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小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第3回 雨打芭蕉

 雨の音が好きだ。特にシトシトと小雨が降る音はいつまでも聴いていたくなる。あまりに好きなので雨の歌まで作ってしまった。その歌を歌えばどんなに猛暑の最中でも雨を思い出すからだ。

 僕が住む広州ではここ数日、ずっと小雨が続いている。広州やすぐ近くの香港や深圳は、中国の南部に位置する亜熱帯気候。乾季と雨季に大きくわかれ、僕がやってきた8月は雨季の真っ只中だった。この時期はスコールが降る。突然の激しい雨に慣れていない僕は折りたたみ傘も持ち合わせず全身ズブ濡れになったりした。だがここ数日は日本の梅雨のように雨がシトシトと降っていて、湿気は多いけれども、服や髪が濡れたとしてもすぐ乾くような按配で、小雨好きとしては少し嬉しい気持ちになったりした。

 この日、僕は傘をさしてタクシーが来るのを待っていた。広東音楽100年を記念した広東民族楽団の特別公演を見に行くのだ。胡弓など、日本でも人気のある中国の伝統楽器を使ってアレンジされた五重奏や、オーケストラ編成の演奏を聴ける、またとないチャンスらしい。開始時間は20時。

 タクシーが止まった。ツルツルとした運転手の禿頭が、ネオンに照らされたフロントガラスに浮かんでいる。後部座席に乗り込み、運転手のおじさんに行き先を伝えた。おじさんはこくりとうなずき発車した。

 電気自動車のタクシーだからなのか、車内は静かだった。運転手は無口で、見た目のツルツル頭と連動して、どこか瞑想中の和尚様のような、穏やかな印象を感じさせるのだが、ときどき激しく舌打ちをした。後続車に抜かれたり、信号待ちをしてたりすると、露骨に不快感を表しながら舌打ちをするのだけど、とにかく音が大きい。チッという、聞こえるか聞こえないかぐらいの乾いた音ではなく、喉から唾を絞り上げて、湿気とともに発声させるような、とにかく最悪に陰湿な感じである。日本の地下鉄でこの舌打ちをしたら「おらあ、なにさらしとんじゃ」と胸ぐら摑まれるレベルである。

 とにかく静かな車内で延々と舌打ちを聞かされて心地いいわけがない。普段なら気分が悪くなってしまいそうだけど、この日のタクシーは窓に打ちつける雨の音、フロントガラスのワイパーやチカチカするウインカーの音、そして和尚の舌打ち、さらには街のネオンとツルツル頭が奇妙にシンクロして、時空がぐにゃりと歪んでいく不思議な感覚を覚えた。ソ連のB級SF映画の金字塔『不思議惑星キン・ザ・ザ』の中にいるような、怪しい宇宙船で惑星間をワープしている気分になった。僕もだんだんおかしな気分になってきて、「いいね、いいね、今の舌打ちのタイミング、なんかすごくいい感じ!」みたいな気持ちにさえなってくる。
 そんな異様なテンションのまま10分ほど経ち、広州大橋を越えて、タクシーは急停止した。大きな舌打ちをして、和尚が振り向いた。目的地に着いたのだ。

 外はさらに小雨になり、もう傘をさす必要もない。会場の星海音楽ホール(星海音乐厅交响乐演奏大厅)に入ると、上質な木目調の内壁に囲まれた立派なステージに一気に目を奪われた。奥にはパイプオルガンも備え付けられている。ここは有名な音楽学校に付属するホールで、伝統音楽を聴くには最高の環境のようである。

 ほどなく音楽団による演奏が始まった。胡弓だけでなく、琵琶のような楽器や、琴と鉄琴を足したようなもの、日本の笙を何倍にも巨大化させたような笛など、初めて見る弦楽器や管楽器ばかりだ。アンサンブルになって、個性溢れる楽器の音色が奏でられていく。ステージの後ろには電光掲示板があって、そこに演奏中の曲名が表示された。

 『雨打芭蕉』という漢字四文字だった。
 掲示板を見ながら、「雨打」を中国語でボソボソと発音する。雨はyu(ユウ)、打はda(ダー)。声調と呼ばれるアクセント的なものをつけながら、ユウダー、ユウダーと繰り返すと、確かに雨がポツポツと打ち付ける音に聞こえてくる。

 曲が進むにつれて、雨のイメージはさらに立体的になってきた。弦をペンペンと弾く音は、バショウの葉っぱに強く打ち付け始めた雨粒を想像させた。流麗な胡弓の調べは、あたかも葉っぱの雨粒が、その先端に向かって、優雅に滴り落ちていく一筋の軌道を見ているかのようだ。偶然だろうけど、楽団は青と白のユニフォームを着ていて、水の妖精のように見えなくもない。ステージはあっという間に雨の世界に姿を変えたのだった。

 バショウは中国にルーツがあると言われる多年草だ。しかし日本でバショウといえばやっぱり松尾芭蕉だろう。彼の代表句「古池や蛙飛び込む水の音」のイメージに引っ張られるように、脳裏に一匹のカエルの姿が浮かんだ。雨に打たれて、今にも跳ねようと空を見上げるカエル。まるで一枚の水墨画を見ているような気分になって僕は感動した。
 この曲名がもし、英字だとどうだろうか、とふと思った。雨打芭蕉とRain Drops On Japanese Banana Leaves.を並べてみる。伝える意味は同じだ。でも水墨画と比べると、ジャパニーズバナナにはまったく情感が感じられない気がするのは僕だけだろうか。

 あとで調べてみると、この曲は、広東の有名な琵琶演奏家の何柳堂(1874年-1933年)が作曲したと言われているが定かではないらしい。譜面として初めて登場したのは、1世紀前の1917年とのことで、少なくとも100年以上はこの地方の人々に親しまれてきた曲のよう。説明文には「初夏の季節、芭蕉を打つシトシト降る雨の音、人々の喜びと豊かな中国南部の情緒を描写した広東の古い曲の一つです」と書いてある。乾季が終わり、雨を待ちわびた広東の人にとって、雨の音は喜びの音そのものなのだろう。雨の歌を歌うのと同じように、『雨打芭蕉』を奏でれば、いつだって心に恵みの雨を降らせることができる。そんなふうに100年前から広州の人たちは日々の喜びを分かち合っていたのかもしれないな、と思った。


 帰り道はもう雨がやんでいた。演奏会の感動を胸に、帰りのタクシーを拾った。今回の運転手は五分刈りほどの坊主頭であった。何があったか知らないが、最初から不機嫌そうな顔をしたおじさんであった。
 車内は行きのタクシーよりも舌打ちがひどかった。窓の外には、ようやく雨から解放されたかのように、綺麗にライトアップされた広州の街が広がっているけれど、静かな車内に響くのはまたもや和尚の舌打ちの音だけである。雨がやみ、雨粒の音も、ワイパーの音も、もう味方をしてくれない。『雨打芭蕉』の感動は早くもかき消され、僕は早く車から降りたい気持ちになった。頭の中にはいつのまにか「舌打和尚」という言葉が浮かんでいた。

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著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018 年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。

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