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インタビュー「「その他の外国文学」の翻訳者」

第14回 ポルトガル語:木下眞穂さん(2/4)

大使館の仕事で磨いた語学力
 リスボンへの留学は4年生の途中から休学して一年間だった。帰国したのはふつうであれば就職活動の時期だ。ところが木下さんは就職のことはあまり考えておらず、就職活動もしていなかった。運よく、ポルトガルで知り合った日本人の紹介でポルトガル政府観光局のアルバイトに就いた。続いて、今度はポルトガルがEUの議長国をやるのでポルトガル大使館でアルバイトを求人しているという話が来た。英語とポルトガル語ができることという条件に、木下さんは最初のポルトガル滞在時を英語で送ったから発音だけはいいんです、と少々はったりも交えて名乗り出て採用された。どうやら認められるところもあったのか、その仕事が終わると、文化部に移り、種子島漂着に因んだ日本ポルトガル友好450周年記念に向けてのいくつもの関連イベントに携わることになった。
 なんとなくポルトガルに関わる仕事をと思っていたが、波に乗っているうちにアルバイトから大使館の正規職員になった。大使館では当然、大学生の授業とは比べ物にならない量のポルトガル語の文書を取り扱う。「ちょっとこれ読んでおいて」と書類を渡される。大学生なら、課題として数日かけて読む量を30分程度で読んでおかなければならない。だから「仕事がいちばん勉強になった」。
 翻訳をする機会も多かった。たとえばさまざまな展覧会が開催されるのに寄せられたメッセージやそのカタログの翻訳、プレスリリースや手紙の翻訳を担当した。政府や大臣間でやりとりする公式文書ではなく、一般のひとに向けての文章なので、柔らかい、わかりやすい翻訳を心がけた。翻訳を勉強したことはなかったが、中学生や高校生の英語の授業でも、直訳ではなく自然な日本語に訳すように工夫してきた。たとえば英語の授業の例文で「お母さん、きのうあなたがつくってくれたケーキはおいしかったです」と和訳がついている。「こんなこと言わない、自分のお母さんにあなたなんて、と思うわけですよ。そこをいかに自然な日本語で、かつ減点されないように訳すかを楽しんでいたんですよ」。
 また、映画祭をはじめて行うことになり、その字幕監修も担当した。映画の字幕翻訳は、字数の制限があるなど、独特のテクニックが必要だ。このときはさすがに字幕制作会社のひとからいろいろ教えてもらった。これがきっかけになって、いまではポルトガル映画の字幕翻訳も行っている。

『白の闇』で文学に目覚める
 仕事のなかで自然と翻訳に関わるようになったが、もともと翻訳には興味があった。小さいころから読書が好きだった。大学受験も実は第一志望は英文学科で、それはなんとなく翻訳という仕事に憧れて、翻訳なら英語だろうと思ったからだった。だから、大使館の仕事を経て、もっと翻訳をしたいと思うようになった。しかし、夫のシンガポール転勤と出産が重なり、大使館の仕事を辞めることになった。キャリアの上ではブランクになるのだが、この時期が「すごい転換点になった」と木下さんは言う。シンガポールにいるときに、初めてポルトガルの長編文学を原書で読み通したのだ。
 ポルトガル学科で学び、留学もしたというのに、このときが最初というのは意外だ。これまでに木下さんが現地で周りのひとにおすすめの本は?と聞いても、答えは決まってフェルナンド・ペソア。サスペンス系の本が好きな木下さんにとって詩はとっつきにくい。それに残念ながらポルトガルはサスペンス不毛の地である。そういうわけで長編文学との出会いは遅れたというわけだ。
 シンガポールに行く前に、子育ての合間に読書できるのではと、いまポルトガルで売れている作家を調べてジョゼ・サラマーゴの『白の闇』を手に取った。サラマーゴの名前は知っていた。だがとても難しい文体で、学生時代にはとても読める代物ではなかった。『白の闇』も邦訳は出ていなかった。いざ読み始めてみると、夢中になった。目の前が突然真っ白になり、目が見えなくなる病が流行するというあらすじだ。視力を失った人々は隔離され、しかし疫病の蔓延は止まらずやがて社会が崩壊、暴力が世界を覆っていく。ちなみに『白の闇』はその後邦訳され、2020年には文庫版が復刊された。コロナ禍に見舞われたいま、パンデミック文学の名作としてぜひ読みたい一冊だ。
 「サラマーゴの作品のなかでも『白の闇』はスリリングな作品ですから。これがほかの作品、『リカルド・レイスの死の年』みたいな淡々とした物語だったら読めなかったでしょうね」。エンタメ好きの木下さんにとって相性がよかった。
 日本に帰国してしばらく経った1998年、サラマーゴがノーベル文学賞受賞というニュースが届いた。あのサラマーゴが!木下さんにとって大ニュースだ。しかし、日本ではまだ『白の闇』どころか、サラマーゴの邦訳は一冊も出ていなかった。周りにサラマーゴを知っているひとはいない。感動を分かち合いたいという気持ちがあふれ、新聞で解説記事を書いた岡村多希子さんに手紙を送った。岡村さんは当時、東京外国語大学の教授で、大使館の仕事で少しお世話になったことがあった。岡村先生ならこの感動をわかってくれる、このうれしさを伝えたい、といういわば一方通行の気持ちで書いた手紙だったが、すぐに返事が届いた。驚いたのはその内容で、NHKの番組でサラマーゴを特集する、その資料の翻訳を手伝わないかというお声がけだった。「わたしは岡村先生の教え子でもなんでもなくて、大学院にいったわけでもない。お仕事でときどきやりとりがあったくらいでいまは専業主婦の自分に、仕事をやらない?って声をかけてくださったというのは、岡村先生のほんとうにすごいところだなと思うんです」と振り返る。
 サラマーゴは長年、日記をつけていた。それをすべて読み、面白いと思ったところがあればそれを翻訳するのが木下さんに課せられた仕事だった。だいぶ裁量の大きい仕事だ。膨大な量で、なにを訳したか思い出せないほどだという。ほかにも、ポルトガルで取材した音声をポルトガル人が文字起こしした文章の日本語訳も担った。作品は『白の闇』を読んだだけだったので、日記を読むことで作家の姿が見えてきた。ああ、こんな人だったのかと驚きとともに発見があった。下訳なので、自分の訳文がそのまま番組に使われるわけではなかったが、岡村先生にはわかりやすいですよと褒めてもらえた。翻訳っていいな、文学ってやっぱりいいなと思った。
 岡村先生には大学院に行くことも勧められたし、翻訳の学校があるのも知っていたが、2人目の子どもの出産もあり、現実的な選択肢にはならなかった。それでも、翻訳をしたいという気持ちは失っていなかったから、元の職場である大使館の同僚はじめ周囲のひとには、翻訳で手伝える仕事があれば声をかけてほしいと頼んでいた。
 その宣伝が功を奏してか、知り合いがブラジルの小説の翻訳を紹介してくれた。編集者と会うと、冒頭をまず訳してみてほしいと言われ、提出するとそのままやってくださいとなった。急いでいたようで、校閲は編集部でやります、という具合であまり関わる余地は少なかった。
 すると今度はまた別の人から声がかかった。やはりブラジルの作家、パウロ・コエーリョの翻訳だった。コエーリョといえば、『アルケミスト』で世界的なヒットを飛ばした作家だ。この仕事を受けない手はないと引き受けた。「この『ブリーダ』は、コエーリョが『アルケミスト』の次に書いた作品でしたし、すごく力の入った作品だったので、やれてすごくよかったです」と振り返る。


仕事場はリビング

>次のページ:英語で翻訳修行/ポルトガルの作品でつかんだ日本翻訳大賞/いまのポルトガルだからこそ見えるアフリカ文学

【お話を聞いた人】

木下眞穂(きのした・まほ)
上智大学ポルトガル語学科卒業。訳書にパウロ・コエーリョ『ブリーダ』『ザ・スパイ』(角川文庫)、ルイ・ズィンク、黒澤直俊編『ポルトガル短篇小説傑作選』(共訳、現代企画室)、ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』(白水社)など。2019年、ジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』(新潮クレスト・ブックス)で第5回日本翻訳大賞受賞。

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