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特集「アグロエコロジーの現在」

『ふらんす』2017年10月号の特集から、一部をご紹介します。


特集「アグロエコロジーの現在」

アグロ agro-(農)とエコロジー(生態学)。
フランスの農業家・思想家ピエール・ラビの食、農、環境、地球、脱成長、そして未来を語ることばに触れながら、〈自然〉や〈いのち〉について考えます。


ピエール・ラビ ©Franck Bessière
 

「ピエール・ラビの生き方と思想 アグロエコロジーによるパラダイムチェンジ(抜粋)武藤剛史

 人間は自然から生まれた生物種のひとつであるにもかかわらず、いつの間にか自然から離脱してしまい、二度と自然には戻れないのだ、というのが現代人の一般認識であろう。

 人間にとっての自然とは、あくまで主体としての人間の対象であり、人間はその対象的自然を一方的に支配し、所有し、管理し、制御する。しかも主体である人間にとっては、自己愛こそが、つまりは自分の存在を維持し、さらに強化・拡大することが、最高原理にほかならず、それはおのずから力への意志となって現れる。それゆえにこの世界は、そうした力への意志同士がせめぎ合う競争あるいは闘争の場となり、現代社会が熾烈な経済競争に明け暮れているのもそのためである。当然ながら、この飽くことなき力への意志は自然にも向けられる。現代人にとって、自然とはこの意志を実現するために利用する資源であり、しかもこの意志を抑制するものは何もない以上、開発という名の自然破壊は、資源が枯渇するまで、とめどなく続くことになる。

 だがピエール・ラビは、そうした近・現代の人間観、とりわけ人間と自然の関係のあり方に、根本的な異議を唱える。人間を絶対の主体とするそうした人間観、いわば人間中心主義とは、あくまでヨーロッパ近代に生まれたものであって、近代以前の世界、あるいは近代化の波が押し寄せるまでの非ヨーロッパ世界においては、人間はけっしてそんなふうには生きていなかったし、人間と自然との関係もけっしてそのようなものではなかった。ラビに言わせれば、ヨーロッパ近代以降の人間は、人間中心主義というイデオロギーの牢獄にみずからを監禁してしまったのであり、それによって、人間を含め、あらゆる生き物がそのなかに生きている自然、あらゆる生き物に生命を与え、生かしている〈いのち〉としての自然とのつながりを絶ってしまったのである。現代社会のかかえる諸問題(環境破壊、食糧難、食の安全、経済格差、人間疎外、さまざまな身体疾患・精神病理等)の根本原因はまさにそのことにあり、それゆえ、〈いのち〉としての自然とのつながりを回復することが現代の緊急課題であるばかりか、そもそも、そうした自然=〈いのち〉にしたがって生きることこそが、人間の本来の生き方であり、真の幸福であるというのがラビの深い確信である。

 ラビがこうした確信を抱くにいたった理由のひとつは、彼の生い立ちにある。

 ピエール・ラビは、1938 年、アルジェリアの南部、サハラ砂漠の外縁部に位置するオアシスの町ケサナで生まれた。アルジェリアはフランスの植民地になってすでに久しく、彼の故郷である田舎町にも、ヨーロッパ化、近代化の波が押し寄せつつあったが、まだ伝統社会の風俗習慣は色濃く残っていたし、とりわけ老人たちの意識や思考はヨーロッパ化、近代化をまったく受けつけなかった。そうした伝統社会の雰囲気のなかで幼年時代を過ごしたピエールだが、近代化の波は容赦なくこの田舎町をも襲い、昔から伝わって来た自然農法による農業を主体とした自給自足に近い伝統的地域経済をあっという間に破壊してしまった。この町の近くに炭鉱が発見され、その採掘に若者たちが雇われるようになり、そのため貨幣経済が浸透し、ヨーロッパの商品が大量に出回るようになったのである。ピエールの父も、鍛冶屋の仕事がほとんどなくなってしまい、炭鉱で働くほかなかった。ピエールは当時4 歳ほどでしかなかったが、何か重大なものが決定的に失われたことをたしかに感じ取っていたのであり、それがのちの彼の生き方、さらには社会的・政治的活動の原点にもなっている。

 「あとになって分かったことだが、父の仕事場の鉄床の沈黙は、わたしの心に反抗の芽をひそかに植えつけ、それが1950 年代の終わりに開花したのだ。当時わたしは二十歳だったが、近代化というものが途方もない欺瞞に見えてきたのである」

 近代化、ヨーロッパ化に直面して、伝統社会のひとびとがとりわけ強く感じた違和感は、土地にたいする観念の違いであった。近代化を推進すべくやってきたヨーロッパ人にとって、土地はあくまで収益を上げるための資源ないし資産でしかない。しかし伝統社会に生きるひとびとの精神のなかでは、土地は人間に属するのではなく、むしろ人間が土地に属していた。そうした伝統社会のひとびとの土地にたいする観念は、幼いピエールの心にも深く刻み込まれていたのであり、しかもそれは、彼の生涯を貫く人間観・世界観の核心であり続けた。ちなみにラビは、アメリカ先住民の土地を買い取りたいという大統領に宛てた酋長シアトルの手紙を好んで引用する。

 「空や大地の暖かさをどうやって買ったり、売ったりできるでしょうか。そんな考えは、わたしにはまったく奇妙に思われます。わたしたちは空気の爽やかさや水のきらめきを所有しているわけではありません。[…]大地のどんなに小さい一片も、わたしの民にとっては神聖なのです。[…]大地は人間に属するのではなく、人間が大地に属しているのです。あらゆるものが、ひとつの家族を結びつける血のように、互いに支え合っています。大地に起こるすべてのことは、大地の息子たちにも起きます。〈いのち〉の綱を綯っているのは人間ではありません。人間はその綱のなかの一本の糸にすぎません」

 伝統社会とは、このように、大地の恵みによって生きる社会、つまり〈いのち〉そのものとしての自然の論理にしたがって生きる社会であった。ラビがそのことを自覚しえたのは、かつて伝統社会に生きたことがあり、しかも、その伝統社会が破壊され、近代社会に追放されてしまったというみずからの経験によってである。伝統社会から近代社会に追放されるとは、彼にとって、〈いのち〉とのつながりを失うことにほかならなかった。…


(続きは『ふらんす』2017年10月号をご覧下さい)


(むとう・たけし)


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『ふらんす』2017年10月号に、関口涼子さんによる「グランシェフたちのアグロエコロジー」、山口昌子さんによる「フランスの食の安全と環境政策」も掲載しています。こちらもぜひあわせてご覧下さい。

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