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清岡智比古「映画の向こうにパリが見える」

第10回 目指せブルジョワ!(でいいの?):『女はみんな生きている』

『女はみんな生きている』(2001) Chaos
監督・脚本:コリーヌ・セロー
出演:カトリーヌ・フロ、ラシダ・ブラクニ、ヴァンサン・ランドン

 

ふらんす2017年1月号 表紙絵:伊野孝行  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平

ふらんす2017年1月号
表紙絵:伊野孝行  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平

 

目指せブルジョワ!(でいいの?)

 「パリ」の境界を形作っているのは、環状高速道路(ペリフェリック)、でしたね。ただし実はもう1本、その150メートルほど内側にも、「パリ」を取り囲んでいる道があります。元帥(げんすい)大通り Boulevards des Maréchauxです。この通りは、長い1本の道ではなく、22本の大通りの集合なのですが、その内19本には、かつての元帥の名が冠されています。たとえば19区、パリ北東の端には、ナポレオン戦争で活躍した元帥の名にちなんだ、マクドナル大通りがあります。ただこの辺りは、倉庫や事務所が点在するだけの、およそ殺風景な場所でしかありませんが。(元帥大通りは、パリが今のサイズに拡大した 1860年以来、外周大通りとも呼ばれています。)

 さて映画です。今回は、コリーヌ・セロー監督の『女はみんな生きている』(2001)を取り上げましょう。『赤ちゃんに乾杯』など「心暖まる」コメディを得意としてきたセロー監督が、アクションやサスペンスをふんだんに取り入れた新機軸のフィルムです。テーマは女性たちの連帯。これは期待できますね。

 9区に暮らすエレーヌは、大学生の息子が11区に越して以降、夫ポールと二人暮らし。仕事と主婦業をこなし、それなりに快適な暮らしですが、超多忙な夫は仕事命で、家庭を顧みる気などさらさらありません。(彼の手帳には、「あとくされない女たち」の連絡先がぎっしり。)また彼は、たまさか母親が田舎から会いに来ても、いやいやコーヒーを一杯付き合ってハイ、サヨナラ。息子も父親の血を引き、可愛い娘❤と見れば見境なしなのに、母親には居留守で対応します。まあ、ありふれた(?)ブルジョワ家庭です。

 ある夜ポールは、仕事上の付き合いから夕食に招かれ、エレーヌを伴って車で出かけます。けれどもその途中、見た瞬間に娼婦とわかるアラブ系の女性が、血相を変えて車に駆けよってきたのです。助けて、ドアを開けて! するとポールは、静かにドアをロック。あわれ彼女は、追いかけてきたワルたちに殴られ蹴られ……。そしてワルたちが逃げて行った後も、血まみれの女性を一顧だにせず、ポールは車を洗車場に向かわせます、ちぇ、汚れちまったぜ!

 ただエレーヌのほうは、翌朝、すでに入院していたその女性ノエミを探し出します。最初は、罪悪感ゆえだったのでしょう。でもその後、生活のすべてを後回しにして看病に没頭していったのには、それ以上の何か、積もり積もった何かがあったはずです。そしてやがて、この若いノエミが、家父長主義的なアラブ家庭で自由を奪われていたこと、ワルの組織によってヤク漬けにされ、挙句はマクドナル大通り(がクロチュール通りと出会う辺り。背景にはヴィレット・タワーが見えます。)で立ちんぼをさせられていたことなどが判明するに至り、ポールの母親も巻き込んでの、大復讐劇が始まります。相手はもちろん売春組織、そしてついでに、ポールやその息子も懲らしめてやることにします……。

 美しい映画に見えます。民族も世代も異なる女性たちが、女性であるがゆえに押し付けられた不都合を、連帯の中で撥ねかえしてゆく物語なのですから。ただこの連帯の描き方には、実は気になる点が(いくつも)あるのです。

 まず映画の序盤、入院中のノエミは、エレーヌの助けに頼り切っている、まったく無力な存在でした。中盤に入ると、ノエミは娼婦として、きわめて露出度の高い姿で画面に登場させられます。そしてラスト、復讐に成功したノエミは、組織から奪った大金を元手に、エレーヌに倣ってブルジョワ生活に入ってゆくことを目指すように見えます。つまりセロー監督は、一人の若いアラブ女性を、まずは白人なしでは何もできない無力な存在として、次には薬物中毒の娼婦として、最後は、ブルジョワ的生活に同化することを願う文化的根無し草として描いたことになるわけです。ここには、植民地主義的な階層の焼き直し、さらには、アラブ女性はもっぱら性的視線の対象として提示するという、フランス映画の「伝統」が見て取れます。セロー監督が、ヨーロッパ系白人中心主義的な価値観を脱し切れていないことは、間違いないでしょう。だからこそ、ノエミに割り振られた空間は、オペラ座やプランタンを擁する麗しの9区でも、若々しい活気に満ちた11区でもなく、殺伐とした売春街、マクドナル大通りだったわけです。

 凛々しいノエミも、女たちの勝利も、ステキ。あとは監督が、もう一皮自由になれれば!

◇初出=『ふらんす』2017年1月号

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著者略歴

  1. 清岡智比古(きよおか・ともひこ)

    明治大学教授。仏語・仏語圏の文化・都市映像論。著書『エキゾチック・パリ案内』『パリ移民映画』。ブログ「La Clairière」 http://tomo-524.blogspot.jp/

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