白水社のwebマガジン

MENU

小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第10回 メイソウする人々

 僕の住んでいる広州には「メイソウ」(名創優品)という生活雑貨を扱うお店がある。世界50か国以上に店舗を広げる人気店なのだけど、第一号店はここ広州に開店したらしい。家の近くにも店舗があったので、せっかくなので行ってみることにした。

 メイソウは日本でも一部ネット上で話題になったことがある。なぜ話題になったかというと、よく言えばその柔軟な模倣性、悪く言えばパクリだ。赤地の背景に白抜きで「メイソウ」と書かれたカタカナ四文字のロゴは「ユニクロ」を思わせる。いや、完全にユニクロだ。それに加え、店内の品揃えはどこか無印良品を思わせるもので、価格帯と名前はダイソーにも似ている。

 ちなみにメイソウは本社の所在地を東京にしている。だから、中国生まれのはずなのだけど、あくまで日本の企業として中国国内でも展開しているのだ。よって各商品には日本語の説明文が付いていて、パッと見ると、日本のブランドだな、と思うのだけど、よくよく読むと、その文章が翻訳アプリで適当に生成したようなめちゃくちゃな日本語だということで一時期ネットで盛り上がったのだった。

 そんなメイソウの店舗に実際に入ってみる。小ぎれいで整然とした店内は確かに無印良品を彷彿とさせた。ちょうどほしかった単3電池と歯ブラシを買い物カゴに入れる。値段はそれぞれ10元(170円から180円ぐらい)。ものによっては高いものもあるが、ダイソーのような100円均一の感覚で生活雑貨を揃えられる。

 歯ブラシのケースには日本語で説明が書いてあった。(以下原文ママ)


 極細毛歯ブラシ やわらかめ

 超コンパクト
 高い擦掃効果を実現

 1. 磨きやすい
 2. 素早くキレイ
 3. 痛がらない


 なんとなく意味はわかるが、どこかほんのり怪しさが漂う日本語だ。
 電池に書かれた説明も見てみよう。(以下原文ママ)


 単3形アルカリ電池

 取扱い上の注意事項
 1. 使わない前に、涼しいところに置いてください。
 2. 違ったブランド、違った類別、或いは新旧電池を混んで一緒使わないでください。
 3. 長期間で使わなければ、電池を取り出しでください。
 4. 玩具ではありませんので、少児に接触と使用されないでください。

 意味はわかるが、やはり「どこか惜しい」感じである。

 こういった怪しげな片言の日本語は今も昔も恰好のネタであり、似たようなものがネットにもたくさんアップされている。読みながら僕も笑ってしまうけれど、考えてみれば、これはやや“上から目線”の笑いなのではないかと思い始めた。日本語ネイティブが日本語習熟度の低いものを見下すような構図と言えなくもない。と、そんなことを考えるようになったのも、今は僕自身が片言の中国語話者だから、自分の身に置き換えてしまうのかもしれないな。

 言葉の習熟度といえば、先日面白い話を聞いた。日本に一時帰国して詩人たちの集まりに参加したときのことだ。みんなで詩について語ったとき、小・中・高校で詩のワークショップを行っている詩人から、「小学生の書く詩と高校生の書く詩は全然違う。小学生の自由な詩が高校生になると途端に面白くなくなる」という話が出た。すると、こんな意見があがった。
 「もしかしたらそれは社会性の習得と関係があるのかもしれませんね。言葉の習熟とともに、社会性を身につけていく中で、詩の持つ自由な発想が減っていくのかもしれません」

 なるほど、と思った。裏を返せば、たとえ大人になったとしても、社会性という名のフィルターを外すことができれば、柔軟な発想が生まれ、詩は生まれるのかもしれないと感じた。

 さて翻って、メイソウである。僕はメイソウの商品を眺めながら、件の詩人たちの会話を思い出していたのだった。例えば、この一見怪しいメイソウの日本語たちを”文法的に正しくない”とバッサリ切り捨てることは簡単にできる。しかし、これを詩として見れば、素晴らしく斬新で、新たな日本語の可能性を広げる言葉たちかもしれない。
 目の前の大きなパネルに日本語で書かれたメイソウのキャッチコピーを、社会性のフィルターを外しながら読んでみよう。

 「ここから無限に広がるハッピーライフを「いいね!」をいつもあなたに。」

 まず注目すべきは「無限」という言葉のインパクトだ。「ハッピーライフ」というライトな印象の言葉に「無限」がつくという意外性。ただの生活雑貨の説明文にはない、時空が少し歪んでいくような奥深さ。
 さらに「ハッピーライフ」と「いいね!」という二つの近い意味の言葉が連続するのも印象的だ。普通なら、二つの言葉の間に「、」(読点)や「と」などをつけてしまいがちだが、メイソウはそんな姑息な手段は使わない。「を」の連続技である。二つの言葉のそれぞれの後ろに「を」をつけて並べることで、一瞬にして読みづらさが際立つ。しかし、決して意味不明ではなくて、意味はよく伝わる。ただ少しだけ読みづらい感じ、微かな違和感が読み手の胸に生まれてくる。その違和感が、最初の「無限」と呼応し、時空はさらに歪み始め、僕の意識は一気に混沌とした宇宙空間に連れていかれるのであった。

 こんな短いセンテンスで、宇宙に連れていかれてしまうのだから、やはりこの言葉たちは詩なのである。もし同じ言葉を使って詩を書けと言われても、日本語の文章に慣れてしまった僕(社会性に囚われてしまった僕)には絶対に思いつかない作品なのだ。

 と、そんなふうにポジティブに捉えられるのも、やはり今自分が未熟な中国語話者だからなのだろう。このキャッチコピーの作り手も、僕と同じ、未知の言葉に向き合う同志なのだ、と勝手に親近感を覚えたのだった。

 この短いメイソウ滞在時間で、怪しい印象が180度ポジティブなものに変わってしまった。今や、僕にとって、メイソウは詩的なセンス溢れる、値段もリーズナブルで便利な店だ。他にも欲しかったものを購入し、来るときには想像もしなかった満足感に包まれて家に帰ったのだった。


 そんなわけで、この数カ月ですっかりメイソウ色に染まってしまった僕なのだけど、先日、広州の空港に行ったときにある出来事に出くわした。地下の広東料理の食堂で麺を食べていると、テーブルの片付けをしていた二人の従業員が何やら話している。二人は共に女性で、30代後半と40代後半ほどに見受けられる。何を話しているのか、僕にはさっぱりわからないけれど、二人の会話は少しヒートアップしているようだった。

 そのとき、一人が「メイソウ」と言ったのが聞こえた。すると、もう一人がいきなり怒り出し、何かをまくしたてた。すると、さらに、大声で「メイソウ!」と言い返した。その瞬間、頭の中でプロレスのゴングが鳴った気がした。麺をすする客たちはその場に取り残され、二人の喧嘩が完全に始まったのだ。食器を片付けながら言い合うので、気づけば僕の座るテーブルを挟んで二人は大声で罵り合っていた。なんだか僕が怒られているような気持ちになるが、彼女たちは一体何をこんなに言い合っているのだろう。僕は急いで辞書でメイソウという言葉を調べたが、そんな単語は見つからない。ということはやはりお店の「メイソウ」のことを言っているのだろうか。大声でまくしたてる二人の中国語に合わせ、僕は頭の中で思いつくままに勝手な同時通訳をした。

 従業員1「あんたはメイソウのこと何も知らないのよ」

 従業員2「あんたにメイソウの何がわかるっていうのよ!」

 従業員1「じゃあ、メイソウのいいとこ今から10個あげてみなさいよ」

 従業員2「メイソウはそんなんじゃないわ」

 従業員1「ほら言えない、あんたにとってのメイソウはそんなもんなのよ、さっさとメイソウから手を引きな」

 従業員2「何を貴様生意気な;@ー@k:;「_・、!!!」

 そんな感じのことを喋っているのだろうか。広州の人はこれほどまでにメイソウを愛しているのか、と思いながら、僕は麺をすすった。

 喧嘩はそこから20分ほどたっても終わらず、途中で仲裁に入った料理長の話にも二人は耳をかさず、最終的に料理長も切れ出して三つ巴の喧嘩になったところで、今度は席で麺をすすっていたおっさんが「お前らうるさいんじゃ!」という感じで立ち上がり、なぜかその喧嘩に加わった。完全にカオスな現場に取り残され、僕はどんぶりを見つめながら、とっくに食べ終わった麺をスープの中に探すふりなどをしたのだった。

 しかし、白状すると、そのとき僕はどんぶりをつついているだけではなかったのだ。録音をしていたのである。スマホを見るふりしながら、録音アプリを立ち上げて、その喧嘩の一部始終の音声を収めていたのだ。まあ、ただの盗聴なのだけど、彼らの叫んでいるメイソウの意味がどうしても知りたかったのだった。

 後日、いつもお世話になってるヤオチンにこの音源を聞いてもらった。ヤオチンはイヤホンに耳をあて真剣な表情で聞き入っていたが、いきなり静かにくくっと笑った。

 「これはですね、メイソウじゃないですね」

 え、でも何度も大きな声で言ってますよね、メイソウって。

 「これはメイソウじゃなくて、没说(メイシュオ)って言ってるんです。彼女は“自分はそんなこと言ってない!”って言ってるんですね。」

 ふーん、でも、とてもメイ“シュ”オには聞こえないんだけどな。

 「メイシュオは北京の方の発音ですから、巻き舌になって、シュが強調されるのですが、広東の発音になると、巻き舌が減って、シュがスに近くなるんですね。だから、メイシュオがメイスオになって、メイソウに聞こえるんですね」

 こうして、メイソウ事件の謎は解けたのだった。結局は、従業員の間で、作業の段取りについて「言った」「言わない」で喧嘩になっていただけのことだけど、僕がメイソウのことばかり考えていたために、すべてがメイソウに聞こえてしまったのかもしれない。

 最初はどうでもいいと思っていたメイソウなのに、暇があると、なぜだかついメイソウのことを考えている。思い切って社会性のフィルターを外したはずが、逆にすべてがメイソウ色に見えてしまうメイソウフィルターになってしまった気がしなくもないけれど、まあしばらくはこの感覚を楽しむことにしよう。無限に広がるメイソウライフがそこに待っているのだから。

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018 年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。

ランキング

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2018年12月号

ふらんす 2018年12月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

webふらんすのおすすめ本

英語原典で読む経済学史

英語原典で読む経済学史

詳しくはこちら
  1. jiji.com
閉じる