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小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第5回 熱烈歓迎世界各国留学生(後篇)

 朝の音が好きだ。どこかで鳴く鳥の声を背中で聴きながら、お店が開く前の商店街などを歩いていると、心がスーッと澄み渡る気持ちになる。僕が住んでいる広州の朝もそれは同じだ。9月から市内の語学学校に通うことになった僕は7時に起き、8時30分からの授業に間に合うようにすべての生活を変えた。早ければ23時ぐらいには寝てしまうし、夜深くまで酒を飲むこともめっきり減って、比較的健康な時間を過ごしているといえよう。

 初日は、まずクラス決めから始まった。事務室で面談があり、各自の実力に合わせてクラスの割り振りが行われる。中国語がまったくできないことを伝えると、初心者中の初心者のクラス「A4」に行くように言われた。普通に読めば、A4「エイフォー」だが、中国語で読むと「エイスウ」である。僕は晴れてA4班「エイスウバン」の生徒になったのであった。校舎はA棟とB棟があり、1フロア各4部屋ずつ、7階まであり、相当な人数の学生たちが集まっている。隣には留学生用の宿舎(スーシュー)があり、留学生たちは朝から晩まで大学の敷地から一歩も出ずに生活だってできてしまう。校舎は決して新しくなく、毎日何かしら工事中である。僕の入った部屋A4も先日まで工事をしていたような形跡があり、天井からときどき謎の白い粉がパラパラと机の上に落ちてくる。
 僕が入ったときには定員30人ほどの部屋にすでに10人以上いて、僕は真ん中の左寄りの席に座った。周りを見ると、自分と同じような東アジア系が6人ほど、東南アジア系が1人、ヨーロッパ系が1人、中東系が3人、アフリカ系が1人いる。しばらくすると、火災報知器のようなけたたましいベルが鳴った。火事か何かか、と思ったが、パニックの様子はなく、さっきまでざわざわしていたクラスの喧騒はむしろ少し落ち着いた。時計を見たら、8時30分。どうやら、これが始業の合図のようである。

 すぐに先生らしき人がニイハオと言いながら、入ってきた。セミロングの髪に、眼鏡の似合う、笑顔の眩しい女性である。彼女は英語で自己紹介を始めた。
 「この教室はA4です。間違えないようにしてね。私は呂ラオシー(呂老師。呂先生という意味)です。どうぞよろしく。」
 彼女は溌剌とした表情でそう言うと、集まっている生徒一人一人を指さして、質問を始めた。
 「みんなはどこの国から来たの? あと、中国語どのぐらいできるの?」
 そもそも超初心者クラスなのだから中国語ができないことが前提なのだけど、ときどき間違えて中国語力の高い人が紛れ込んでしまうこともあるようで、早めに語学レベルを確認しているらしい。僕は、日本から来ました、中国語まったくできないです、と答えた。
 僕の後ろの席の女性も、日本から来た、と答えていた。他の東アジア系の生徒たちは皆、韓国から来たとのことであった。

 他にも、ロシア、イラン、シエラレオネ、インドネシアからそれぞれにやってきたことがわかった。そんなふうにワイワイやっていると、さらに3人のアフリカ系が教室に入ってきた。先生が普通に今後の授業の方針など喋り始めた矢先だったのだけど、そんな流れをまったく気にもせず、ヘイ!ヘイ!みんな元気してる? といった感じで登場し、一番前の席に3人並んで座ると大声で世間話をしはじめた。休み時間にしてもはしゃぎすぎだろうと思うぐらいのハイテンションで、見てるこっちも楽しくなってくるのだけど、もはや先生が視界に入っていないのではないか、と疑うほどの自由度である。先生も慣れているのか、声のトーンを1段あげて、ボリュームを2段階ぐらいあげると、「今、ラオシーが喋ってるんだから静かにしなさい!」と叱った。3人はOKとやけにあっさり引き下がり、途端に静かになってスマホをいじり始めた。すると、1人のスマホに電話がかかってきたらしく、電話に出ると、再び楽しそうに喋り始めた。先生はまた声を1段階あげると、「この教室ではスマホ禁止! 電話するなら出て行きなさい!」と言うと、生徒はOKと言って、教室の外に出ていった。こうして、早くもこの授業でのルール
「私語禁止」
「スマホ禁止」
という鉄の掟が確立されたのだった。
 あとで知るところによると、途中で入ってきた3人はナイジェリアから来たらしい。広州では近年アフリカから来る人が急速に増えているそうで、一説ではアジア最大のアフリカンコミュニティが存在するとも言われている。アフリカの生徒たちは休憩中も楽しそうで、おそらく同じ国から来た仲間たちが、トイレの前で落ち合うと、本当に小躍りしているように見えた。あまりにも自然な感じで踊り出すので、なんだか羨ましい気持ちになる。

 再び火災報知器のようなベルが鳴り、休憩時間が終わると、呂ラオシーは発音の練習を始めた。中国語の基礎の基礎、発音とピンインは避けて通れない。先生の発音に続いて、生徒が発音を真似するのだけど、一人一人に順番に発音させるのが印象的だった。国によって得意な発音、苦手な発音があることに気づいたからだ。
 例えば、僕たち日本人は2人とも、rの発音がうまくできない。rは巻き舌を使うのだけど、英語の巻き舌とも微妙に違って、ちょっと濁るような音も入るし、もういくらやってもできないのである。ロシアから来た生徒はいとも簡単にrを発音していた。ロシア語にも近い発音があるのかもしれない。 韓国から来た生徒たちはcの音が苦手なようだった。日本人は「ツ」と簡単に言える発音も「チュ」になってしまう。これは1人だけでなく、韓国から来た5人全員が「チュ」と言ってしまうのだから、それぞれの国の言葉の持つ発音と関係があるのだろう。
 他にもナイジェリアの生徒は「アー」と言う発音がなぜか「ンアッ!」になっていた。そうか、ナイジェリアでは「アー」と言う発音に一番近いのが「ンアッ」なのか、と考えていると、他のナイジェリア人はちゃんと「アー」と言えていたので、どうやら、彼がただ先生の話を聞いていないだけだったらしい。彼は発音練習の最中に、再びスマホで話しながら、楽しそうに、教室を出ていった。

 発音を練習していても、向上している実感はまだまだなく、マスターするには時間がかかることが容易に想像できる。ネットで中国語の発音を検索すると、だいたいのサイトで「r」は日本人にとって最難関の発音と言われている。そういうのを見ているうちに、いつまにか「日本人は中国語を喋るのが苦手なのかもしれない」と思い込み始めていた。しかし思えば「ツ」の発音は練習しなくてもうまくできるのだし、各国でそれぞれ得意な発音と苦手な発音があるだけの話なのである。そう思うと、「みんなそれぞれ色々あるよね、お互いの長所を生かして頑張れ」という気持ちになってきて、勉強のモチベーションが俄然上がってくるようであった。

 実際、自分がrをうまく言えなくても、隣で韓国の生徒がcに苦戦している様子を見ると、自分だけじゃないのだな、という気持ちになって、今までは発音ができずにポキリと折れそうだった心も穏やかになった。授業が終わり、カバンに荷物を入れながら、隣の韓国人に片言の英語で声をかけた。中国語がお互い喋れるわけでもないから、ここでの共通語は英語のみなのである。片言で自己紹介すると、彼は「あの、日本語でもいいですよ」と日本語でボソボソと言った。 
 「え!」と僕は日本語で答えた。「僕韓国で日本語勉強してたんですよ、名前はテウです」そんな感じのことをしゃべった。テウくんはこの後、僕の大切な友達、つまり中国語でいうパンヤオ(朋友)となるのだけど、これが2人の最初の出会いの場面であった。「それにしても」と彼は言った。「さっきから落ちている白い粉のせいでノートが真っ白になりますね。」そう笑いながら、彼はノートの上の白い粉をパンパンとはたいた。

 翌日、僕たち留学生の入学セレモニーがあるということで、授業を一時中断して会場に移動することになった。教室に忘れ物をしたので急いで戻ると、クラスで唯一のロシア人、クリスチナが不安な顔で座っている。他には誰もいなかったので、僕はクリスチナに何か問題が生じたのか、と心配になった。僕は片言の英語で「セレモニーに行かないの? 気分でも悪いの?」と尋ねた。彼女は僕を見つめると、自分のスマホに何かを打ち始め、液晶画面を僕の方に向けた。そこには翻訳アプリが入っていて、英語で、「私は英語ができないの。どこに行けばいいの?」という返事が書いてあった。つまり、彼女は入学セレモニーについての英語のアナウンスが理解できず、ここにとどまっていたようなのだ。クリスチナは金髪碧眼の、まさに「絵に描いたような白人」なので、僕の中では勝手に英語が堪能な人というイメージになっていたのだけど、当たり前だが白人だから英語ができる訳ではないのである。お互いの翻訳アプリを使ってやり取りし、彼女はロシアの極東地方から来て、中国語と英語を勉強しているらしい、ということがわかった。「そうかそうか、僕の英語も怪しいけど、とにかく困ったことがあったら言ってね、ひとまず一緒にセレモニーに行こう」と言って僕らは会場に向かった。

 会場にはすでにテウくんがいて、テウくんのまわりには二日目から大量に現れたベトナム人留学生たちがいた。中でも郭くんというホーチミンから来た留学生とテウくんはすでに意気投合したようで、一緒にスマホで何かを見ながら笑いあっていた。郭くんはいつも綺麗にアイロンがけしたシャツをビシッと決めていて、喋るときもすごく自信たっぷりに喋る。なんだか勝手に東南アジアの偉大な指導者の若かりし頃のイメージが膨らんだ。実際、彼にはなんとも言えない指導者オーラがあって、クラスが始まって数日も経たないうちにA4班のリーダー的存在になっていった。

 ある日の授業が終わったとき、若き指導者・郭くんがテウくんとクリスチナと僕のところにやってきて、今度の日曜に勉強会をしようと言う。ぜひにということで、日曜の18時にキャンパスに集合し、郭くんが決めてあるという勉強場所へ移動することになった。4人で集合して、キャンパスの近くにあるスタバにでも入るのかと思いきや、彼は地下鉄に向かった。テウくんとクリスチナと僕の3人はどこに行くかもわからぬまま、彼にくっついて地下鉄に乗り、3駅ほど行くと、そこから駅前にあるショッピングモールをしばらく彷徨った。そして若き指導者は突然立ち止まると、キリッと僕らの方を振り向き、なんだかもったいつけたそぶりで、「皆のもの、僕たちの勉強場所はここだ!」と指さした。そこは7、8人もいればいっぱいになってしまう、とても狭いスタバで、もはや僕たちが座れる席は残っていなかった。「キャンパスの前にすごい広くてガラガラのスタバあったじゃん、、、」と僕たち3人の誰もが思ったが、ひとまずここはリーダーの顔を立て、彼の意向を待つことに。すると彼は少し考えた様子で、しかし自信満々に「みんな喜んでくれ。新しい場所が見つかった。僕たちが勉強するのはあそこだ!」と言って、隣のカフェを指さした。「こいつ、何も考えてないんじゃないのか」と誰もが思ったが、カフェはちょうど4人席が空いたばかりということで、無事に勉強会を開始することができたのであった。18時に集合し、今は19時。移動で1時間もかかってしまったが、今日は夜遅くまで勉強するのだろうか。コーラを頼むと、郭くんはクリスチナと向かい合い、突然クリスチナに個人レッスンをしはじめた。クリスチナは実際英語の授業に追いつけていないから、こういうレッスンは素晴らしいことだと思うのだけど、誰も邪魔することのできないような2人だけの世界がいきなり始まってしまい、僕とテウくんは完全に取り残されてしまったのだった。しょうがないので、クリスチナと郭くんのやり取りを聞きながら、僕とテウくんは静かに漢字の書き取り練習を始めた。それから45分ぐらい経ち、郭くんはコーラを飲み干しながら、いきなりカバンに荷物をしまい始めた。「じゃあ、俺たち帰るから」と言って、なぜかクリスチナと2人で帰っていこうとする。開始から1時間以内の早すぎる展開に僕とテウくんは完全に呆気に取られてしまった。というか、僕らの飲み物はまだまだ残ってるし。僕はテウくんと顔を見合わせて「じゃあ、僕とテウくんはもう少しここで勉強してますんで」と言って、2人に別れを告げた。「明天見!(ミンティエンヂエン/また明日!)」。去っていくクリスチナと郭くんの後ろ姿を見送りながら、僕とテウくんはなんとも言えず切ない気持ちになり、どちらともなく「今から飲みに行きますか」と言って、駅前で何かつまみながらビールを飲むことにした。

 ビールを飲みながら、テウくんとたくさん語り合った。なぜ日本語がうまいのか、という話になってアニメの話になった。彼は日本のアニメやゲームが好きらしく、僕は詳しくないので、むしろオススメの日本のアニメを教えてもらう。「『コードギアス』が面白いですよ」と彼は言った。
 日本語を勉強しはじめて最初の一年くらいは、アニメを韓国語字幕付きで見ていたそうだ。もともとアニメが好きなので、好きこそものの上手なれ、とにかく毎日のように何かしら見続けていたらしい。あるとき、大好きなアニメの第二弾が公開されたことを知ったテウくんはどうしてもそれを見たくなったのだが、最新作だったため字幕がまだ付いていなかった。字幕版が出るのを待つべきかしばらく考えた末、思い切って字幕なしを見てみることにしたという。すると、意外にも日本語がスルスルと耳に入ってきて、聞き取りに苦労することなくアニメを楽しめることにテウくんは気づいたのだった。そしてこの日をきっかけに、一気に日本語の能力が上がったとのことだった。
 「だから、中国語もきっと聞き取りができるようになったら一気に伸びますよ。」
と彼は、確信を込めて言いながら、蒸し鶏をビールで流し込んだ。

 翌日学校に来てみると、郭くんがいない。どうしたのかと思っていると、テウくんが言った。「呂ラオシーが言ってたのですが、彼は入るクラスを間違えていたみたいで、本当は隣のA3クラスだったみたいです。だからもうこのクラスには来ないそうです。」
 クラスで一番リーダーシップを取っていた彼が、実は別のクラスだったらしい。僕は、彼の怪しくも自信満々な姿にベトナムから来た留学生の力強いパワーを勝手に感じ取っていたのだけど、別にベトナムとは関係なく、単にメチャクチャなやつだった、ということに今さらながら気づいたのだった。

 そんなふうに、留学生たちの国籍は、僕が思った以上に自分の先入観を激しく左右しているようだった。一人一人個性があり、誰もが、「世界に一つだけの花」であることを頭ではわかっている。だけど、いざ、自分が知らない文化圏の人に出会うと、アフリカだからみんな陽気で踊っているだろうとか、白人だから英語が堪能だろうとか、あまりにもわかりやすいステレオタイプにはめて相手を見ようとしている自分に気づかされる。そのフィルターを外していくためにはやはり、一緒に学んだり遊んだり、交流をすることが必要なのかもしれなかった。

 授業は毎日11時50分に終わる。部屋に一つだけある大きなエアコンはもともとぶっ壊れているので、始業のときに勢いよくぶっ叩くと動き出すのだけど、経費の節約のためか授業が終わると完全に電気が入らなくなる。教室は一気に蒸し風呂になるので、脱出するように僕たちはいそいそと部屋を出る。ノートに溜まった白い粉をはたきながら、テウくんに、今日は何を食べに行こうかと話す。

 ランチを求めて、キャンパスに世界中の生徒が溢れ出す。テウくんとはいろんな飯どころを開拓中だ。特に大学の周りにはリーズナブルで量も多い定食屋がたくさんあるので、いろんなところに入ってみた。そのあと近くの安いカフェに入り、コーヒーを飲みながら宿題をする。ここはスタバよりも半分ぐらいの安さで、値段に比例して、味もやっぱり半分ぐらいの美味しさなのだけど、使いやすくてよく来ている。
 定食屋もカフェも最初の難関はオーダーだ。僕は中国語のリスニングがまだまったくと言っていいほどできないし、お店に入ってもうまく注文できずドギマギしてしまうのだけど、テウくんは体格もいいからか、なんだか郭くんとは違う堂々とした雰囲気があって、とても頼もしく感じる。僕より10歳以上年下だけど、2人で注文するとなんだか彼の方が兄のようにも思えて心強く、ありがたかった。

 そんなふうに、僕はいつでも彼に頼ってばかりだな、と思いながら一緒に宿題をしていると、あるときテウくんが「ケイタさんは漢字を書くのが早くて羨ましいです」と感心したようにボソボソ言ってきた。韓国はハングルを使うので、漢字はもうほとんど授業でも習わないらしく、テウくんも小学校のときに少し勉強したぐらいだと言う。だから、漢字を書くことも読むことも苦手らしく、お店に入っても漢字のメニューを見ながら困ってしまうそうだ。僕は漢字だけはわかるから「この焦糖というのは、砂糖を焦がすという意味だから、きっとキャラメルマキアートのことだと思うよ」というふうにテウくんに言うのだけど、そのインフォメーションは意外と役立っているらしい。「なんだか、お互いの技を持ち寄って助け合ってる外国人なんだなあ、僕たち」という気持ちを強くするのであった。

 いつのまにか、テウくんとのコーヒータイムを中心に一日が回っている。気がつくと時間を忘れて話し込んでしまうけれど、まあ、また明日会うからと、夕方が来る前には店を出る。すぐ目の前の地下鉄駅をだらだらと降りていく。2人の家は真逆の方向だから、このホームでお別れである。どちらかの電車が先にきて、どちらかが先に電車に乗りこみ、もう1人はホームから手を降る。扉が閉まる瞬間に、どちらからともなく、「明天見!(ミンティエンヂエン)」と言う。その瞬間、そうだった、僕たちを繋げてくれたのは、中国語だったんだ、と思い出した。

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著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018 年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。

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