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小沼純一「詩(うた)と歌(うた)のあわいで」

第9回 ヴィアンと映画

 18 世紀に書かれたラクロの書簡体小説は何度も映画化されているが、ロジェ・ヴァディムは『危険な関係 1960』(1960)でもともとの貴族社会を 20 世紀半ばの上流社会に据えて物語を展開させた。ジェラール・フィリップ、ジャンヌ・モロー演じるヴァルモン夫妻の友人プレヴァンとして、ボリス・ヴィアンはその長身を現す。『想い出のサンジェルマ ン 』(1967)、 原 題 は Le désordre àvingt ans というジャック・バラティエのドキュメンタリー映画ではトロンピネットを吹き、《脱走兵》を歌うヴィアンがみられるものの、語り、演じる俳優としてのヴィアン、その最後の姿は、おもにこの映画によって後世に記憶されることになる。映画でひびく音楽はセロニアス・モンクやジャズ・メッセンジャーズらによるもので、当時の上流階級のそこはかとなく頽廃した雰囲気とシンクロしている。

 直接ヴィアンとのつながりはないものの、当時のパリをアンビヴァレントなおもいで描いているのはハリウッドで制作されたフレッド・アステア主演のミュージ カ ル『パリの恋人 Funny Face』(1957)だった。ここに「ジョー」役のオードリー・ヘップバーンが全身黒の衣裳で、ある思想的潮流を醸しだす店でダンスを踊るシーンがある。モデルとしてスカウトされて憧れのパリにやって来る。彼女は「共感主義」と訳されていたはずの empathicalism に惹かれているのだ。その提唱者はフロストル。サルトルをモデル(単なるセクハラおやじ)、思想は実存主義のパロディなのだが、そこでもジャズがひびく。それぞれスタイルは違う。違うけれども、ジャズである。50年代のジャズなるものが、当時のパリと重なっている。『死刑台のエレベーターAscenseur pour l’échafaud』(1958)と『 勝 手 に し や が れ À bout de souffl e』(1960)を想起するまでもない。

 何度もくりかえしたように、さまざまな、という以上にいろいろなところに手をのばし、ある独自のかたちをつくりだしてきたのがヴィアンだ。作家、詩人、歌手、俳優……これに類する現在の才人の名が挙げられればいいのだけれど、とりあえず空白としておこう。ヴィアンに較べればどの名前も「歴史」に記すにはいささかもの足りない。

 50年代には、ほかにピエール・カストが監督した『ポケットの恋Un amour de poche』(1957)─ジャン・マレー主演のほかにアストリュックやメルヴィルが出演している─、『美しい年齢Bel Âge』(1960)といった映画もある。だが、忘れてならないのは、俳優としてのヴィアンの処女作、『ノートルダムのせむし男Notre-Dame de Paris』(1956)だろう。役は枢機卿。エスメラルダのジーナ・ロロブリジーダとカジモドのアンソニー・クインが、いってみれば美女と野獣、監督はジャン・ドラノワ。台詞はジャン・オーランシュだが、脚色にはプレヴェールが加わっている。

 大戦後間もなく、ヴァーノン・サリヴァン名義で出版した『墓に唾をかけろJ’irai cracher sur vos tombes』が映画化され、ヴィアンは不満を抱いたまま試写室に足を運んだ。そして、その場で心臓発作をおこし亡くなった。あまりに有名な最期。あまりにヴィアンらしい、できすぎた幕ぎれ。プレヴェールは亡くなったヴィアンにむけ、ボリス・ヴィアンの名をそのままタイトルにした42行の詩を書く。終わりには、ヴィアンの作品がさりげなく織りこまれつつ、ふたりがべつべつに、しかしともに抱いていたおもいが記される─「ねことねずみみたいに/うたかたの日々に/幸福の光をあび/吹いていたんだトランペット/そうでなけりゃあ断腸のおもいをね/イカしたプレイヤーだったよ/自分の死をずっと延期しつづけてたんだ/あしたにね/欠席したかどで有罪になったって/よく知っていたんだ ある日/死が自分の跡をまたみつけるだろうってさ/ボリスは生きるってこととプレイしてた/生きてることに親切にしてやった/そして愛したんだ/愛するものを愛するようにね/不幸からほんとに脱走した者になって(Comme la souris avec le chat / Dans l’écume des jours / Les lueurs du bonheur / Comme il jouait de la trompette / Ou du crève-coeur / Et il était beau joueur / Sans cesse il remettait sa mort / Au lendemain / Condamné par contumace / Il savait bien qu’un jour / Elle retrouverait sa trace / Boris jouait à la vie / Et avait des bontés pour elle / Il l’aimait / Comme il aimait l’amour / En vrai déserteur du malheur.)」

 

◇初出=『ふらんす』2016年12月号

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著者略歴

  1. 小沼純一(こぬま・じゅんいち)

    音楽・文芸評論家。早稲田大学教授。著書『ミニマル・ミュージック』『音楽に自然を聴く』

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