かった。昼間のタワーも夜と同じくらい観光客で溢れ、人の多さにさっそく吐き気がする。その中からニコニコと手を振る姿がある。nekogasukidaだ。彼の隣にはもう一人、黒い革ジャンを来た男がこちらを見ていた。スポーツ刈りが2センチほど伸びたような髪型に黒ぶちのメガネ。年齢は見た感じ30代前半ほどで、nekogasukidaより2、3歳年上といったところだろうか。

 nekogasukidaに声をかけると、彼は隣の男を紹介した。

 「彼は職場の友達のシャオニンです。広州に詳しいので一緒に街を案内します。日本語はしゃべりませんが」

 彼はニーハオと言って、モニャモニャと何かを喋った。多分簡単な中国語なのだけど僕には聞き取れない。簡単な挨拶さえできないのか、と僕の自信がまた一つ減っていく。

 しかし、僕の曇った表情は気にもとめず、シャオニンはニコニコしながら、中国語で喋り始めた。もはや何一つ言っていることがわからないけれど、この街を案内してくれているのはわかる。彼は西の方角を指差して、我々一行をズイズイと先導していった。川の対岸に大きなスタジアムのようなものがある。シャオニンはいきなり空手のようなポーズをした。隣のnekogasukidaが、「あそこでアジア選手権の大会が行われたんですよ」と日本語で説明してくれた。

 さらにシャオニンは歩みを進め、川岸に泊まっているフェリーを見つけると、くるっとこちらに振り向いて、まるでマジシャンのように、ポケットからゴソゴソと3枚の紙を取り出すと、僕の前でひらひらとさせた。乗船券である。どうやら今からあれに乗るということらしい。

 彼にくっついてフェリーに乗る。先日nekogasukidaと見た電飾まみれのフェリーと比べると飾り気は皆無で、観光目的ではなく、あくまで日常生活の移動のための水上バスのようだ。乗り込むと一階の質素な4人席に腰を下ろす。乗客に観光客はおらず、地元の人ばかりのようだ。皆、それぞれに日々利用しているいつもの席にまっすぐに進み、座ると外の景色も見ずにスマホなどを見始める。毎日乗っている公共機関なのだからそんなものだろう。ややあってフェリーは動き出す。

 窓から対岸の景色が見えた。シャオニンは再び西の方向を指差した。そして、早口の中国語で喋りはじめた。僕がポカンとしていると、nekogasukidaが説明してくれた。
 「今から西の方に行きます。西に行くにつれて、どんどん昔ながらの街並みになるんです。東が発展していて、西は発展していないから」

 この日は天気がよく、船内は快適だった。フェリーはブルルン、ブルルンとエンジン音を響かせながら、珠江を進んでいく。川面も至近距離から覗くと、思った以上に濁っていて、とても綺麗とは言い難い。しかし黄河、長江に並ぶ文明を支えた大河だけあって、懐の深さというのか、なんとなく威厳のようなものを感じなくもない。シャオニンはそんな川面を指差して、大げさに手を広げると、次にその幅を小さくした。ビッグとスモールのジェスチャーのようだ。何かの差異を表しているのだろうか。nekogasukidaが言った。
 「昔はこの川はすごく汚かったんです。ですが最近大きな掃除をしました。そしたら”すごく汚い”から”ちょっと汚い”になりました」
 なるほど、川も川で様変わり中なのだな、と思いながら、我々を乗せたフェリーはちょっと汚い川をさらに西に進んだ。

 数十分ほど乗ると、フェリーは黄沙という船着場に泊まった。そこから少し歩くと、古い3階建ぐらいの建物が並ぶ一角が現れた。ここは沙面島(シャーメンダオ)と言われ、イギリス・フランスの旧租界地だという。100年以上前のヨーロッパ建築が150棟ほど並ぶ、広州随一の観光スポットだ。これらの建物は領事館などとして使われていたようで、当時の雰囲気を留めている。かつて、清朝の時代、この地は中国で唯一外国との交易が認められていた場所だという。時代は違うけれど、言うなれば長崎の出島のような感じだろうか。

 今度は大きな公園が見えてきた。沙面公園だ。我々3人は公園の中に入っていく。たくさんの人が集まっているところがあったので、そこに向かうと、アイドルたちが撮影会をしていた。彼女たちは紫や黄色などカラフルなセーラー服を着て、一眼レフを構えた30人ぐらいのおっさんに囲まれてポーズを決めている。中国では現在、コスプレが流行っているらしく、アイドルだけでなく、セーラー服を着て街を楽しそうに歩いている人を見かけることも少なくない。おっさんたちの周りには、さらに野次馬たちが群がってスマホでその様子を撮影していた。

 シャオニンはそんな光景も、一つ一つ指差して、丁寧に説明してくれた。彼はとにかく喋り続けているけれど、常に僕のことを気にかけてくれているようだった。
 週末は、ただでさえ人の多い広州がさらに人で溢れる。いつもなら観光地に行くだけで、右から左からいろいろな人にぶつかって、人混みに押しつぶされそうになる。今日の広州タワーも沙面も凄まじい人の量だけれど、まだ誰にもぶつかってないことに気づいた。よくよく見ると、隣を歩いているシャオニンがときおり先ほどの空手のポーズのように手を広げたりしながら、僕に人がぶつからないように、ガードしてくれている。
 nekogasukidaに紹介してもらったとはいえ、まだ出会って数時間の関係である。それなのに、体を張って守ってくれているシャオニンに感動してしまった。

 公園を歩いていると、この前、nekogasukidaと一緒に目撃したようなおばさんたちの踊りも目に入ってきた。nekogasukidaはその様子を見ながら、
 「シャオニンも踊るんです」
と言った。シャオニンは
 「踊るけど、このおばさんみたいな踊りじゃないよ!」
となぜかムキになり、自分のスマホを出して、ムービーを見せた。
 そこには、彼が通っているダンス教室の先生の踊りが流れていた。コンテンポラリーダンスである。シャオニンはウィークデイはnekogasukidaと一緒にIT関係の仕事をし、週末はこの教室に通っているようだ。

 ダンス以外に歌も好きだという。「香港のBEYONDというバンドは僕が日本にいた頃よく聴いていたよ」と言うと、シャオニンは「これ知ってる?」とBEYONDの歌を歌い始める。広東語の歌詞だが、僕もその曲の日本語版の歌詞を知っていたので、一緒に口ずさんだ。「今度みんなでカラオケに行こう」と熱く盛り上がる。

 シャオニンの喋る中国語は早口だし、最初は何一つわからなかったけれど、徐々に何を言っているかわかるようになってきた。もちろんすべてはわからないけれど、彼のジェスチャーと合わせれば、単語としてだけ覚えていた言葉が具体的なイメージを伴って心に入ってくる気がした。気づけば、僕も片言の中国語で喋り出していた。

 空気がさらに肌寒くなった。夕闇が迫り、街には夜が近づいていた。さっきからずっと歩いていたからか、バナナしか食べていない僕のお腹はぐーっと鳴った。まるでその音が聞こえたかのように、シャオニンが振り返って言う。

 「フルーツのデザートは好きか」

 僕はバナナしか食べていないので、フルーツなら食べられそうである。僕がうなずくと、「じゃあデザート食べに行こう」と言って、地下鉄に乗り、北京路という観光地に向かった。ナタデココやタピオカのようなものを売っているスイーツ店があり、そこに入る。僕はマンゴーのアイスを食べた。数日ぶりにバナナ以外のものが体に入る。アイスが静かに染みた。美味しかった。そして、僕の体が新たな食べ物に刺激を受けたのか、先ほど感じた空腹がさらに大きくなった。どこかで迷子になっていた食欲が、「遅れてごめんよ」と言って戻ってきたような感じだ。今なら、あれだけ気持ち悪く感じた水も油も受け入れられるような気がする。

 食べ終わると、シャオニンは
 「じゃあ、今からスープを飲みに行こう」
と言って立ち上がる。デザートが最初で、スープがその後、というのも日本ではあまり馴染みのない順番だが、今の僕の体には最高の流れだ。
 「行こう行こう」
 歩きながら、今から飲むスープは炖品(ドゥンピン)というのだよと教えてもらう。とろ火で煮込んだスープのことを言うらしく、 広東人の彼らにとって大好物らしい。

 そのまましばらく歩くと、文明路という通りの途中に、人がたくさん並んでいるお店を見つけた。そこがスープのお店なのだった。看板には大きく「原味炖品」と書いてある。素材の持ち味を活かしたスープ、ということだろうか。決して大きくもなく、豪華な店構えでもない。列にはあまり観光客風の人もおらず、ローカルの人気店という雰囲気だ。さっそく行列に並び、一人一杯のスープを買う。一杯といっても小さな椀とかではなくて、ココナッツの実を丸々くりぬいたものに、とろとろに煮込んだ烏骨鶏のスープが入っているのだ。3人でココナッツの実を持って、飲食スペースに向かう。歩いているだけで、ココナッツの甘い匂いが鼻を包み、幸せな気持ちになってくる。僕のお腹はいつのまにか目の前のスープを強烈に求め始めていた。もう我慢できない。僕は椅子に座るやいなやレンゲを握り、スープを口に入れた。

 熱い液体が口に触れた瞬間、じっくりと煮込まれた烏骨鶏の油が口内の粘膜を包んだ。そして同時に甘いココナッツのフレイバーが口の中に広がった。その甘さのおかげなのか、水も油も、一切体が受け付けなかったこの一週間が嘘だったかのように、烏骨鶏のスープは暖かく優しく食道を流れ、「ただいま」と言いながら、家に帰ってくるかのような自然さで、体の中に入ってくる。食道を温め、胃を温め、スープの熱が体中に散らばって、指先や体の隅々まで温めていく。体の温度を色で表すならば、この5秒ぐらいの間に、冷えきった青い体がまるでグラデーションのように一気に赤くなっていくような感覚だ。

 スープは薄く塩味が効いていて、それがさらに素材の甘さを際立たせている。もし僕の体が一つの音楽ホールだとすれば、ココナッツの甘さは会場に響き渡るオペラ歌手のスイートボイスだった。最初は静かにゆっくりと、そして最後は力強く、ホールを共鳴させ、無数の倍音を生み、幸せな余韻を残していく。僕のホールはかつてないほどに響いていた。その響きに呼応するように、体の奥から、忘れていたエネルギーやインスピレーションのような、いろいろな前向きなものが蘇ってくる気がした。

 満たされる、というのはこういうことを言うのだろうか。美味しい、という言葉を言う暇などなかった。言葉の代わりに口からほかほかと湯気が出た。ただひたすらスープを口に運んだ。
 「うまい、うまいよ、、、」
 僕は誰に言うでもなく、目を閉じた。体の奥が、心の奥が震えていた。少し涙が出そうになった。

 僕は目を開けて、二人に言った。
 「フェイチャンハオチー。ツォンウォーライチョングオ、ズイハオチー(とても美味しい。僕が中国に来て一番美味しい)」

 二人は目を広げて、ニコニコした。シャオニンが言った。
 「そうですか。そうですか」

 隣でnekogasukidaが続けた。
 「美味しいですよね。僕たちはスープを毎日のように飲みます。スープは広東人にとって大事なものなんです」

 この一週間、この街に溶け込めない、疎外感を強く感じていた。けれど、そんな僕を地元でできた友人が純粋に仲間として受け入れてくれた。彼らが案内してくれた広州という街がこのスープに溶け込んで、ようやく僕の胃袋にも、心にも、温かく入ってきたような気がした。

 今日のスープの味は生涯忘れることがないだろう。冷え切った体はすっかり温まった。

 スープを最後の一滴まで飲み干し、顔をあげると、二人はまだ半分も飲みきっていない。シャオニンが口にスープを含みながら、こっちに向けて親指を立てて笑った。

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著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。
    2018年8月から広州在住。

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