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小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第12回 体が資本主義

 この前友達になったnekogasukidaが広東料理のお店に連れていってくれるという。18時に会う約束をし、運行情報アプリで地下鉄のルートを調べ、余裕をもって家を出たのだが、中国の帰宅ラッシュをなめていた。ホームには人が溢れ、やってくる電車はすし詰めの状態。あまりの人の多さになかなか電車に乗り込めず、二度も地下鉄を乗り過ごしてしまった。

 日本の地下鉄は大体、ホームに止まって扉が開くと、降りる人を優先すると思うのだけど、中国(少なくとも僕が住む広州)では少し様子が異なる。ホームでは電車が着く前から大量の乗車客が臨戦態勢で待っており、扉が開くと同時にドワっとなだれ込む。また同じように、電車の中からも降車客たちがホームにグワッと吐き出されるので、乗る方も降りる方も人をかき分けかき分け進むのである。

 こうやってただ移動しているだけなのに、すでに熾烈な競争が行われていることを考えると、中国で生き抜いていくには、言葉や才能より何より、体力が必要な気がしてくる。実際、公園ではたくさんの人がジョギングなどをしているし、近所のジムも毎日大繁盛で、みんなそれぞれに体を気にかけている様子だ。

 そんなことを考えているうちに、ようやく電車に乗ることができた。15分遅れで待ち合わせ場所にたどり着くと、手を振ってnekogasukidaがにこやかに出迎えてくれた。
 「大変でしたね。電車は怖いね」
と言いながら、
 「今日は広東料理を案内します」
と言って歩き出した。

 僕たちが待ち合わせしたのは、PVの撮影もした、広州の中心地の珠江新城(ジュージャンシンチャン)からすぐ近く。しかし、PVのようなネオトーキョー感はそこにはなく、きらびやかな電飾も少なくて、昔ながらの中国の商店街という感じであった。

 彼は歩きながら、
 「ここは中国の下町です」
と言う。観光客も少なく、ここにいるのはほぼ地元の人たちだと思われる。活気と生活感に溢れたよい街だと思った。

 数分歩くと、二階建ての古びた広東料理専門店が見えてきた。専門店というよりも、食堂といった雰囲気に近く、店内には円卓が並ぶ。客層を見ると、家族連れからシニアまで幅広く、近所の人たちが気軽にふらりときているようだ。
 「一人ではこういう店では食べないけど、誰かと一緒だときますね」
と言いながら、二階の窓際、街を見下ろせる席に座った。

 広東生まれのnekogasukidaオススメの品を食べることにする。まずは蒸した鶏を半羽分に切り分けた料理が運ばれてきた。皿の上には、トサカのついたままの頭部が無造作に置いてある。鶏と目が合うような気がして頭はとても食べられなかったが、生姜入りソースの絶妙な塩味が柔らかい肉に染み込んで、とてもハオチー(美味しい)。

 次に運ばれてきたのは牛肉と野菜の炒め物だった。
 「これは広東の家庭の味です」
と言って、nekogasukidaは嬉しそうに箸をのばした。
 「この味が好きなんです」

 僕も食べてみる。味は日本で食べるチンジャオロースーに似ていて、街の中華料理屋の定食料理にあるような炒め物といった感じだけれど、日本で食べるより少し塩が控えめな感じがした。肉厚の牛肉と、チンゲンサイ風の野菜、それぞれの素材感が強く出ておいしい。

 続いて、野菜とピータンが入ったスープも運ばれてきた。野菜は先ほどの肉炒めと同じチンゲンサイ風の野菜だろうか。そう思っていると、彼は心を読んだのか
 「似ているけど実は違う野菜なんですよ」
と言って説明してくれた。
 「この二つは似ているけど、こっちの方は菜心(ツァイシン)で、こっちは芥兰(カイラン)と言います。菜心は柔らかくてスープに入れると美味しくて、もう一方は硬くて炒めるといいね」
 確かに、交互に食べてみると、見かけはそっくりだけど菜心はほの甘く、芥兰は苦い。ちなみに菜心も芥兰も広東省の代表的な野菜だという。野菜にもそれぞれ個性があるのだな、と当たり前のことをしみじみ感じながら、野菜やフルーツみたいな植物にとっても、この地はのびのびと個性を生かせる過ごしやすい土地なのかもしれないと思った。

 たらふく食べた我々はウーロン茶を飲みながらしばらくぼーっとした。彼は湯呑み茶碗を空にすると「少し散歩しましょう」と言った。
 ここから30分ぐらい歩くと、街の中心、珠江新城にたどり着くらしい。珠江新城には僕も地下鉄やタクシーで何度も行ったことがあるが、この日歩く道は地元の人たちしか知らないとっておきの散歩ルートといった感じで、入り組んだ小さな路地に入ったりしながらnekogasukidaは軽やかに進んでいく。

 ちなみに珠江新城の「珠江」というのは川の名前である。北京の黄河、上海の長江のように、広州には珠江という大きな川があり、この川を中心に広州は発展し、近年はさらに、この川沿いに高層ビル群がグングンとそびえ立って、急速に開発が進んでいる。
 しかし川の対岸は、昔の名残をとどめた比較的静かな公園地帯となっていて、地元の人を中心に、ウォーキングやジョギング、犬の散歩をする人たちがたくさん集っているのだった。

 僕らはこれといった目的もなく川沿いを歩き出した。水面に映るビル群の光が風を受けてチャプチャプと揺れている。秋になった広州の風は半袖だと少々肌寒いが、薄い上着を一枚羽織れば暑くも寒くもなく、最高に気持ちいい。たくさんの人たちが散歩をする気持ちがよくわかる。
 川には、まばゆいばかりの電飾をつけた船たちが右に左に行き来している。まあ、「まばゆい」というよりは、どちらかというとドギツイ光である。ありとあらゆる電気の色をこれでもかと船に散りばめたようで、見ていると目が疲れてきた。nekogasukidaが指差して言う。
「船はお昼は2元ぐらいで乗れるんですけど、夜は100元ぐらいになるんです」
 めちゃくちゃボッタクってんじゃん!と思ったが、この街の高騰する物価を考えると、まあまあありうる値段設定かもしれない。船に目をやると、甲板の上の観光客たちが体を乗り出して、珠江新城をバックに記念撮影していた。

 船を横目に歩きながら、僕らは散歩中の犬たちとすれ違い始めた。小さなマルチーズから、人間ぐらいの大きさのシベリアンハスキーまで、ほとんどがリードをつけておらず、自由に散歩を楽しんでいる。小さな犬は可愛いとしても、さすがにシベリアンハスキーはリードぐらいつけてほしいのだが、犬たちはみなジェントリーで、決して暴れたりせず、地下鉄に乗り込む人間たちの方がよっぽどけたたましい印象なのだった。

 それにしても犬が多い。多すぎる。足元にはマルチーズやチワワが走りまわり、最後はゴールデンレトリバーまで現れた。なんだか人間の方が犬の群れに紛れ込んでしまったような感覚にとらわれていると、少し遠くから音楽が聴こえてきた。聴き覚えのある曲だ。

 『小苹果(リトル・アップル)』  作词・作曲:王太利

 你是我的小呀小苹果儿
 (君は僕の小さなりんご)

 怎么爱你都不嫌多
 (どれだけ君を愛しても足りない)

 红红的小脸儿温暖我的心窝
 (真っ赤なお顔が僕の心を温める)

 点亮我生命的火 火火火火
 (僕の命の火をつける 火 火 火)


 それは広州で知り合った友人が最初にオススメしてくれた筷子兄弟(チョップスティックスブラザーズ)というアーティストの曲であった。最近中国全土で大ヒットしたらしく、知らない人はいないほどの有名曲なのだそう。

 ずんずんと響くビートと軽やかなメロディーは、ダンスミュージックでありながらも、どこか少し民謡風でもあり、ほのかにダサく、その野暮ったさがこの曲が愛される魅力でもあるのだろう。さらに音が聴こえる方に近づいていくと、そこには大量のおばさんたちが『小苹果』に合わせて踊りを踊っていた。同じ振り付けをしているのだけど、とても揃っているとは言えず、バラバラである。かと言ってふざけているわけではなく、まったくもって真剣で、全員が無表情のまま、一言も喋らずこの謎の舞を黙々と踊っているのであった。
 パッと見の印象だけで言うと、ラジオ体操とエアロビクスと太極拳を足して3で割り、怪しいところだけ濃縮させたような感覚なのだけど、不思議と見ていると惹きつけられてしまう。
 素人目で見ても、お世辞にも上手いダンスとは言えないが、ラジオ体操みたいに、上手い下手はあまり関係なく、人が集まって同じことをすることにこそ意味があるのだろう。
 nekogasukidaは振り向いていった。
 「こうやって踊ることを広場舞(グァンチャンウー)と言いますよ。広場で舞う、と書きます」

 おばさんたちによるこのような舞は広州に来てから僕も何度も見ていたのだが、ずっと疑問に思っていたことがあった。それは、広場舞をしている人のほとんどがおばさんであることである。おじさんはいないのだ。あまりにも気になったので、nekogasukidaに聞いてみると、
 「おばさんがご飯を食べた後に健康のために踊るんですね」
と教えてくれた。なぜおじさんはいないのか、と聞くと
 「おじさんは踊るのが恥ずかしいからですね」
と言った。
 「食後におばさんが踊っている間、おじさんたちは何をしているんですか」
 「ぶらぶら歩いています」
 我々もその例にもれず、すでにぶらぶら歩く中国のおじさん予備軍なのであった。

 そんなわけで中国のおじさん予備軍の我々がぶらぶらと歩いていると、目の前に街のシンボル、広州タワーが見えてきた。タワーの高さは600メートル、中国で一番高い建物らしい。このタワーは先ほどの船よりさらに眩しく電気をいっぱい使い、夜になると始終7色に光り続けながら街を照らしている。今夜も相変わらず眩しく光っているなあ、と思いながら見あげていると、タワーの電光掲示板のような部分に大きく漢字で「青花郎」表示された。

 青花郎と書いてある。あれはどういう意味だろう。nekogasukidaが言う。
 「あれは中国のお酒の商品の名前ですね」
 宣伝っていうこと?
 「そうです。あれは宣伝ですね、、広州はそういうところがダサいんですよ!」

 普段温厚なnekogasukidaが突然広州をディスり始めた。広州の隣町、東莞(とうかん)で生まれた彼は大学生のときからずっと広州に住んでいるのだけど、広東の首都とも言えるこの街に対し完全には好きになれない感情を抱いているようであった。
 彼はきらびやかなところよりも、落ち着ける場所の方が好きなので、こういった電気ギラギラでイケイケの眩しい感じに馴染めないでいるようだった。

 「でも、ここの道は僕が好きな感じです」
 我々が歩く、喧騒から離れたこの公園は彼にとって大切な場所のようであった。そのとき僕はこの日、授業で「生活(ションフオ)」という言葉を習ったことを思い出した。
 「nekogasukidaにとって、理想のションフオはどういう生活?」
 彼は少し考えると、日本語でこう言った。
 「自由と自立」
 自由と自立、どういうことだろうか。尋ねてみると、彼は村上春樹の本について語り始めた。
 『走ることについて語るときに僕の語ること』という本があって、それを読んだら、村上さんが「自由と自立」と言ってました。僕もそういう生活が憧れます」

 中国の本屋には、村上春樹の本がとにかく多い。山積みになっていて、とても売れている様子だ。春樹作品を中国語で読もうと思ったことはなかったけれど、nekogasukidaと同じ本を同じ言葉で読めたら素敵だな、と思った。中国語の勉強にもなるだろう。明日は本屋に行って買ってこようと思ったのだった。

 そのまま僕たちは結局2時間ぐらい歩いていた。僕はだいぶヘトヘトだったが、彼は疲れていないようだった。週末に時間があるときには、ジョギングしたり、卓球したり、体を動かしているそうで、「僕も体が鈍っているから一緒に何か運動をしよう」と彼に言うと、「いいですね」と笑った。

 僕らは駅まで歩き続け、地下鉄に乗った。先ほどのラッシュが夢だったかのように、地下鉄は空いていた。座席に座って二人で次の計画を話す。彼はニコニコしながら提案してくれた。
 「今度は広州タワーに実際に登りましょうか。バンジージャンプもできますよ」
と言った。
 あんなに高いところからバンジージャンプ?と想像するだけでクラクラしてくるけれど、バンジーはやらないにしてもぜひ登ってみたいと思った。
 「あと、広州の山も一緒に登りましょう。ここもバンジーができます」
 バンジーはしなくて大丈夫だけど、広州の山にもぜひ登りたい。
 「他には、あの遊園地もオススメです。動物園もプールもありますし、バンジーもできます」
 どの選択肢から選んでも、なぜかバンジージャンプになってしまいそうな気配なのだけど、とにかく会うのを楽しみにしながら、僕らは手を振って別れを告げたのであった。

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著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。
    2018年8月から広州在住。

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