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根井雅弘「英語原典で読む経済学史」

第6回 アダム・スミス(5)

 前回、アダム・スミスが自然価格こそ「中心価格」であり、自由競争が支配している限り、市場価格はたえずそこに向かっていく傾向があると指摘していたことをみました。しかし、自由競争、つまり労働・土地・資本の自由な動きが保障されていないと、市場価格が自然価格から長きにわたって乖離することもあり得ます。アダム・スミスがとくに批判の対象にしたのは、労働や土地や資本の動きを阻害する独占や、競争を制限する法律などです。

[1]A monopoly granted either to an individual or to a trading company has the same effect as a secret in trade or manufactures. The monopolists, by keeping the market constantly under-stocked, by never fully supplying the effectual demand, sell their commodities much above the natural price, and raise their emoluments, whether they consist in wages or profit, greatly above their natural rate.

[2]The price of monopoly is upon every occasion the highest which can be got. The natural price, or the price of free competition, on the contrary, is the lowest which can be taken, not upon every occasion indeed, but for any considerable time together. The one is upon every occasion the highest which can be squeezed out of the buyers, or which, it is supposed, they will consent to give: The other is the lowest which the sellers can commonly afford to take, and at the same time continue their business.

 [1]は難しくはありませんが、単語には注意が必要です。例えば、最初の文章に、trading companyとtradeという単語が出てきます。いまの経済学では、international tradeは「国際貿易」と訳されるので、trade=「貿易」のような受験勉強式の覚え方をしている学生がいます。しかし、tradeは、動詞では「交換する」、名詞では「商業」「交易」「同業者」などの意味もあります。trading companyなら「貿易会社」でもよいのですが(「商社」と同じような意味)、tradeは文脈によって「商業」の訳のほうが適切な場合もあります。上の英文の場合、trade or manufacturesは、「商業または製造業」と訳したほうがよいと思います。
 以前、イギリスの経済学者が書いた英文を授業で読んでいたとき、ある学生がtrade unionを「貿易組合」と訳したことがありました。なるほど、trade=「貿易」と覚えていたら、出てきそうな訳語ですが、これは正確には「労働組合」の意味です。アメリカなら、labor unionというので間違いは生じにくいのですが、tradeがもともとどのような意味なのか、辞書を丹念に読めば避けられるミスではないでしょうか。
 「独占は、個人や商事会社に与えられると、商業や製造業における秘密と同じ効果をもたらす。独占者たちは、その市場をつねに供給不足に保ち、有効需要を決して十分には満たさないようにして、彼らの商品を自然価格よりもはるかに高く売り、賃金であれ利潤であれ、彼らの報酬を自然率以上に大きく引き上げるのである。」
 最初の英文は、文法通り訳してもかまいませんが、ここでは、A monopoly,if it is granted to an individual or to a trading company,というように読み替えて、語順通り訳しました。

 [2]も平易な英文ですが、内容は重要な意味を含んでいます。「独占価格は、どの場合にも、獲得しうる最高価格である。自然価格、すなわち自由競争価格は、逆に、確かにどの場合もというわけではないが、かなりの期間を通して獲得できる最低の価格である」と。can be gotは、必ずしも受身形で訳す必要はありません。
 続く文章は、The one以下とThe other以下とは対になっているので、「一方は」「他方は」と訳してもよいのですが、「前者」「後者」でもよいと思います。「前者は、すべての場合、買い手からしぼりとることのできる最高価格である。換言すれば、買い手が与えることに同意すると思われる最高価格である。それに対して、後者は、売り手がふつうにどうにか受けとることができ、同時に彼らの事業を継続することのできる最低価格である」と。
 スミスの見解はこうでした。——自由競争が支配していれば、資本が最大の利潤を求めて生産部門間を自由に出入りするはずだから、究極的には、利潤率が均等化するような価格(すなわち、自然価格)が成立するはずである。しかし、独占は、資本の自由な可動を阻害し、自然価格よりも高い水準に価格を決めようとする(換言すれば、均等よりも高い利潤率を獲得しようとする)。それゆえ、彼らが独占利潤をむさぼるのを回避するには、自由競争を徹底させなければならないと。スミスの独占に対する厳しい眼差しは、ここに由来しているといってよいでしょう。

 さらに、スミスが具体的にどのようなものを「独占」の一種と考えていたのか、続く文章を読めばわかります。

The exclusive privileges of corporations, statutes of apprenticeship, and all those laws which restrain, in particular employments, the competition to a smaller number than might otherwise go into them, have the same tendency, though in a less degree. They are a sort of enlarged monopolies, and may frequently, for ages together, and in whole classes of employments, keep up the market price of particular commodities above the natural price, and maintain both the wages of the labour and the profits of the stock employed about them somewhat above their natural rate.
Such enhancements of the market price may last as long as the regulations of police which give occasion to them.

 初めの英文は文法通り訳しても何とかわかるでしょうが、やや長いような感じがします。ちょっと工夫し、できるだけ前から読んでいきましょう。「同業者組合の排他的特権、徒弟条令、そして法律によって特定の職業において競争をそれがなければ参入した可能性のある人数よりも少数間に制限するような規制すべてについて言えることだが、それらは、程度は劣るけれども、同じような傾向をもっている」と。
 「それらは、一種の拡大された独占であり、しばしば、何世代にもわたって、すべての職種において、特定の商品の市場価格を自然価格よりも高く維持する。つまり、そこで用いられた労働の賃金と資本の利潤を自然率よりもいくらか高く維持するからである。そのような市場価格の上昇は、行政による規制によってそれが生み出される限り続くだろう。」

 スミスの時代の英文は、一般的に、which以下の文章が現代よりもやや複雑です。とても長いこともあります。そういう場合、which以下を文法通り先に訳しているうちに、メインの文章は何だったか不明確になることがよくあります。それを避けるには、ある程度、語順に配慮した訳にしたほうがわかりやすいと思います。


 さて、スミスにとって、「富」とは国民の労働によって生産される一切の必需品と便益品(つまり、消費財)のことだったことを思い出して下さい。それゆえ、国を富ますには、一人当たりの消費財の量を増やす必要がありますが、その方法の一つとしてスミスが挙げたのが「分業」でした。もう一つは、労働人口に占める「生産的労働」の割合を高めることです。
 生産的労働は不生産的労働と対になって出てくる概念ですが、スミスは、次のように定義しています(第2編第3章)。

There is one sort of labour which adds to the value of the subject upon which it is bestowed: there is another which has no such effect. The former, as it produces a value, may be called productive; the latter, unproductive labour.

 「ある種の労働は、それが投じられる対象の価値を増加させるが、そのような効果をもたないもう一つ別の種類の労働もある。前者は、価値を生み出すので、生産的と呼んでもよいだろう。しかし、後者は(価値を生み出さないので)不生産的労働と呼ばれる。」

 ( )内は、私が補いました。スミスは、このような簡単な定義のあと、いろいろな説明を加えていますが、要するに、農産物や工業製品などのモノづくりに関係する労働が「生産的」で、サービスを生産する労働(家事使用人、官吏、法律家、医師、文士等々)は「不生産的」だというのです。ケネーの重農主義では、農産物を生み出す労働のみが生産的でしたが、スミスは一歩前進し、工業製品を生み出す労働も生産的と捉えています。しかし、まだサービス業までが生産的だとは考えませんでした。
 労働人口に占める生産的労働の割合を高めるには、資本の蓄積が必要ですが、資本蓄積はどのようにしておこなわれるかといえば、それは「節約」以外にはありえない、とスミスは考えました。資本主義の勃興期では、蓄積された資本が生産的用途に投じられる機会はいくらでもありました。節約が行き過ぎたら、社会全体の需要が減って不況になるのではないかというような心配は、この段階ではしなくてもよかったのです。古典派経済学者のなかでそのような懸念を抱いたのはマルサスですが、20世紀に入ると、有名なケインズがこの問題を再び取り上げることになります。しかし、まだ私たちは18世紀後半のスミスの仕事を追っており、しばらくその問題は隅のほうへ置いておきましょう。


  <参考訳>

岩波文庫(水田洋監訳・杉山忠平訳、全4巻、2000-2001年)

 「個人または商事会社に与えられる独占は、商業または製造業の秘密と同じ効果をもっている。独占者たちは、市場をたえず供給不足にしておくことによって、つまり有効需要をけっして十分には満たさないことによって、自分たちの商品を自然価格よりはるかに高く売り、自分たちの利得を、賃金であれ利潤であれ、自然率よりもはるかに高く引き上げる。
 独占価格は、どのばあいにも、獲得できる最高の価格である。逆に、自然価格、すなわち自由競争価格は、たしかにすべてのばあいではないにしても、かなりの期間にわたって獲得できる最低の価格である。一方は、どのばあいにも、買手からしぼりとることのできる最高の価格、すなわち買手が与えることに同意すると思われる最高の価格である。他方は、売手が不満なく受けとることができ、また同時に自分たちの仕事を継続することのできる最低の価格である。」(『国富論1』、113-114ページ)

 「同業組合の排他的特権と、徒弟条令と、特定の職業での競争を、さもなければ参入するかもしれないよりも少数の者に限定するすべての法律は、程度は劣るにしてもこれと同じ傾向をもっている。それらは一種の拡大された独占であり、しばしば何代にもわたって、またすべての種類の職業で、特定諸商品の市場価格を自然価格以上に保ち、そこで用いられる労働の賃金と貯えの利潤とをともにその自然率よりもいくらか高く維持する。
 市場価格のこのような上昇はそれを生む行政上の規制があるかぎり存続するだろう。」(『国富論1』、114ページ)

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著者略歴

  1. 根井雅弘(ねい・まさひろ)

    1962年生まれ。1985年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1990年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。現在、京都大学大学院経済学研究科教授。専門は現代経済思想史。『現代イギリス経済学の群像』(岩波書店)、『経済学の歴史』(講談社学術文庫)、『シュンペーター』(講談社学術文庫)、『サムエルソン 『経済学』の時代』(中公選書)、『経済学再入門』(講談社学術文庫)、『ガルブレイス』『ケインズを読み直す』(白水社)、『企業家精神とは何か』(平凡社新書)、『アダム・スミスの影』(日本経済評論社)他多数。

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