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福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」

第19回 秋と食と私たちの未来

秋とフランス文学あれこれ
ヨシ:クニー、どないしたんや! 眉間に思い切りシワ寄ってるで!
クニー:Bientôt nous plongerons dans les froides ténèbres / Adieu, vive clarté de nos étés trop courts!
ヨシ: ああ、ボードレールのChant dʼautomne「秋の歌」や!「やがて私たちは冷たい闇に沈み込むだろう/さようなら、私たちのあまりにも短かかった夏の強い光よ!」
クニー:Cʼétait hier lʼété, voici lʼautomne !「昨日はまだ夏、今はもう秋~!」
ヨシ:そこまで哀愁込めて歌い上げんかて……。まあ確かにフランスの夏から秋への移り変わりは突然で、昨日まで天気が良かったのに、朝起きたらどしゃぶりで気分がめげたこともあったなあ。temps de chien「ひどい天気」ゆうやっちゃ。
クニー:このボードレールの詩句は、ジッドのLa Porte étroite『狭き門』でも主人公のジェロームがアリサに聞かせてたね。
ヨシ:ル・アーヴル近郊で夏のヴァカンスを一緒に過ごして、ジェロームがパリに戻るときに、この詩を読むねんな。まさに夏が終わり秋が始まる時期や。
クニー:そして二人の愛も……。シクシク……。バルザックはLe Lys dans la vallée『谷間の百合』で、舞台のロワール地域を描写して、En automne, on y songe à ceux qui ne sont plus「秋はそこで亡き人々のことを想う」って言うし、カミュはLa Peste『ペスト』の冒頭で、アルジェリアのことだけどEn automne, cʼest[...]un déluge de bout「秋はどろの洪水」だって書いているし。せつないよ。シクシク……。
ヨシ:でも秋は黄昏の季節だけやない。Tiens ! Tiens ! ほら! ほら!
クニー:わ! ぼくの故郷の味、栗きんとん! おせち料理じゃなくて、お菓子の栗きんとん! それにmarrons glacésマロン・グラッセじゃないですか!

美食の秋
ヨシ:せや! 秋というたらおいしい食べ物。Saveurs dʼautomne「秋の味覚」っちゅう言い回しも聞かれるね。ところでmarron ってmarronnier「マロニエの木」になる実やから食べられへん。実を食べてんのはchâtaignier「栗の木」の実、châtaigne なんやねんな。
クニー:語末の-ier は「~の木」を意味する接尾辞だね。やはりこれからおいしいpomme「りんご」の木はpommier、noix「くるみ」の木はnoyer。
ヨシ:母音字+ y +母音字のとき、y はi の文字2 つ分の価値を持つねん。せやからnoi + i + er と分解できて、発音は[nwa-je]。そういえばクニーの留学してたグルノーブルはくるみで有名やったね。
クニー:フランスにはAOC(appellation dʼorigine contrôlée 原産地呼称管理)という所定の条件を満たした農産品にだけ与えられる品質保証制度があって、ワインやチーズがほとんどだけど、何とグルノーブルのくるみには珍しくAOC があるんだ。
ヨシ:あと秋というたらきのこもエエね。フランス語やとchampignon やけど、いろんな種類があるね。
クニー:フランスの友人に秋の味覚で思い浮かべるものを尋ねたら、彼はきのこだって言ってた。で次の瞬間cèpes, chanterelles, girolles, morilles, trompettes de la mort と矢継ぎ早にでてきたのにはびっくり!で、日本語にすると?
ヨシ:え、ワシ? え~と、セップ茸、シャントレル茸、ジロール茸、モリーユ茸、トロンペット・ド・ラ・モール茸!
クニー:全部カタカナ読みしただけ?
ヨシ:シャントレルとジロールはアンズ茸、モリーユはアミガサ茸、トロンペット・ド・ラ・モールはクロラッパ茸となるけど、でも食べる時はフランス料理やし、フランス語でエエやん!

私の口に入ってくるものはどこから?
クニー:もちろんgastronomie「美食」ということばがあるように、フランスといえば確かに料理だけど……。
ヨシ:gastro- は「胃」を表す接頭辞やけど、くだけた表現でune gastro と言うたら gastroentérite「 胃腸炎」のことや。気ィつけまひょ。
クニー:うん、気をつけたほうがいいけど、いや話したいのはそれじゃなく……。実はフランス人の食への意識は、自分が留学していた時期ということもあるけど、90 年代半ば以降大きく変わったと思うんだ。当時vache folle「狂牛病」と呼ばれた、ESB (encéphalopathie spongiforme bovine 牛海綿状脳症)が引き金になったんじゃないかな。
ヨシ:それで食の安全に関心をもつようになったし、健康に気ィ使う風潮もあわせてでてきたね。フランスの食料品にAB いうマークがついているものを見かけるけど、これはagriculture biologique「有機農業」の略やね。公益団体である通称Agence BIO が認証を行なってる。
クニー:日常的にはbiologique を略したbio「ビオ」が、よく使われるね。
ヨシ:bio って具体的に何?ってことになるけど、そんな時にも実は辞書が役立つ。ロベール・クレ仏和辞典(駿河台出版社)は具体的な例文に特色があって、bio を引くとIls pratiquent lʼagriculture bio, sans pesticide ni engrais de synthèse「彼らは殺虫剤や化学肥料を使わない自然農法を行なっている」とあるで。
クニー:最近だとオーガニック農業とも言われるよね。いずれにせよビオへの関心はEU の全域でもますます高くなっていて、EU の統計局Eurostat ユーロスタットによれば、2010 年では900 万ヘクタールだった有機農業の耕作地が、2015 年には1110 万ヘクタールに増えている。
ヨシ:フランスのドキュメンタリー映画Demain は観た?「TOMORROW パーマネントライフを探して」いうタイトルで日本でも公開されたね。
クニー:農業、エネルギー資源、経済、民主主義、教育と多岐にわたる分野で、この地球が、人間が生き続けるために、新たな取り組みをしている人々を訪ねていく映画でピエール・ラビも出てたね。
ヨシ:本も出とって、そこにも書かれてることなんやけど、地球上のかなりの場所で « les rendements de lʼagriculture biologique sont aujourdʼhui supérieurs à ceux de lʼagriculture conventionnelle »なんやって! はい、訳して!
クニー:今度はぼくかい。「オーガニック農業の方が従来の農業に比べて生産性が高い」
ヨシ:ところが例外があって、それがカナダとヨーロッパ。この地域では機械化による大規模な農業形態で、小規模でもその土地に適した農業が展開できへんのが理由やねん。

生態系そして「公正さ」
クニー: 本では今の文のagriculture biologique に注がついていて、「この言葉はagroécologie やpermaculture のような実践も含む」って書かれているね。
ヨシ:それぞれ「環境に配慮した農業生産」、「永続可能な農業」という意味やね。
クニー:つまり単に食だけではなく、自然環境、生態系に配慮しながら、私たちの生活そのものの見直しをはかるための実践も含まれるわけだね。とりわけ、辞書の定義にあった、殺虫剤や化学肥料などが環境に及ぼす影響が懸念されている。
ヨシ:数年前に「みつばちの大地」というドキュメンタリー映画が公開されたやん。ミツバチの大量死の原因を追いかけて世界各地をめぐって取材をした作品。フランス語ではDes abeilles et des hommes「ミツバチと人間」いう題やった。
クニー:まさにミツバチと人間って昔から深い関係にあるよね。聖書のpays ruisselant de miel et de lait「蜜と乳の流れる大地」なんてことばも思い出すよ。
ヨシ:食を考えることは自分たちの生き方を世界規模で考えることや言うても決して言い過ぎやあれへんよね。
クニー:その意味でも話題がそれるかもしれないけれど、最後に触れたいのがcommerce équitable「フェアトレード」。たとえばチョコレートの原料であるカカオはフランス語を公用語とするCôte dʼIvoire コートジボワールが生産国第一位、でも消費されるのはヨーロッパ。典型的な南北問題がある。去年のリべラシオン紙の記事(2016 年10 月29 日付)を読んで知ったんだけど、チョコレートの利益の分配率は、流通業者が44 パーセント、メーカーが35 パーセント、カカオを採る農家は7 パーセントに過ぎないんだ!
ヨシ:解決の糸口をつかむためには、やっぱ自分の口に入るものは誰が生産してはんのか、想像力を持つことが大切やね。

◇初出=『ふらんす』2017年10月号

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著者略歴

  1. 福島祥行(ふくしま・よしゆき)

    大阪市立大学教授。仏言語学・相互行為論・言語学習。著書『キクタンフランス語会話』

  2. 國枝孝弘(くにえだ・たかひろ)

    慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』

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