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小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第8回 広州初ライブ(本番当日篇)

 10月20日。中国での初ワンマンライブをすることが8月に決まってから2ヶ月。ついに当日が来た。

 場所は「星星酒店」という席数70ほどのライブスペースだ。広州でももっとも文化的でおしゃれなスポットと言われている区画にあるビルディングの5階にある。
 赤を基調にしたステージは普段はジャズのライブなども行われているらしい。本番の2時間前に会場に着くと、オープニングアクトで演奏する広州のアーティスト「陈劭康(チェン・シャオカン)」がリハーサルしていた。アコースティックギターの優しいストロークの中、小太りの体から温かくて美しいメロディーが溢れていた。
 写真で見る姿より何倍か膨張して見えたが、今日のイベントは間違いなくハートウォーミングなものになるのでは、という予感がした。初めて会うアーティストだけど、思い切って手を上げてHi! と声を掛けると、満面の笑みで応えてくれた。これだけで今日のライブは半分以上成功したようなものだ。

 しばらくすると、奥からデビッドが出てきた。機材の確認など、細かい打ち合わせをして、僕もリハーサルを始める。音響さんは紳士的かつ、とてもやりやすく、いい感じだ。最後に雨の効果音がうまく再生できるか、綿密にチェックした。

 気づけばオープンの時間が迫っていた。僕とチェンくんが舞台右横の楽屋で待機していると、程なくオープンとなった。少しずつお客さんが入ってきているようだ。楽屋にはカーテンがあって、めくると会場の様子がわかる。本番10分前にはもう満席になっていた。

 楽屋でチェンくんといろいろ喋った。彼が広州出身で日本が好きなこと。日本に何度も来ていて、日本語を勉強したいと思っていること。それなら僕も中国語を勉強したいから、一緒に勉強しようと話していると、チェンくんの出番になった。

 彼のライブは20分間。それが終わると、僕が80分歌うことになっている。リハーサル通り、チェンくんの温かいライブが終わり、あっという間に出番になった。
 今までいろんな場所でライブをしてきたし、最近では緊張することもほとんどなくなっていた。しかし、この日の僕は凄まじく緊張していた。口も指も震えていた。最初の「ニーハオ」を言えるかどうかさえ自信がない。

 ステージに上がり、深呼吸をして、「ニーハオ」と言う。怖くて会場を見られない。すると、「ニーハオ」という返事が会場からかえってきた。嬉しかったが、次に返す言葉も見つからず、そのまま俯いたままギターを弾きだした。最初の40分ほどは無我夢中で歌い、台本に書いた中国語をしゃべった。自分が日本から来たこと、歌を作って歌っていること、今年の夏に中国に来たことなど、教科書通りに無事しゃべったが、それがお客さんに届いているかはわからなかった。なぜならお客さんの顔を見られなかったからだ。

 なぜだか理由はわからないけれど、弾き語りライブを10年以上続けていて気づくことがある。お客さんの顔を見て歌うのと歌わないのとでは、会場の響きが違って聞こえてくるのである。不思議なもので、俯いたまま歌うと、声が会場に響いていないように感じる。そして、お客さんの心にどれくらい響いているかわからなくなってどんどん自信をなくしていく。だけど、顔を上げて歌うと会場が響きだし、お客さんが感動してくれているのがわかるのだ。そういうことをわかってはいるものの、その日の僕は顔を上げることができずにいた。「まいったなあ」と思ったが、なかなか顔を上げられない。心の動きははっきりと体に出るものだな、と思う。

 そして中盤、雨の歌のシーン。僕はパソコンから雨の音を再生した。会場が雨の音に包まれる。このとき、僕はテウくんのアドバイスを思い出した。「キーワードとなる単語をしっかり発音すれば文章がちゃんとしてなくても伝わりますよ」という趣旨のことを彼は教えてくれたのだけど、その通り、今は雨の効果音に力を借りて、最低限の言葉でコミュニケーションしてみようと思った。

 僕もお客さんと一緒に雨の音に耳を澄ます。そして深呼吸して心を落ち着けていく。中国語で「雨が降る」は「下雨」。「下」の発音は、ええと、確か、ガンダムの、、、頭の中にシャアの姿が浮かんだ。僕は声を一段大きくして、ゆっくりと
 「シャアユウ、シャアユウ(下雨、下雨)」
と言った。

 顔を上げて会場を見る。そこには見知った顔がたくさんあった。BOBOさん、焼きオレンジ先生、そして、呂ラオシーやテウくんたち語学学校の仲間たちも来てくれていた。ありがたかった。その瞬間、心がリラックスしたのか、僕の頭に他の中国語の単語がブワッと溢れてきた。僕はもう何も怖くなかった。どんな下手なカタカナ発音だって、僕の仲間たちはきっと受け止めてくれるということを知っていたからだ。みんなの顔を見ながら単語を一つ一つ言った。

 「シャーティエン(夏天)、グアンマン(光芒)、チウー()」
 夏、光、車、そして雨、いくつかのキーワードを丁寧に発音し、僕は『サマーライト』を歌い始めた。


 『サマーライト』

 ポツリポツリ窓を叩いて、雨のビート流れてく
 サイドシート座って君は夏の夜に咲く曼珠沙華
 曇りガラス指でなぞって君が描く未来世界
 あと二時間で僕らだって明日という名の歯車の中へ
 君の体からあふれだす
 甘くて儚い水滴にまだ溺れたい


 曲が終わると、今日一番の拍手が起こった。よし、手応えありだ。このまま、今日のために練習してきた中国語のカバー『安静』を歌う。譜面台に乗せた歌詞を見ながら、イントロを弾きだす。うまく発音できるかは気にしない。ただ心を込めて歌おう。


 『安静』   作詞・作曲:周杰倫

 你已经远远离开 我也会慢慢走开…(中略)…
 (君はもう遠くへ行ってしまった 僕もゆっくりと歩いていく)
 我会学着 放弃你 是因为 我太爱你
 (きっと君のこと諦められるようになるさ こんなに君を愛しているから)

 ところどころ怪しいところもあったと思うが、なんとか歌いきった。まずまずの拍手が起こった。とっさに
 「我的中文,没问题吗?(僕の中国語大丈夫?)」
と言ったら、大きな拍手がかえってきた。
 「下一首歌也是浪漫的。(次の歌もロマンチックな歌です)」
 「我的朋友ヤオチン翻译我的诗。我给大家读一下儿。(友達のヤオチンが僕の詩を翻訳してくれました。ちょっと読ませてね)」
 ひと呼吸置き、僕は『月圆蝶舞(十五夜バタフライ)』を読み始めた。ゆっくりと、丁寧に、そしてカタカナ発音に徹する。だいぶたどたどしいけれど、お客さんが耳を澄ませてくれているのがわかった。
 朗読が終わり、『十五夜バタフライ』を歌い出す。とてもいい感じで歌えた。さらに今日一番の拍手が起きた。

 その後、数曲を終え、ライブが無事終わると、アンコールが起こった。はじめての中国語ライブで1ステージを無事終わらせることに頭がいっぱいで、アンコールのことをまったく想定していなかった。
 どうしようか、考えた結果、僕の知っている中国語で内容の説明ができる歌が一曲あることに気づいた。それは『友達の友達』という歌だ。
 この歌は、脚本家のふじきみつ彦さんによる詞に僕がメロディーを付けたものなのだけど、詞がシンプルで、奥深く、素晴らしいのである。


 『友達の友達』

 この友達の友達は、あの友達の友達
 あの友達の友達は、その友達の友達
 友達の友達の友達、友達
 友達の友達の友達
 友達の友達は僕の友達の友達の友達


 この歌を歌う前に、歌詞を中国語で説明する。単語の数は最小限で済む。「(朋友)友達」「(是)は」「(这个)この」「(我的)僕の」などさえわかっていれば全て説明できるのだ。
 「这个朋友的朋友是那个朋友的朋友…」
 会場は笑いに包まれた。笑ってくれる理由はよくわからないが、なんだか楽しんでくれているらしい。
 「朋友的朋友是我的朋友...」
 言いかけたところで、僕はハッとした。BOBOさん、焼きオレンジ先生、呂ラオシー、テウくん、もちろんデビッドも、今日の会場は、まさに僕の朋友が集まっているのだ。この2ヶ月、いろいろな場所でできた友達が一同に会してくれている。僕は台本に書いていないアドリブをした。
 「你们都是我的朋友!(あなたたちはみんな私の友達です!)」
 アンコールは最高に盛り上がった。熱気とともにライブは終わった。

 CDのサイン会をしているとテウくんがやってきた。
 「敬太さん、よかったでしたね」
 「ありがとう!よかったでした!」

 サイン会が終わり、片付けをして、ライブハウス2階の打ち上げ会場に向かう。そこはおしゃれなバーで、屋外に広いテラス席があった。ビールを注文して待っていると、デビッドが降りてきた。彼は、乾杯してしばらくのあいだはニコニコしていたが、すぐに険しい顔になった。そして静かに英語で喋り始めた。
 「今日はお客さんもいっぱい入ったし、最初のライブとしては良かったと思う。まずおめでとう。でも、あのカバーはよくなかったよ。俺は嫌いだね」
 僕が歌った中国語カバー曲のことである。
 「あれはすごく有名な曲だし、みんなが知っているポップソングだけど、君があの曲を歌う必要はないと思う。これから何かカバーしたくなったら、俺に相談してくれないか」
 自分としては、まあまあうまく歌えたと思っていただけあって、この発言にはびっくりしてしまった。曲の出来不出来というよりも、そもそもの曲のチョイスの話なのだった。
 確かに、僕は中国語の曲をほとんど知らないから、有名曲というだけでこの曲を選んだことは否めない。実際、会場にいた多くの人は一緒に口ずさんでくれた。しかし、中国でこれからやっていこうとするアーティスト(僕のこと)としては、これからのアーティストイメージにも関わるから、選曲はもっと慎重にすべきじゃないか、ということなのであった。
 僕はすでに中国に住んでしまっている。日本から中国ツアーに来て、すぐ帰っていくアーティストとは違う。そんな僕に的確かつ厳しいアドバイスをしてくれたのだった。ビールで酔っ払い始めた脳みそも一気に冷静になった。もっと真剣に一曲一曲を考えていかなければいけないな。
 「また、落ち着いたら次のライブも決めよう」
 そう言って、デビッドは手に持ったビールに口もつけず、颯爽と帰っていった。彼の後ろ姿を見ながら、僕は二杯目のビールを注文した。それから緊張が一気にほぐれたのか、急激に酔っ払っていくのを感じた。テラスから広州の夜空を見上げる。空気は今日も湿気が多く、ベタベタと肌にまとわりついたが、いつになく優しく感じた。酔っ払って記憶を失う前に、今宵を胸に刻みつけよう。ここからがスタートなのだ。

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著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018 年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。

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