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青柳いづみこ「ドビュッシー 最後の1年」

第4回 3月のコンサート

 1917年3月のドビュッシーは、9日と17日、「音楽家たちの支援のために」企画された2回のコンサートに出演している。

 3月9日には《フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ》が初演された。1915年の夏、避暑先のプールヴィルで《白と黒で(2台ピアノのための)》、《チェロとピアノのためのソナタ》、《12の練習曲(ピアノのための)》についで完成された名曲である。当初はフルート、オーボエ、ハープのために想定されていたが、途中でヴィオラに変わった。

 1915年10月、命とりの病はすでに進行していたが、パリに帰る「最後の瞬間」まで、ドビュッシー自身によれば「死刑台にのぼる直前まで詩を書いていたアンドレ・シェニエのように」作曲はつづけられた。

 医師たちが直腸ガンの診断を下すのは同年11月26日のことである。患者には「直腸炎」と告げられていたが、事実を察していたドビュッシーはフォーレ宛の手紙で「26日という日は、私は地よりもさらに低いところに突き落とされました。以降、私は犬のように苦しんでいます」と書いている。

 ドビッュシーの自身のテキストによる最後の歌曲《もう家がない子たちのクリスマス》は、12月はじめ、手術のほんの数日前に書かれた。「ぼくたちにはもう家がない、母さんは死んでしまった、父さんは戦場だ、僕たちにはもう木靴もない、おもちゃよりパンをください!」という歌詞も、しゃべり言葉をそのまま乗せたようなメロディも、聞く者の心にしみ入ってくる。

 1917年3月9日の慈善演奏会では、ローズ・フェアールが作曲者自身のピアノで《もう家がない子たちのクリスマス》を歌っている。他にとりあげられたのはピエール・ルイスの詩による《ビリティの3つの歌》、《フランソワ・ヴィヨンの3つのバラード》、ヴェルレーヌの詩による《雅びなる宴1集》。

 この他、1916年12月に《12の練習曲》を初演しているアメリカのピアニスト、ワルター・リュメルが《映像第2集》、《前奏曲集第1巻》から〈デルフの舞姫たち〉〈パックの踊り〉を弾いた。オープニングでは、やはりリュメルが自身の編曲によるバッハ《コラール前奏曲とフーガ》を演奏している。

 トリオ・ソナタのハープを担当したピエール・ジャメは、立ったままホールの壁にもたれ、見慣れたポーズ通り耳に手を当てて聴くドビュッシーの言葉を書きとめている。「いやはや、ピアニストたちを聴けば聴くほど、自分がいかによい弾き手だったかわかる」

 3月17日のコンサートでは、ローズ・フェアールが出演不能になったため、その日の朝になってドビュッシーがクレール・クロワザに依頼。《恋人たちの散歩道》《叙情的散文》から2曲とともに、《もう家がない子たちのクリスマス》が演奏された。

 ワルタ・リュメル夫妻が連弾で《6つの古代碑銘》を初演。ガストン・プーレ弦楽四重奏団がドビュッシーの《弦楽四重奏曲》を演奏している。

 ドビュッシーが、ガストン・プーレとともに「失明した兵士たちのための慈善演奏会」で《ヴァイオリンとピアノのためのソナタ》を初演するのは5月5日のことである。演目は他に《ビリティスの歌》《ヴィヨンのバラード》《もう家のない子たちのクリスマス》。《クリスマス》は3回アンコールされたが、かんじんの《ヴァイオリン・ソナタ》は成功をおさめなかったようだ。

 コンサートを聴いたフランシス・プーランクはこんな風に回想している。

 「半分だけ埋まったガヴォー・ホールで、彼[ドビュッシー]が舞台に登場すると、人々は歓迎の拍手をしたが、最後に到って、拍手はまさに儀礼にかなっただけのものでしかなかった。一人の友人が、コンサートの夜、称賛の手紙をドビュッシーに送ったところ、次の日に作曲家から速達を受け取った。私がおぼえている文面ではこんなことが書かれていた── “ あなたの手紙は昨夜受けた唯一の賛美として私の心をとらえました。客席に多くいたと思われる友人たちは、おそらく、自分をひどく疲れさせるだろうと遠慮して楽屋を訪れなかったのでしょう” ──この表現の中に、死を予告された音楽家の恐ろしい皮肉が隠されている」

 ファヤール社から出版されているドビュッシーの往復書簡集にその速達とおぼしきものがおさめられている。

 「私の「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」がお気に召していただけたようで嬉しいです。あなたは、そのことを表明してくださった唯一人の音楽家だからです。結局のところ、音楽家たちは音楽を好きではないのでしょうか? それとも──もっと正確に言うなら「私の音楽」を好まないのでしょうか?」

 前号でも書いたが、《ヴァイオリン・ソナタ》は終楽章がさまざまに書き変えられ、完成形も始終気分を変える複雑な作品である。寂寥感、絶望、ひきつったような笑い、抑えようのない衝動などが交錯し、聞き手をとまどわせる。

 もし自分がその場に居合わせたら、果たして楽屋を訪れて称賛を口にできたか、自信がない。

 

◇初出=『ふらんす』2017年7月号

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著者略歴

  1. 青柳いづみこ(あおやぎ・いづみこ)

    ピアニスト・文筆家。著書『ドビュッシー 想念のエクトプラズム』『ドビュッシーとの散歩』

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