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「アクチュアリテ スポーツ」芦立一義

2017年10月号 「ジョルネ効果」をめぐって

「ジョルネ効果」をめぐって

 ある登山未経験者が、一生に一度になるかもしれない富士山登頂の機会に登山装備一式を揃えていた。この時だけのための登山靴など馬鹿々々しいと、同行した外国人はスニーカーのまま登頂に臨んだ。メーカーまで統一した真新しい登山装備に身を包む日本人を見て、この外国人は滑稽に思ったらしい。日本人が皆そうであるわけではないし、一般化されても困るが、その時だけのためとはいえ富士山登頂のために登山靴を用意するのはおかしいか。ちょうどそんな話をしていた時のニュースだった。
 8 月17 日、フランスとイタリアの国境に聳え立つモンブラン(4810m)山頂近くのクレバスで遺体が発見された。一日500 人が登頂に挑むといわれるモンブランでは痛ましいニュースも絶えないが、今回発見された遺体は、トレイルランニング(山岳レース)用の装備を身に着けていた。これは軽快に動くための最低限の装備で、通常の登山装備より軽装である。モンブランでもトレイルラン競技が実際に行われており、毎年8 月最終週に開催されているウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)は今年で15 回を数え、また6 月に開催されるモンブラン・マラソンもこのカテゴリーに入る。
 2 日前の8 月15 日に、モンブランの登頂口の1 つがあるサン・ジェルベ・レ・バン市で、ロワイヤル・ルートとグテ・ルートからの入山に関して、必要最低限の装備を義務付ける条例が制定された。これにより、薄着の服装やスニーカーでのモンブラン登頂は禁止となったが、内務省や警察、憲兵隊の協力がなくては実効性は弱い。この条例は、トレイルランナーや初心者の軽装に対して定められたのであるが、38 ユーロ(約4500 円)の罰則金がどれほど抑止効果をもつのかを疑問視する声もある。
 この条例に対して、ウルトラトレイル・デュ・モンブランを3 度制覇した経験をもつスペイン人のキリアン・ジョルネは、今回の事故と登山装備をめぐる一連の議論に対して、裸で山頂に立つ写真を添えて「それじゃ、イタリア側から登れば合法なの?」というメッセージをツイッターに投稿した。影響力を持つアルピニストの挑発的な発言に対して反論もあったが、ジョルネは数日後に、彼自身のアルピニストとしてのビジョンを説明し、トレイルランにおける経験や知識、さまざまなリスクに対する十分な準備の重要性を訴えている。
 短パンにスニーカーでモンブランの山頂に立つ姿は、一種の面白画像だと言える。今回の件はメディアの発信者と受信者双方の問題で、トレイルランに限った話ではないだろう。

◇初出=『ふらんす』2017年10月号

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著者略歴

  1. 芦立一義(あしだて・かずよし)

    パリ第12大学Master2(哲学)修了。仏哲学

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