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インタビュー「「その他の外国文学」の翻訳者」

第18回 マヤ語:吉田栄人さん(2/4)

自分が学ぶためにつくった文法書
 ほかのマイナー言語と共通する悩みだが、マヤ語の勉強でもやはり困るのが、よい教材がないことだった。しかしマヤ語は、単に教材がないのではない。むしろ、スペインがユカタンを征服して以来、宣教師たちの手で文法書も辞書も作られてきたという歴史がある。なのに、よい教材がない。吉田さんは困るというより、なぜだろうと不思議に感じたという。
 よい教材がない理由として挙げられるのが、現在のマヤ語はかつての植民地時代のことばから変化してしまっており、そのために通用しなくなってしまっているということだ。では、現在のマヤ語に即した教材をつくればいいということになるのだが、1990年代以前では、先住民言語は教育する必要のないものと見なされてしまっていたため、教材が充実していなかった。ネイティヴスピーカーについて学べば身につくかというとそうでもない。発音やコミュニケーションについては教わることができるが、ネイティヴだからといって、文法を理解しているわけではないからだ。
 教材がないなら自分で調べるしかない。文法は資料を片っ端から調べた。まずわからないのが動詞の活用だった。それを調べて整理して、体系的にまとめる。次には文法全体を調べてまとめあげた。つまり、吉田さんは自ら動詞活用辞書と文法解説書を作成してしまったのだ。この2つはスペイン語で書かれて公開されている。
 吉田さんにしてみると「自分の勉強のために仕方なく」作ったということである。しかし、ひとつの言語を一から体系的に記述するのは並みの労力ではない。淡々とした語り口の裏には想像できないほどの調査と分析が隠れているのだろう。

日本語話者だから気づけたマヤ語の特徴
 そして、こうしてマヤ語の文法を調べてみると面白いことがわかった。
 「文法書をつくってから現在の文法から見たときに、植民地時代の文法書っていったいなんだったんだろうという疑問がわいてきたんです」。これまで定説とされてきたことへの批判が浮かび上がってきた。
 先に述べたように、研究者のあいだでは、過去500年でマヤ語は文法が変わったというのが常識になっていた。ところが、植民地時代に書かれたテキストを実際に見ると、表記上のミスがいっぱい見つかる。まちがって書かれた単語をもとに分析しているので、植民地時代の文法書自体がまちがっているのではないかと、想像を巡らせた。実際、宣教師たちは自分たちの母語であるスペイン語の文法をベースに、マヤ語の文法を解析している。ところが、スペイン語とマヤ語ではまったく言語の構造が異なる。たとえば、スペイン語では「時制」が大きな鍵を握るが、マヤ語にはいわゆる時制がなく、「態(アスペクト)」が重要である。代名詞の考え方もまったく異なる。スペイン語では、主語と目的語で代名詞はそれぞれ決まった形をもつが、マヤ語では、他動詞の目的語が、自動詞の主語の形になる。スペイン語の文法規則をマヤ語にあてはめようとしても、不具合が出る、まちがいが出るに決まっている。
 現在でも、言語学の分野では英語を筆頭にヨーロッパの言語が中心にある。それをベースにしてしまったことも、これまでマヤ語のこうした特性を見抜けなかった要因になってきたきらいはある。吉田さんは、マヤ語は日本語から見たほうがわかりやすい言語だと考えている。
 吉田さんは現代のマヤ語の文法から見て、かつてのマヤ語を再構築してみた。すると、「基本的にはぜんぜん変わっていないなというのが見えてきたんです。そうすると、文法研究、言語研究でやることはいっぱいあるとなって、言語研究にはまってしまったというのがありますね」。

マヤ文化を美化しないマヤ文学のために
 吉田さんがマヤ語の学習を進めるのと並行して、メキシコでは先住民言語の復権が国家の目標として取り組まれるようになってきた。メキシコが多民族国家として、マジョリティの文化とマイノリティの文化が互いを尊重しながら交流することを理念とする間文化主義=インターカルチュラリズムを国家の方針として掲げたことによる。その一環として、マヤ語で文学を書く作家が登場してきた。
 吉田さんは、文学作品そのものというより、言語復興など、言語と社会との関わりへの関心から、発表されるマヤ文学を買い集めて読んだ。いわば研究の資料集めだ。マヤ文学の最初期は、マヤの伝説や民話を再話したり、それをもとにしたりというものばかりだった。ところがだんだんと、明らかに性格のちがうものが出てきた。「オリジナルな創作」が出てきたのだ。なかでも世間の注目を集めたのが、ソル・ケー・モオが2008年に文壇デビューを果たした作品『母テヤの気持ち』(X-Teya, u puksi'ik'al ko'olel)だった。1974年、ユカタン州で労働組合の運動を支援する弁護士が誘拐・殺人された、実際の事件を題材にした小説だ。伝説やフォークロアではなく、マヤの伝統的な村社会の話でもない、現代のできごとをマヤ語で物語ったのだ。吉田さんのなかで先住民文学の存在が大きくなった。マヤ語作家たちが参加する講演会などに足を運び、作家本人と話をするなど、動向を追うようになった。
 吉田さんが注目するソル・ケー・モオは、たびたび文学賞を受賞している。ユカタン自治大学が主催するコンクールでは何度も受賞し、彼女が応募すれば、他の作家が受賞できなくなるため、今や応募を禁じられ、審査員となっている。作家としての地位を確立する中で、彼女自身狙う文学賞のランクを徐々に引き上げてきた。国内最高位の先住民文学賞ネサワルコヨトル賞、そして南北アメリカを対象とした米州先住民文学賞(PLIA)もすでに受賞した。そして受賞スピーチの際に彼女が必ずと言っていいほど口にすることがある。「自分はノーベル文学賞を目指して書いている」という宣言だ。
 マヤ語で書かれている、あるいは先住民作家であるというだけで、ノーベル文学賞に値するわけではない。世界のひとに普遍的に訴える力をもった作品でなければならない。それを彼女は言っているようなのだ。
 吉田さんはソル・ケー・モオのこのことばは、先住民文学が、ある意識に陥ってしまっていることへのあてつけだと指摘する。先住民文学は、先住民文化の価値を示すことで、脱植民地主義を図ろうとしてきた。しかし、「そうすると、現在の先住民社会が抱える貧困や差別、ジェンダーの抑圧といった様々な問題が等閑視されてしまうことになります。それゆえソル・ケー・モオは常々、輝かしい伝統文化を描こうとする男性中心主義的なマヤ文学を批判し、マヤ社会内部のマイノリティの視点から小説を書いています」。たとえば、マヤの村を主な舞台にした短編集『穢れなき太陽』を読んでみると、「村の娘タビタ」は、村のために犠牲にされる少女の物語である。「老婆クレオパ」では語り手のクレオパは夫に暴力を振るわれ、挙句その夫は、自分に産ませた娘を妊娠させる。あるいは「闘牛士」という作品では、村長と神父が結託して金儲けを企む。いずれも村社会の暗部を暴露している。


『スペイン語話者のためのユカタン・マヤ語文法ガイド』(上段)と『現代ユカタン・マヤ語の動詞活用辞書』(下段左)の一部。下段右はアナ・パトリシア・マルティネス・フチンの『ポケット版マヤ語辞書』

>次のページ:翻訳でマヤ文学を意味あるものに/マヤ語とスペイン語の最小公倍数で訳文を創作する

【お話を聞いた人】

吉田栄人(よしだ・しげと)
東北大学大学院国際文化研究科准教授。1960年、熊本県天草生まれ。専攻はラテンアメリカ民族学、とりわけユカタン・マヤ社会の祭礼や儀礼、伝統医療、言語、文学などに関する研究。主な著書に『メキシコを知るための60章』(明石書店、2005年)、訳書にソル・ケー・モオ『穢れなき太陽』(水声社、2018年。2019年度日本翻訳家協会翻訳特別賞)。

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