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小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第2回 「オトナノコイ(大人的恋爱)」MV制作

 おっさんという言葉が好きだ。

 その理由は言葉が持つその響きである。
 特に、「っさ」というところがたまらない。体操の跳び箱で例えるなら、助走をつけて最初のジャンプが「おっ」である。「っ」の間、空中を移動し、「さ」でつま先から優雅に着地する。「ん」で胸を張って、ポーズを決める。最高のジャンプを決めたぜ!みたいなポジティブなイメージが僕の中では勝手にあって、「おっさん」という言葉を言うたびに、爽快な気持ちになるのであった。

 「おじさん」も意味合い的には同じだろうけど、「おっさん」に比べると爽快感はだいぶ減ってくる気がする。「お」「っ」「さ」「ん」の四文字が絶妙なバランスで組み合わさって、このなんとも言えないポジティブ感を僕の中で形成しているのだ。

 そんなわけで、とにかくこの「おっさん」という言葉の響きが純粋に好きなのだけど、この好きっぷりを人に伝えるのはなかなか難しいことが最近わかった。大方の人は、おっさんという言葉を口にしたり、耳にしたりすると、響きがどうこうという話の前に、中年男の生々しい感じを想像してしまって、爽快なイメージとは程遠くなってしまうということであった。中には、おっさん、という言葉を聞くだけで、身震いがする女性までいた。

 確かに、世界にはたくさんのおっさんがいるし、気持ち悪いおっさんもたくさんいる。しかし、当たり前のことであるが、おっさんが皆悪いわけでもなく、「おっさん」という言葉が悪いわけでもない。僕は印象だけで嫌われてしまう「おっさん」という言葉が、なんだか可哀想になってきたのだった。

 おっさんという言葉に限らず、僕は言葉の一つ一つを星のように感じることがある。光り輝く星もあれば、人に気づかれず暗闇の中に佇む星もある。誰にも気づかれず相手にされていない星を見つけると、僕は決まって歌にしたいと思ってきた。歌にすることで、別の角度から光をあてることができるのではないか、報われないこの言葉も遅咲きのデビューができるのではないか、と思うのだった。

 そんな一心で、僕は最新アルバムの一曲に「おっさん」という言葉を入れることにした。こんな歌だ。


  「オトナノコイ」

  おっさんだって君と恋したい いくつになっても胸焼き焦がせ
  どんな綺麗な星よりも今夜のあなたは美しい

  ウィンカーの音にドキドキ重ね 窓から差し込む光追いかけた
  どんな眩しい宝石も今夜のあなたに敵わない

  綺麗な夜景を見に行こう 小洒落た隠れ家探そう
  余計な言葉はいらない これが大人の恋だから
  (以下省略)


 ドライブデートをする歌。主人公が「おっさん」というだけで、基本的にはとてもピュアなラブソングのつもりである。自分の加齢にあらがうわけでもなく、胸をときめかせて飄々と風を切るような大人になりたいな、といった自分の憧れも少し反映されている。ともかく、軽やかで、スピード感があって、爽快感がある、まばゆい光を感じられるような歌を作りたかった。

 サウンドは今回のアルバムのプロデューサーでもあるゴンドウトモヒコさんにアレンジをお願いした。METAFIVEのメンバーでもあり、YMOのサポートメンバーとして世界各国をツアーするゴンドウさんが作るサウンドは、電子音と管楽器を駆使し、まるで近未来のテクノポリスを探検しているような最高の音世界。そのサウンドの上に「おっさん」という歌詞を乗せることで、おっさんという言葉に新たな光を与え、輝かせられるのではないかと思ったのだった。


 そして、さらに考えた。この曲のMUSIC VIDEOを作ろうと思ったのであった。サウンドはすでに完璧である。あとは、視覚で光を伝えたい。おっさんの言葉の持つポジティブなパワーを引き出したい。

 そして、映像作家のゲバ(Geba)さんに MV をお願いすることにした。彼はOTAKU projectというアーティスト集団の一員としてアイスランドにいたり、キューバにいたり、世界を旅しているという。VJとしてミュージシャンとのコラボレーションも多い。
 僕が広州に移り住む数日前に、浅草で監督と会った。夕方から打ち合わせという名の飲みをした。監督はすでに楽曲を聴きこんでくれていた。「最高にかっこいいですね。まぶしい感じ、大都会、メトロポリス的な映像が合うと思う」と言った。三合目の日本酒を空けたとき、オチョコをぐいっと飲み干しながら、半分据わった目で監督は言った。「いっそケイタニーさんが住む広州で撮影しましょうか!」さすが世界を自由に飛び回る監督はフットワークが軽いな、と思ったけど、そのときは二人ともだいぶ酔っていたので、僕も話半分で聞いていたのだった。
 広州に拠点を移し、しばらくすると監督から連絡がきて、広州撮影の具体的なスケジュールが送られてきた。エアチケットもすでに確保したようである。そういうわけで、まるで光のような速さで彼は広州まで来てくれることになった。

 雨季にもかかわらず、監督がいる期間は雨がほとんど降らない予報であった。とはいえ、曇り空なので太陽や月が見えるわけでもなく、ただでさえ強い広州の湿気を、雲の天井でさらに押し込めたような感じで、少し外にいるだけでクタクタに体力を奪われてしまいそうな、うだるような蒸し暑さが予想されるのであった。
 広州空港に迎えに行き、ロケハンも兼ねて市内を案内する。外は暑いので、地下に入ることにした。天河地区という、広州の中心地の一つには、巨大な地下街があるのだけど、まるで地下に原宿の竹下通りが突然現れたような賑わいで、「地下にこんなにたくさん人がいたのか」とびっくりするほどの人の量に圧倒される。その賑わいを楽しみつつも、監督はこの地下街を彩る電飾に感心していたようだった。赤色や青色、紫色の電飾がこれでもかという眩しさで柱や扉を彩っている。屋台で北京ダックを買って、ビールと一緒に食した後は、タクシーに乗り、広州塔という街のシンボルタワーに行って、その周りの川を歩く。タワーは虹色に光っていて、ときに赤一色や青一色になったりしながら、ひたすら光を街に発してるかのようであった。川沿いの木にも無数の緑色の電飾が輝いていた。どれもが美しいのだけれど、一つ一つの光の量が多いのか、どぎつい印象を受ける。もう少し弱い光だったら、もう少し穏やかな気持ちになれそうなものだけど、ここまで眩しい光を見続けていると、脳みそが刺激されて、変な何かが分泌されるような、なんだか心臓も少しずつ早くなってきたような、謎のハイテンションになってきた。
 そこから少し進み、高層ビル群が取り囲む広場に出た。新興開発地区にあたる広州のこの地域は、何百メートル級の高層ビルが立ち並ぶのだけど、やはりその一つ一つがこれでもか、というほどの電飾をしている。さっきまで見た光をさらに何十倍にも集めたような世界がそこにはあった。どれもが高層ビルの光なので、なんだか星空を見ているような、いや、バグって暴れ出したプラネタリウムを見ているようである。
 最初は高層ビル群を自慢したいだけの光に思えていたけれど、だんだんと、ビル群ではなくて、それを彩る光が主役のような、そんな気分がしてくる。監督は光に包まれ、呟いた。  「『AKIRA』のネオトーキョーがここにある!」

 翌日から二日間、撮影をした。夜暗くなる19時ごろに合わせ、広州タワーに向かう。街はすでに光を纏っている。今の季節、広州は昼がとにかく暑いので、人々が外を楽しく歩けるのは夜になってからだ。誘蛾灯よろしく、まばゆい光に吸い寄せられるようにたくさんの人々が広場や川沿い、タワーの周りに集まってくる。闇が深まり、光が強まっていくにつれ、街に溢れるワクワクした空気が大きくなっていくような感じがした。
 僕は光の中でギターを奏で歌った。結構な大声で歌ったけれど、通り過ぎる人々は、振り向く人もいれば、ほとんどは全く僕のことを気にもせず、自撮りなどをしながら、それぞれに光を楽しみ、夜を楽しんでいた。道に停めてあるレンタル自転車にも乗って、カメラを自転車に取り付けて市内を走った。舗装の悪い道を走った振動でカメラがカクンと動いてしまったが、監督は「あえてその映像も使いましょう」と言った。無我夢中というか、どこか光の熱に浮かされたような、いや、もはや僕も光の一部になってしまったような、そんな感覚だった。

 監督が日本に帰っていって10日後、監督からメールがきた。


 「完成しましたー!!テーマは『時をかけるおっさん』。」 



 映像を見て、腰を抜かした。そこには本当に『AKIRA』で見たような近未来があった。広州だけれど、広州ではないような。この世にあるようで、ないような、架空の街にいるようだった。

 ゴンドウさんのサウンドと、まばゆい映像が一つになった。歌が高らかに聞こえ出した。
 「おっさんだって君と恋したい」
 僕は思った。おっさんという言葉が今ビッグバンを起こしているのだと。いろいろと誤解も与えてしまう、報われない言葉の持つ、いいオーラも悪いオーラも含んだパワーが、今スパークして、爆発して、光になり、星になっているのだ。

 この映像を見た人が、この曲を好きになってくれるだろうか。好きになって、「おっさんだって〜」と口ずさんだりしてくれないだろうか。それはまだわからないけれど、僕の中では、暗闇しか見えなかった夜空の隅っこに、おっさんという星が一つ煌めいたような気持ちになったのであった。

 そういうわけで、MVの完成に僕はしみじみ感動していたのだけど、せっかく中国で撮影したのだし、中国の人にもこの映像を見てもらいたい気持ちになって、早速中国語字幕をつけることにした。翻訳アプリを駆使し、自分なりに訳してみる。

  「大人的恋爱」

  我是大叔,但是我想和你谈恋爱。
  无论到了几岁,我点燃心。
  比起任何美丽的星球,今晚的你更美丽。
  …



 ここで重大な問題が生じたのであった。

 この曲の大事な要素である「おっさん」の感じが「大叔」の漢字2文字だと伝わらないような気がするのだ。あの跳び箱を飛ぶような軽やかさが失われている。

 試しに、「おっさんだって君と恋したい」を中国語に訳した「我是大叔,但是我想和你谈恋爱。」をアプリで逆に日本語に訳してみた。すると出てきた日本語訳は

 「私はおじさんですが、私はあなたと恋をしたいです。」

 この中国語訳では日本語のニュアンスが伝わらないということが証明されたような形だ。
 困ったときは、ネイティブの中国語の人に聞いてみるのがよいだろうと、日本にいる友人のヤオチン(黄耀進さん)にこの詞を見てもらった。

 「そうですね。“おっさん” も “おじさん” も訳すと大叔(ダースウ)になってしまいますね。」

 うーん、そうなのか。自分の中で “おっさん” と “おじさん” は全然違うんだよなあ。「っ」の軽やかな感じとか特に。なんとかこの「っ」の軽やかさを出せませんか?

 「残念ですが、現代中国語は促音の「っ」がないのです。」

 えっ、ないの?

 「そうです。細かく言うと、もともと『入声』に分類された促音は、中国の「標準語」の中ですでになくなりました。元王朝から徐々に消えたという一説があるようです。」

 “っ” が消えた? なんだかミステリーの気配を帯びてきた。

 「“っ” は広東語、台湾語、客家語など、各地の方言にまだ残されているようです。これは音韻学の話になりますが……」

 いつのまにかとても難しい話になってしまったが、ざっくりいうと、中国何千年の歴史の中で「っ」は行方をくらませたとのことらしい。興味深い話だけど、今の僕にとっては大変な問題である。これでは「おっさん」の軽やかさを永遠に中国語で表現できないということだろうか。

 「“っ” は訳せなくても、“おっさん” の持つ軽やかな雰囲気を出したいのであれば、“おっさんだって” の「だって」という感じをうまく訳せたらいいかもしれません。」

 おお、そんな方法があるのですか!

 「“おっさんだって君と恋したい” とは “おっさんといえども、あなたと恋をしたい” という意味ですよね。」

 そうですそうです。その通りです。

 「では、こうしましょう。虽然をつけて、“虽然是个大叔可我想和你谈恋爱” にしたらいいと思います。」

 ヤオチンはそう言って、僕に書き直した歌詞を見せてくれた。なるほど、と思った。そもそもの話、日本語と中国語はまったく別の言語なのだから、日本語の単語を中国語の単語に置き換えるだけでは対応できないことも多いだろう。でも、センテンスごとに考えることで、微妙なニュアンスも伝えることができることをヤオチンは教えてくれたのであった。
 そんなふうにして完成したのが次の歌詞である。


  「大人的恋爱」

  虽然是个大叔可我想和你谈恋爱
  无论到了几岁胸膛都会为爱烧灼滚烫
  今晚的你比任何美丽的星星都更加美丽

  转向灯的声响与我的心跳重合 响彻云霄
  心动不已追逐窗外透入的光芒
  任何耀眼的宝石都比不上今晚的你

  去看看美丽的夜景吧 去寻找时尚的藏身所吧
  不要说多余的话 因为这就是大人的恋爱

  (以下省略)


 ヤオチンの他にも、広州で僕に中国語を教えてくれている先生(と皆に呼ばれている)にも添削を手伝ってもらった。なので、かなり完成度の高い中国語訳になったのではないかと思っている。

 ゲバ監督の映像によって「おっさん」はスパークして星になった。あの眩しい輝きがこの中国語訳で伝わるといいのだけれど。そんなことを思いながら、今日も一向に晴れる気配のない広州の曇り空を見上げていた。

*「オトナノコイ」中国語字幕版はこちら。
  https://youtu.be/3iPgwwGS_y0

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著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018 年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。

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