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小島ケイタニーラブ「広州ノオト」

第11回 楽器王子現る

 「広州で有名なミュージシャンの演奏会があるそうです」
 と、友人の谷本さんに誘われて出かけた。谷本さんは広州在住でプロのギタリストとして活躍する日本人である。彼はギタリストだけに、楽器に対して人一倍好奇心が旺盛なのだけど、知り合いから「楽器王子という、すごいミュージシャンが広州にいるから行ったらいいよ」と勧められて、さっそく行くことにしたのだという。

 「楽器王子の写真です」と、谷本さんから送られてきたチラシには、くだんの王子の姿が載っていた。王子というので、貴公子のような姿を想像していたが、茶髪のロン毛で若作りをした50代のおっさんであった。黄色を基調とした、中国の民族衣装風の服を着ている。「なんでも楽器ができるので、楽器王子と言われているらしいです!」とのことなのだけど、写真でもギターを肩に下げながら、同時に、縦笛のようなものを両手で構え、カメラ目線でニコニコとしている。縦笛は今まで見たことのない楽器で、どうやら楽器王子が自ら考案した新楽器のようだった。ライブは次の日曜日の15時スタートとのことである。いろんな楽器を見られそうだな、と楽しみになった。

 当日14時過ぎに地下鉄駅前に待ち合わせた我々は、広州地下鉄を乗り継ぎ、会場に向かった。そこは大きな展示場のような場所で、二階がイベント会場らしい。階段を上るにつれ、騒がしいダンスミュージックが聴こえてくる。このとき僕たちはすでに遅刻気味で、時計は15時を回っていた。すでに楽器王子の演奏が始まる時間なので、もしかして今聴こえてきているこのダンスミュージックが楽器王子なのだろうか、と思いながら入場するも、そこには想像とはかなり違った光景が広がっていた。

 そこには30人ほどの5、6歳の子供たちがいて、それぞれ髪を整え、化粧をし、おしゃれな服に身を包み、ダンスミュージックに合わせて、会場に広げられた長い絨毯の上を歩いていた。つまり、ファッションショーをしていたのだ。100人ほどの席に座っているのはおそらく保護者たちで、ランウェイを歩く自分たちの子供を撮影していた。

 「あれ、会場間違えましたかね」

 谷本さんがこちらを振り向く。不安になった我々は受付のスタッフに聞いてみるがどうやらここで間違いないらしい。しかもそろそろ楽器王子の出番だという。このファッションショーと楽器王子の関係が全くわからないまま、我々はひとまず空いている席に座った。しばらく様子を見守るも、楽器王子が出てくるどころか、ショーはどんどん盛り上がっていく。一体どういうことなのだろうかと不安が増してきたところで、おもむろにダンスミュージックが止まった。訪れた静寂が何かが始まる予感を醸し出す。「王子がくる」。我々は直感的に気配を感じた。ついに楽器王子の演奏が始まるのだ。

 すると、静寂の中、ランウェイの上を一人のおじさんが歩いてきた。紛れもなく楽器王子だ。写真で見たのと同じ格好で、写真よりさらにニコニコと笑顔を振りまいている。しかし、ギターや笛は持っていない。彼は手ぶらで現れたのだった。

 彼の登場と同時に、スタッフがステージ脇から車輪付きのテーブルをゴロゴロと転がしてきた。テーブルの上にはいくつかの筒が置いてある。楽器王子がステージ真ん中にたどり着くタイミングで、テーブルも彼の目の前に到着。彼はそのまま筒を一本取り上げた。

 筒は賞状やポスターを保管するような、なんの変哲もないダンボールの筒である。見るからに楽器ではないのだけど、楽器王子というだけあってどんなものでも楽器にできてしまうのだろう。楽器王子はその筒を静かに、高らかに掲げた。会場の視線が集中する。僕も期待が高まっていたのか、自分がゴクリと固唾をのむ音が聞こえた。

 その瞬間、「はっ!」と楽器王子が叫んだと同時に、筒の中からワインレッドの造花のバラが「ポヘッ」という感じで飛び出した。手品であった。静まる会場。王子はそんな会場の空気を気にすることなく、もう一つの筒を取り上げた。そして、二本目の筒に何か念を送り始めた。そして、再び「はっ!」というと、今度は白い花が、「あいよ!」という感じで出てきた。赤から白に色が変わっただけである。先ほどのファッションショーに出ていた子供たちは最前列の席でその様子を食い入るように見ている。子供も最初はいきなり始まった手品に戸惑っている様子であったが、次第に反応を見せ始めた。3本目の筒から青い花が飛び出したときには、子供たちはヤンヤヤンヤの大喝采で、4本目には大人も混じって大盛り上がりになった。筒に花が詰まって、飛び出すのに時間がかかるというハプニングもありつつ、10本ぐらいの筒からバラを出すと、彼はそのまま会場に手を振って、ステージ横に消えていった。

 「あれ、楽器は?」

 そう、彼はついに楽器を出すことなく、楽器王子としてのステージを終えてしまったのだ。隣の谷本さんは完全に言葉を失っている。二人で呆然としていると、また先ほどの音楽が流れ始め、再びファッションショーが始まった。手品で元気を充電した子供たちがさらにノリノリでランウェイを歩いていく。よくわからないが、楽器王子はファッションショーを盛り上げる、という大事な役割を果たしたようだった。

 しかし、楽器王子の本分はやはり楽器なわけで、というかそもそも告知にも演奏会と書いてあるわけなので、このまま終わればもはや若干詐欺である。我々はしばらく考え込んだが、「きっとこの後にライブがあるんだ」と信じることにしてもう少し席に留まることにした。

 谷本さんはスマホをいじり始めた。
 「実は僕もあの人のことをよく知らなくて、知り合いに、すごく有名な人だからっ!って勧められて来てみたんですよね」
 そう言って、スマホで楽器王子のことを調べている。谷本さんはしばらく無言でスマホを見ながら、おもむろに振り返って、僕に耳打ちした。
 「調べたら、楽器王子の口コミが出てきました。多くの人の意見をざっくりまとめると
 『インチキ野郎』
 とのことです」
 僕は飲んでいたコーラを吹き出した。
 「いやあ、僕もぬかりがありました。有名なミュージシャンとして勧められたんですけど、インチキオヤジということで有名だったみたいです」
 ズボンにこぼしたコーラを拭きながら、二人で笑ってると、音楽が再び止まった。そして、再度の静寂の中を、たくさんの楽器を乗せたテーブルとともに楽器王子が出てきたのであった。

 すでに僕たちの頭の中では、目の前の彼は楽器王子ではなく、インチキオヤジである。先ほどと同じにこやかな顔も、一度インチキ野郎と思ってしまうと、怪しい笑顔に見えてしまうから残酷である。

 しかし、ここからの王子はすごかった。本人が開発したという、ひょうたんのようなものに棒がささったような謎の笛を持ち、マイクの前に立つ。ステージ上のマイクは二本あって、隣には小学校高学年ぐらいの少女が同じく笛を持っている。そしてカラオケが流れ、二人は演奏し始めた。まるで馬の蹄のようなパカランパカランとした軽快なリズムに合わせ、軽やかにメロディーを吹いていく。

 どうやら、王子は普段は子供から大人まで幅広い年齢を対象に音楽教室を開き、オリジナル楽器を楽しんだり、演奏指導をしているらしい。今日は生徒たちの発表会も兼ねているようだった。特製のひょうたん笛の音色はアンデスの楽器ケーナのようでもあり、以前聴いた、広東の伝統音楽のようでもある。少し間の抜けたような愛嬌のある、温かい音がした。カラオケの中盤、ソロパートになると、楽器王子は馬のいななきのように、高らかにメロディーを奏でた。

 曲も演奏も素晴らしかったが、王子の隣で吹いていた少女の音量が小さいのだけが残念だった。緊張しているのだろうか。本人は一生懸命吹いているように見えたけれど、少女の音はまるで蚊の鳴くような小ささなのであった。それに比べ、王子の音量は若干うるさく感じるほどである。

 次の曲の演奏者は王子と少年であった。先ほど少女が立っていたマイクの前に少年が立つ。彼も同様にひょうたん笛を吹いていた。少年は明らかに元気いっぱいに吹いているのだが、彼の音は全然聴こえない。しかし楽器王子の音量はやはりとても大きく、二人の音量差は不自然すぎるほどだった。

 もしかして、音響スタッフがマイクの音量を間違えたまま席を外してるのかな、と思って、ブースの方に目を移すと、スタッフはかなり真剣な顔をしてブースから舞台を見つめていた。これは何を意味するか、というと、音響スタッフはあえてこの音量バランスにしている、ということである。

 僕は確信した。
 「楽器王子は自分の音量だけ大きくしている(かなり意図的に)」

 楽器王子は生徒たちの手前、先生としての威厳を見せるためもあるのか、最初から音量を調整していたのである。実際、生徒各人のテクニックなどもあるだろうし、こうやって公開の発表会をする以上、先生の音が若干目立つようにすることは理解できる。しかし、それが露骨すぎる、とうか、あからさますぎるというか、非常に不自然な音量なのであった。王子は生徒たちに対し、圧倒的に力の差を見せつけようとしているようであった。

 「インチキ野郎」

 僕の頭に先ほどの言葉がくっきりと浮かんだ。30分ほどのステージの中で、一曲ごとに生徒が次々と入れ替わり、演奏をしたが、ソロパートは全て王子が演奏し、生徒たちが目立つような見せ場を絶対に作ろうとしない。あまりの徹底ぶりに、かなりの負けず嫌いであることがわかる。それはわかるんだけれど、そこまでやる必要があるのだろうか。

 生徒たちはまるで生贄のように王子の隣に立ち、彼の独壇場をサポートしていった。最後の曲では40代、50代ぐらいの生徒が10人ほど一斉に出てきて、王子を中心に合奏を始めた。マイクは2本しかないので、彼らはマイクを通さない。しかしたとえマイクがなくても、10人で同じメロディーを演奏をすると、必然的に音量は大きくなるのだった。それでも、唯一マイクの前に立った王子の音は相変わらずの大音量で、10人の演奏を抑え込んでいる。

 最後の曲は今までと少し違った。何が違うかというと、それまで登場しなかったボーカルが登場したのだ。演奏も中盤に差し掛かり、間奏のソロパートが近づいてくると、客席からおもむろにふくよかなおばさんが立ち上がった。彼女はステージの真ん中に向かってランウェイを歩いていく。最後はソロパートの代わりに、このおばさんによる歌が入るということがわかった。楽器王子は楽器はなんでもできるが、歌は歌わないのだろう。彼はマイクから一歩下がり、おばさんにマイクを譲る。おばさんは深呼吸をすると、歌い始めた。その瞬間、想像を絶するほど大きなおばさんの声が響きわたった。王子がさっきまで立っていたマイクの音量は、王子の笛の時のまま下げていなかったのだ。

 おばさんの体格から想像すると、おそらく、ただでさえ声量があるのだろう。さらにトレーニングを積んで倍増した声量が、特別仕様の楽器王子マイクによって、あまりにも大きな音量となっていた。おばさんの声が会場を揺らす。これは比喩ではなく、本当にガラスが揺れている。耳を押さえて音響ブースの方向を見ると、スタッフも耳を押さえている。いや、そうじゃなくて、ここは音量を下げるべきなのではと思ったが、演奏は長くは続かず、それから1分も経たずに終わった。

 盛大な拍手の中、生徒の皆さんと王子は颯爽と去っていって、またダンスミュージックが鳴り始めた。まだまだ今日のファッションショーは続くようである。谷本さんと僕はどちらからともなく、席を立ち、会場を後にした。

 「なんだか、今日は地獄体験させてしまってすいません」
 彼はなぜかとても恐縮していた。いやいや、全然いいんですよ、また何か他のコンサートにも一緒に行きましょう。そんなことを言って二人は解散した。

 ちょっと疲れた、いやだいぶ疲れたけれど、なかなか普段は体験できない面白い1日になった。楽器王子の負けず嫌いぶりには若干引いたが、中国の芸能界で勝ち残っていくにはこのぐらいの執念が必要なのかもしれないな、思った。あと、これから王子と名前が付く人のライブを見るときには、事前に下調べしておこうと強く思った。

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著者略歴

  1. 小島ケイタニーラブ(こじまケイタニーラブ)

    シンガー/ソングライター
    1980年、静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部在学中に夏目漱石、川端康成、The Smithsに影響を受け、楽曲を書き始める。2009年にロックバンドANIMAとしてデビュー後、これまでにソロ作品として、アルバム『小島敬太』、『It’s a cry run.』を発表。
    2011年から、古川日出男・管啓次郎・柴田元幸と朗読劇『銀河鉄道の夜』に出演、劇中音楽・主題歌などを担当。
    2013年から、温又柔とともに朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。
    2016年には「NHK みんなのうた」に『毛布の日』を書き下ろす。ほかに、ミスタードーナツのCM『ドレミの歌』、読売テレビ・日テレ「遠くへ行きたい」主題歌など。
    2017年から、親子で楽しめる物語のフェスティバル『マンモススクール STORYTIME in NARA』のステージ監修を務める。シンガポールやインドネシアでの国際文芸フェスでも音楽と文学の垣根を越えたアプローチは注目を集めている。
    2018年5月、フルアルバム『はるやすみのよる』をリリース。
    2018年8月から広州在住。

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