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根井雅弘「英語原典で読む経済学史」

第5回 アダム・スミス(4)

 引き続き、スミスの価値論に入っていきましょう。スミスは、商品の価値を議論するとき、それを「自然価格」と「市場価格」の区別から始めています。
 「自然価格」とは、賃金・利潤・地代のそれぞれ「自然率」(「平均率」とも「通常率」とも言っていますが)を足し合わせたものです。

When the price of any commodity is neither more nor less than what is sufficient to pay the rent of the land, the wages of the labour, and the profits of the stock employed in raising, preparing, and bringing it to market, according to their natural rates, the commodity is then sold for what may be called its natural price.

 ここは文法通り訳してほとんど問題ないと思います。「どの商品の価格も、それを生産し、加工し、市場にもってくるまでに使われる土地の地代、労働の賃金、そして資本の利潤を、それらの自然率にしたがって支払うのに十分な額よりも高くも低くもない場合、そのとき、その商品は自然価格と呼んでもよいもので売られているのである」と。判断はケースバイケースですが、what may be calledを、必ずしも受身形で訳す必要はありません。

 スミスが「商業社会」と呼び、私たちが「資本主義」という名で慣れ親しんでいる経済体制では、「資本」が中心的な役割を演じます。もし資本が各生産部門を自由に出入りすることができるならば、換言すれば、自由競争が支配していれば、資本家は自分の資本をできるだけ高い利潤が稼げる部門に投じようとするでしょう。古典派では、「競争」とは、このような資本の「可動性」のことを意味しています。このような競争の結果、究極的には、各生産部門で均等の利潤率が成立するでしょう。自然価格とは、このような意味での「均等利潤率」が成立したときの価格と定義することもできます。もちろん、スミスは明確にこのように定義しているわけではありませんが、次の文章や古典派全体を見渡すと、このように定義しておいたほうがわかりやすいと思います。

[1]The commodity is then sold precisely for what it is worth, or for what it really costs the person who brings it to market; for though in common language what is called the prime cost of any commodity does not comprehend the profit of the person who is to sell it again, yet if he sells it at a price which does not allow him the ordinary rate of profit in his neighbourhood, he is evidently a loser by the trade; since by employing his stock in some other way he might have made that profit.

[2]His profit, besides, is his revenue, the proper fund of his subsistence. As, while he is preparing and bringing the goods to market, he advances to his workmen their wages, or their subsistence; so he advances to himself, in the same manner, his own subsistence, which is generally suitable to the profit which he may reasonably expect from the sale of his goods. Unless they yield him this profit, therefore, they do not repay him what they may very properly be said to have really cost him.

 [1]の最初のthenは、自然価格が成立した場合のことを指しているので、「その場合、その商品は、正確に値打ち通りに、すなわち、その商品を市場にもってくる人に実際にかかったコストで売られているのである」と。次の文章のなかのprime costは、新古典派(例えば、マーシャル)の時代なら、「直接費」か「主要費用」と訳しますが、スミスの時代なら訳文にあるように「原価」でもよいと思います。「というのは、どの商品でもふつうの言葉で原価と呼ばれているものは、その商品を再び売ろうとしている人の利潤を含んでいないのだけれども、それでも、もし彼がその商品を自分の地域で通常の利潤率をあげられない価格で売るならば、彼は明らかにその取引によって損失を被ることになるからである。それゆえ、彼の資本を何か別の方向に用いることによって、彼はその利潤をかせぐことができたかもしれないのだ」と。sinceは、「したがって」「それゆえ」というくらいの意味だと思います。

 [2]の最初の文章は、直訳しても間違えようがないとも言えますが、若干の工夫の余地はあります。「彼の利潤は、その上、彼の収入であり、彼がうまく生計を立てるための基金といってもよい」と。proper fund of subsistenceを「生計の適切な基金」と訳しても通じますが、properを副詞的に、subsistenceを動詞のように訳すことも許されるでしょう。これは何度か触れたように翻訳家がよく使う手なので、推奨した安西徹雄『翻訳英文法』(バベル・プレス)のような本をお読み下さい。
 As以下の文章はやや長いのですが、「彼がその商品を市場にもってくるための準備をしているあいだ、彼の職人たちに賃金すなわち生計費を前払いするのと同じように、彼は自分自身にも生計費を前払いするのであるのだが、その生計費は、一般に、彼の商品の販売から期待しても正当であるような利潤に相当するものである。したがって、その商品を販売してもこのような利潤が稼げないならば、彼はそのために実際に費やしたといっても差し支えないものを払い戻してもらえないことになる」と訳しましょうか。they do not repay himのtheyは、ちょっと前のhis goodsを指しますが、「それらが彼に払い戻さない」という直訳調はやや日本語らしくないので、上のように訳しました。

 次に、スミスは、市場における需給状況に応じて自然価格よりも高くなったり低くなったりする「市場価格」を導入します。この場合の「需給状況」は、正確に理解しておかなければなりません。

The market price of every particular commodity is regulated by the proportion between the quantity which is actually brought to market, and the demand of those who are willing to pay the natural price of the commodity, or the whole value of the rent, labour, and profit,which must be paid in order to bring it thither. Such people may be called the effectual demanders, and their demand the effectual demand; since it may be sufficient to effectuate the bringing of the commodity to market. It is different from the absolute demand. A very poor man may be said in some sense to have a demand for a coach and six; he might like to have it; but his demand is not an effectual demand, as the commodity can never be brought to market in order to satisfy it.

 試しに、あえてregulatedのところを受身形ではなく、前から後ろに読んでいくように訳してみると、「特定の商品の市場価格をすべて規制しているのは、その商品が実際に市場に供給された量と、その商品の自然価格、すなわち、その商品をそこへもってくるのに支払われなければならない地代、賃金、利潤の総価値を支払う意思のある人々の需要との割合である。そのような人々を有効需要者、彼らの需要を有効需要と呼んでもよいだろう。なぜなら、そのような有効需要があれば、その商品を市場に供給するのを可能にするのに十分だろうからだ」と。
 ここで重要なのは、スミスの「有効需要」が商品の自然価格を支払う用意のある人々の需要と定義されていることです。「有効需要」(effective demand)というと、すぐその言葉を「実際の購買力に支えられた需要」の意味で使ったケインズを思い浮かべるかもしれませんが、ケインズの場合は、具体的には、(封鎖経済の場合)マクロの消費需要プラス投資需要を指しています。
 続きは簡単です。「とても貧しい人も、ある意味で、六頭立て馬車に対する需要をもっていると言えるかもしれない。だが、彼はそれをもちたいと思うかもしれないものの、彼の需要は有効需要とは言えない。なぜなら、その商品が彼の需要を満たすために供給されることは決してあり得ないからである」と。

 さて、スミスは、商品に「自然価格」と「市場価格」があることを説明したあと、自然価格こそが市場価格がたえず引き寄せられていく「中心価格」であるというきわめて重要な指摘をしています。市場価格はその時々の需給状況を反映して自然価格を中心に上下に変動しますが、自由競争が支配する限り、長期的には、均等利潤率が成立したときの価格である自然価格のほうへ引き寄せられていきます。次の英文は、それを端的に表現したものです。

The natural price, therefore, is, as it were, the central price, to which the prices of all commodities are continually gravitating.

 「それゆえ、自然価格こそが、いわば、中心価格であり、その方向へすべての商品の価格がつねに引き寄せられているのである。」


<参考訳>

岩波文庫(水田洋監訳・杉山忠平訳、全4巻、2000-2001年)

 「ある商品の価格が、それを産出し、加工し、市場にもってくるのに使用された土地の地代と労働の賃金と貯えの利潤とを、それらのものの自然率によって支払うにたりるだけの額よりも、多くも少なくもないならば、そのときその商品の価格はその自然価格とよんでいいもので売られているのである。」(『国富論1』、103-104ページ)

「このばあいには、その商品はまさにその値うちどおりに、つまり、それを市場にもってくる人に実際にかかったとおりの値で売られているのである。なぜなら、日常用語である商品の原価とよばれるものは、その商品を再販売するはずの人の利潤を含まないのではあるが、それでも、もし彼が彼の近隣地方での通常の率の利潤を得られない価格でそれを売るなら、彼はその取引によって明らかに損失者となるからである。というのは、彼の貯えを何か別のしかたで使用することによって、彼はその利潤をあげたかもしれないからである。そればかりでなく、彼の利潤は彼の収入であり、彼の生計のための当然の原資である。その品物を加工し市場にもってくるあいだ、彼が自分の職人に賃金すなわち生計費を前払いするように、彼自身にも同じようにして彼の生計費を前払いするのであり、この生計費は彼が彼の品物の販売から期待してさしつかえない利潤に見あったものであるのがふつうである。したがってその品物がこの利潤を彼にもたらさないならば、その品物は、彼がそのために実際に費やしたと当然にいわれるものを、彼に払い戻していないことになる。」(『国富論1』、104ページ)

 「どの個々の商品の市場価格も、実際に市場にもってこられる量と、その商品の自然価格、つまりその商品を市場にもってくるために支払われなければならない地代と労働と利潤との総価値を、支払う意思のある人びとの需要とのあいだの割合によって左右される。そのような人びとを有効需要者、彼らの需要を有効需要とよんでいいだろう。そのような需要はその商品を市場にもってこさせるという効果をあげるのにたりるだろうからである。それは絶対需要とはことなる。ひじょうに貧乏な人でも、ある意味では、六頭だての馬車にたいする需要をもっているといっていいだろう。彼はそれをもちたいと思っていいのだが、彼の需要は有効需要ではない。その需要を満たすためにその商品が市場にもってこられることは、けっしてありえないからである。」(『国富論1』、105ページ)

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著者略歴

  1. 根井雅弘(ねい・まさひろ)

    1962年生まれ。1985年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1990年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。現在、京都大学大学院経済学研究科教授。専門は現代経済思想史。『現代イギリス経済学の群像』(岩波書店)、『経済学の歴史』(講談社学術文庫)、『シュンペーター』(講談社学術文庫)、『サムエルソン 『経済学』の時代』(中公選書)、『経済学再入門』(講談社学術文庫)、『ガルブレイス』『ケインズを読み直す』(白水社)、『企業家精神とは何か』(平凡社新書)、『アダム・スミスの影』(日本経済評論社)他多数。

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