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小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第9回 中国の出会い系にハマる

 最近アプリにハマっている。出会い系のアプリである。と、だいぶ語弊がある書き方をしたけれど、あながち嘘でもなく、その名の通り、SNS(ソーシャルネットワーク)アプリを使って知り合った人々と電話したり、会ったりしているのだ。
 僕が住んでいる中国ではtwitter、Instagramなどの日本で人気のSNSが見られないとされている。いろいろな方法を駆使すれば見られないこともないのだけど、表向きにはしっかりと規制されている。じゃあ、中国ではどうしているかというと、twitterやInstagramの機能そっくりのSNSがあるのだ。機能はほぼ一緒なのでそれらのサービスを使えば十分楽しめるし、日本ではまだ知られていないものもたくさんある。

 そんな中で、最近「HelloTalk」というSNSアプリを始めた。中国・深圳(シンセン)で生まれたこのアプリは、僕の通っている語学学校でも流行っている。自分の日常を言葉や写真などでタイムラインにアップして、いいね、をもらったり、利用者同士で一対一のチャットをしたり、twitterやInstagramとそんなに変わらない気もするのだけど、他とは違う特徴がある。それは語学学習に特化しているということだ。
 まず、最初に登録する際、自分は何語を喋り、何語を勉強しているかを入力する。僕の場合は、日本語を喋り、中国語を勉強している、と書く。同時に広州に住んでいることや、簡単な中国語でプロフィールを書いていく。
 登録すると、その情報からマッチングが行われ、中国語を喋り、日本語を勉強したい人のリストが目の前にバアッと現れる。そこには日本に留学中だったり、中国に住んでいたり、という利用者たちの情報が書かれている。


 Aさん 東京留学中
 「日本語を勉強しています、よろしくおねがいします」

 Bさん 北京在住
 「初めまして、中国のカザフ族ですから、中国語とカザフ語が話せます。X-Japan FOREVER」

 Cさん 香港在住
 「初めまして、よろしくお願いします。私の興味はゲームやウクレレの演奏です。皆さん、日本語を教えてください!」

 Dさん カナダ在住
 「私はカナダに住んでます。私は日本語を悪いいる、でも私は自分がベストを尽くします!よるすくおねいがいします!」

 日本語を勉強したい気持ちがひしひしと伝わる素晴らしいプロフィール。僕の書いた片言の中国語のプロフィールもこんな感じで読んでもらっているのだろうか。
 しばらくすると、僕のスマホがぶるっと震え、チリンッという小さなチャイム音が鳴った。「HelloTalk」がメッセージを受信したらしい。早速メッセージを見ると、マッチングされた人から「你好」というメッセージがあり、僕も返した。チャットが始まる。

こんにちは! はじまして!

「はじめまして。友達になってもいいですか、日本語を勉強したい」

はい、ぜひお願いします。我也想学中文(僕も中国語を勉強したい)!

「はい、よかった。あなたは私の最初の日本人の友人です」

我在广州开失去语言学校本月。我中文不好。(私は広州の語学学校に今月から通ってます)

 するとこんなメッセージがきた。

我在广州开失去语言学校本月 ✖️
我从本月开始去广州的语言学校 ✔︎

 これがこのアプリの醍醐味、添削機能である。返信フォームの中にメッセージを添削する機能があるのだ。
 こんなふうにお互いに片言の言葉でやりとりしながら、ネイティブが読んで気づいたところや誤りは添削してもらえる、というサービスである。この機能は本当に便利で、一対一のやり取りでなくても、タイムラインに何かポストする際、見た人が文章を添削してくれる。一度に数人が添削してくれるときもあるが、どう添削するかは人によって違いが出たりするので、最終的には何が正しいか自分で考えなければいけないのだけど、書いた瞬間に、赤ペン先生のようにすぐに添削してもらえるというのは、今の時代ならではの素晴らしいことだと思う。

 添削機能に夢中になってスマホをいじっていると、今度は他の人からメッセージが届いた。プロフィールには、メガネをかけた20代半ばくらいの女性の写真がある。天津在住とのことだ。

你好。请问等一下你有时间通话吗?
という彼女のメッセージをさっそく翻訳機能を使って、翻訳してみる。すると、
「こんにちは。ちょっと話せる時間ありますか?」
というような日本語の文章が出てきた。「話せる」と書いてあるが、今、知り合ったばかりである。さすがにいきなり電話というわけでもないだろうから、これはチャットのことを言っているのだろう。チャットできる時間はもちろんあるので、

你好。我有时间!
と答えた。すると

好的,等我10分钟可以吗?

という返事が来た。翻訳すると、「10分待ってくれますか?」ということだが、10分後にチャットしましょう、ということなのだろうか。
 10分が経ち、いきなりスマホが長くぶるる、ぶるる、と震え出し、同時にリリリリ、リリリリという断続的なベルの音が鳴り始めた。メッセージ受信の短いベル音とは明らかに違う、これぞまさしく「HelloTalk」の電話着信音なのだった。

 出会ったばかりの、しかも顔も知らない女性からのいきなりの電話に僕はかなり戸惑った。しかし、今彼女が天津にいるとしたら広州からはだいぶ遠いのだから、まあ、電話に出たとしても大丈夫だろう(何が大丈夫なのかわからないけれど)ということで思い切って電話に出た。
 あまり怯えていてもよくないので、僕は大きな声で
「你好」
と言って電話に出た。(あとで知ったのだけど、こういうときは「もしもし」の中国語「ウェイ」と言えばいいらしい)

 すると、電話口で
「あ、こんにちは」
という穏やかな声が聞こえた。いきなり電話で話せる? とメッセージが来たので、どこか勢いのある、強い感じの声を想像していたので、少し拍子抜けする。

「うぉ、うぉ、ウォーシーシャオダオチンタイ(わ、わ、私は小島敬太です)」

「あ、はじめまして」

 お互い片言の挨拶をしたが、向こうは日本語が堪能で、いろいろと喋り出した。彼女は最近まで大学で日本文学を学んでいたらしい。今は天津で働いているが、日本語を話せる知り合いが周りにいないので、「Hello Talk」を使って一緒に勉強する人を探していたらしい。

 天津と聞いて僕の中では反射的に天津飯が浮かんでいた。ご飯の上に、熱々でトロトロの卵を乗せたあの料理である。僕はとっさに言った。
「ウォーシーフアンチー天津飯!(天津飯好きです)」
 とはいえ、実のところ天津飯は別に好きでも嫌いでもないのだが、地元の食べ物を好きと言われて悪い気はしないだろう。だから、やや嘘をついて、天津飯が好きです!と伝えたのだった。すると、想像を斜め上にいく答えが返ってきた。

「え、天津飯とは何ですか?」

「?」

「天津ではそんな食べ物聞いたことないですよ」

 びっくりして、とっさにネットで調べると、天津飯はなんと日本発祥らしい。名前だけ天津とつけているだけで、どうやら天津料理とは何も関係ないという。

「天津飯ってどんな料理ですか?」

 そう聞かれて、答えに窮する。僕も好きだと言ってしまった手前、天津飯の素晴らしさを語らなければならない。

「ええと、卵、卵です。ご飯に卵がのっていて、卵と米のマッチングがとても美味しいんです」

「オムレツですか?」

「違います。違います。卵がトロトロしてるんです」

「トロトロって何ですか。ヌルヌルとは違いますか」

「いえ、ヌルヌルじゃないです。近いけど、ちょっと違いますね。ええと、トロトロは、、、」

 結局トロトロを説明できないまま、アワアワしているうちに、沈黙が流れ始めた。実際に顔を合わせていれば言葉をなくしても気にならないけれど、電話越しに沈黙していると、相手の表情も見えず本当に「無」音になってしまった感じがして、無性に切ない気持ちになってくる。
 そんな空気を察したのか、彼女は唐突に
「あ、友達が来たので切ります。ありがとうございました」
と言って、通話を切った。時計を見ると、気づけば30分ぐらい経っていた。緊張しつつも、結構楽しく喋っていたようだ。

 会話の余韻に浸っていると、再びメッセージのチャイムがチリンと鳴った。今度はnekogasukidaというニックネームの人からの連絡だ。もう止まらない。
 ニックネームから察するに、おそらく猫が好きなのだろう。写真はもちろん猫の写真である。プロフィールからは性別はわからないけれど、同じ広州に住んでいるらしい。僕はメッセージでいま华南师范大学に通っていることを伝えると、「私も华南师范大学にいましたよ!」と返信が来た。すごい偶然だな、と思いつつ、このまま話が盛り上がりそうな雰囲気だったが、顔も見えない人たちと立て続けにコミュニケーションすることに若干疲れてきて「ではいつか会えたらいいですね」という曖昧な返事をしたまま、アプリを閉じた。


 翌日、いつものように語学学校に登校するためにキャンパスを歩いていると、突然、「小島さん!」と声を掛けられた。中国で小島さんと声を掛けられることは皆無なので、驚いて振り向くと、背の高い、優しそうなメガネの青年が立っていた。彼は自分のスマートフォンを僕に見せた。その画面には、HelloTalkの僕の写真が載ったプロフィールページがある。
「小島さんですよね。私はnekogasukidaです」
「ああ、あなたがnekogasukidaさん!」
 彼はこのキャンパスのすぐ近くに住んでいて、今から仕事に行くという。キャンパスを抜けて地下鉄の駅に向かうところであった。初対面にもかかわらず、あまりの偶然に、我々のテンションも一気に上がり、明日の夜、一緒に晩御飯を食べましょう!と約束をした。

 その翌日の夜、約束通り我々は会った。彼のオススメという日本料理居酒屋に行く。生ビール中ジョッキを注文し、明太子うどんというものを食べながら、ときに日本語で、ときに中国語で語った。彼の日本語に、僕が中国語で答えたり、その逆もある。言いながら間違えた箇所はその時点でお互い指摘する。つまりはアプリのやりとりが現実世界に移行しただけである。

 彼は広州の隣の街で生まれ、大学生の時からずっと広州に住んでいるらしい。大学では数学を学び、大学院でも引き続き勉強して、今は広州のIT系企業で働いているとのことだ。大学のときに日本人の友達ができた縁で日本語を勉強し始め、一年ほど集中して勉強していたが、友人が日本に帰ってしまったため、最近は全く勉強しなくなってしまったとのことであった。だから久しぶりに日本人と友達になれて嬉しいとのことだった。あと猫が好きなのでnekogasukidaと名乗っているが、実際に猫を飼ったことはないのだという。僕はスマホで知人の愛猫の写真を見せながら、「僕も猫が好きだ」と言った。

 彼は先月、初めて日本に一人旅したらしい。そのときの写真を見せながら、東京から大阪までの新幹線や京都のトロッコの乗車券などを嬉しそうに財布から出して見せてくれた。中でも河口湖のオルゴール館の入場券を大切そうに取り出すと、彼は河口湖の素晴らしさについて語り出した。
「私は静かなところが好きです」
「広州や東京は夜も明るいですが、河口湖は夜暗くなるね」
「湖綺麗だね」
 写真を見せながら、彼は幸せを噛みしめるように語った。

 中国の人が話す日本語は、元々の中国語の発音の関係か、とても大きく声がよく通るという印象があったのだけど、彼の声はとても小さく、穏やかで、どちらかというと消え入りそうなぐらいである。しかし、弱々しいわけではなく、どこか浮世離れした仙人のようなところがある。中国語を話しているときの彼もやはり静かで優しくて、目をつぶって聞いていると、湖畔に船を浮かべて、仙人と二人で談笑しているような気持ちになってくる。広州のこんなガヤガヤした街中にも、若い仙人がいるのだ、と思った。

 たくさんの写真のあと、彼は「そのほか、気づいたことをまとめました」と言いながら、スマホのメモアプリを取り出すと、旅で書いたリストを見せてくれた。若き仙人はマメである。画面いっぱいに書かれた中国語を上から順に僕に説明してくれた。

「東京はエスカレーターで右側を開けますが、大阪は逆でした。」
「広州の地下鉄の改札は最初閉まっていてカードをかざすと開きますが、日本の地下鉄は最初開いていて、カードのチャージが切れていると閉じます。」
「東京より大阪の方が好きです。東京と京都は少し雰囲気が似てる。」
「奈良の鹿用の煎餅を私も食べました。」

など、たくさんの情報を共有してくれた。二週間の滞在でこれだけ書き留めたのか、というほどぎっしり書かれたこのノート、全て見せてもらいたいと思った僕が
「よかったらアプリのメッセージでテキストをぜひ送ってください」
と何気なく言うと、彼は笑いながら
「それはあなたが直接行って見つけた方がいいですよ」
と楽して情報を手に入れようとする僕をさらっとたしなめた。

 いやはや、その通りかもしれないな。今では、調べたいこともネットですぐわかるし、便利な時代だ。実際にその便利さのおかげで僕たちは知り合うことができたけど、本当にお互いの心に残ることはそれぞれが経験した話ばかりだ。どんなに便利な時代になろうが、酒を酌み交わし、お互いの知ってることを語り合って、仲を深める、というのは江戸の街角でも、唐の長安でも、同じように行われていたことだろう。

 そう思えば、自分に正直に、どんなに片言でも、思ったことを曲げないで伝えていくのが一番よいのかもしれない。自分の確信の持てない適当な情報でごまかしたりするのはもうやめようと思った。

 家に帰ったら、卵のトロトロの意味をちゃんと調べて、天津のあの子に送ろう。あと、天津飯は、実は好きでも嫌いでもない、ということを言おう。

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著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018 年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。

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