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清岡智比古「映画の向こうにパリが見える」

第8回 愛するということ:『パリ警視庁:未成年保護特別部隊』

『パリ警視庁:未成年保護特別部隊』(2011) Polisse
監督:マイウェン
脚本:マイウェン、エマニュエル・ベルコ
主演:カリン・ヴィアール、
ジョーイ・スタール、マリーナ・フォイス

 

ふらんす2016年11月号 表紙絵:西川真以子  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平

ふらんす2016年11月号
表紙絵:西川真以子  表紙写真: 神戸シュン  ブックデザイン: Gaspard Lenski et 仁木順平 

 

愛するということ

 アルジェリア系フランス人の母と、ヴェトナム系ブルターニュ人の父を持つマイウェン。彼女が監督した『パリ警視庁 未成年保護特別部隊』(2011)は、たしかに警察ものではあるのですが、描かれているのはむしろ人間の業であり、悲しみであり、愛でもあります。今回はこの作品とパリの関係に注目してみましょう。

 パリ警視庁には、未成年者が関わった犯罪を専門に扱う「未成年保護特別部隊」があります。この部隊は、リーダーと10人の隊員から成るのですが、映画は、この部署に持ち込まれる苛烈な事件の数々と並行して、メンバーそれぞれの私生活も丹念に描きこんでゆきます。登場人物の多い群像劇なので、ここは予習を兼ねてメンバー紹介から始めましょう。

 ではまず5人の女性たちから。最初に注目すべきは、イリスとナディーヌの2人です。完璧さを求めるイリス──演じるのはユダヤ系の M. フォイス──は、あまりに深く仕事に没入し、一方では不妊によるストレスから、摂食障害に苦しんでいます。またナディーヌは、この潔癖なイリスの強い影響を受け、浮気した夫との離婚を果たしますが、やがて、ほんとうはまだ夫を愛していることに気づいてしまいます。また若いノラ、部隊で唯一のアラブ系ムスリマがいます。彼女が、女性の権利を軽視するアラブ人男性に(アラビア語で)食ってかかるシーンは圧巻です。(フランスの「アラブ」の幅の広さが垣間見えます。)さらには、男性隊員マチューと仲良しのクリス、レズビアンのスー・エレンもいます。

 男性は6人。まずはリーダーの「パパ」バルー。そしてアフリカ系の熱い男フレッドは、妻や愛する幼い娘とは別居中。イケメンの若いマチューはクリスと信頼関係にあり、あとは議論好きのガブリエル、右寄りの中年のバマコ、髭が特徴のベテラン、マルコ。これで11人です。

 ある日この部隊に、1人の女性カメラマン(=マイウェン)がやってきます。内務省から、この部隊の写真集作成を依頼されたのです。ただし、古くからの移民街ベルヴィルの出身である彼女メリッサにとってさえ、次々に持ち込まれる事件の激しさは想像以上でした。ここには、虐待、誘拐、暴行、売春、薬物など、暗澹たる現実が波立っています。もちろん隊員たちは、それでも懸命に、子供たちを保護するために力を尽くします。

 では、この映画の背後にどんなパリが広がっているのでしょう? まず警視庁は、パリの臍、シテ島にあります。そして冒頭近く、男友達たちに自分の女友達を暴行させた少女は、自分の住むレベヴァルのことを、この世の地獄のように話します。ただしノラにとって、ベルヴィル通りの北側に広がるその土地は、「おとぎの国だよね?」なのですが。また隊員たちは、ある早朝、ロマ人のキャンプから子供たちを救い出すため、パリの東郊外、モントルイユに集結します。(ここにはかつて、ロマ人キャンプが実在しました。)さらには、赤ちゃんを虐待する母親が逮捕されるのは、レベヴァルから500メートル北の2, rue des Chaufourniersであり、麻薬捜査に絡んで駆り出されるのは、パリの北4キロ、Rosny-sous-BoisのドミュSCです。そしてこの映画で最も印象的な場所といえば、それはイスラームであるメリッサの実家(79, rue du Faubourg Saint-Denis)がある、シャトー・ドーでしょう。ストラスブール=サン=ドニ駅と東駅の、ちょうど中間あたり。ここは、黒人向けの美容室が立ち並ぶパリ有数の移民街なんですが、実家に帰った朝、ふと建物3階のベランダに出たメリッサは、街の風景に目を奪われます。アフリカの民族衣装に身を包んだ母親に、大切そうに抱かれる赤ちゃん。アラブ系の、そしてバゲットをかじりながら歩くヨーロッパ系の子供たち。この多民族的な、そして愛すべきおだやかな日常……。もちろんメリッサの脳裏には、保護部隊で出会った、やはり多民族的な子供たちの顔が浮かんでいたはずです。

 物語に戻るなら、メリッサはフレッドと急接近し、マチューとクリスも互いの愛を確かめ合います。でもイリスは、苦しんでいました。レイプで妊娠してしまった少女が堕胎し、その未熟児の埋葬に名前が必要だとなった時、イリスはその子に自分の名を付けます。それが、彼女の生きる極限状況を示していたことに、わたしたちは後から気づくのです。

 この作品には、悲しみと愛があります。そして希望は、わたしたちの胸の中に。

◇初出=『ふらんす』2016年11月号

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著者略歴

  1. 清岡智比古(きよおか・ともひこ)

    明治大学教授。仏語・仏語圏の文化・都市映像論。著書『エキゾチック・パリ案内』『パリ移民映画』。ブログ「La Clairière」 http://tomo-524.blogspot.jp/

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